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たばこ塩産業 塩事業版  2015.11.25

塩・話・解・題 128 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

食塩摂取量   食品表示の変更

             減塩政策で減少   食塩相当量の表示義務化

 日本人の食事摂取基準はこれからの5年間を見据えて5年ごとに策定される。厚生労働省は2015年版を策定し41日から施行した。その中で食塩摂取量はこれまでの値よりも低く設定された。その経過を解説し、併せて消費者庁が変更した食品表示の中で食塩の表示についても解説する。

 

日本人一人当摂取量目標量  男性8.0 g未満、女性7.0 g未満に

 食塩摂取量については1979(昭和54)適正摂取量の10 g/日が設定され、その値は目標摂取量と呼称を変えられ、さらに2004(平成16)には再び摂取目標量と変えられると同時に男性10.0 g未満、女性8.0 g未満と値は性別で分けられ25年ぶりに女性の値だけが低減された。

 これらの値は食事摂取基準として、これから先5年間の目標値として設定される値の一つである。前述した値は「日本人の食事摂取基準」2005年版で設定された値で、2010年版では男性9.0 g未満、女性7.5 g未満とさらに下げられ、今年からの摂取目標量は2015年版として男性8.0 g未満、女性7.0 g未満と一層下げられて41日から保健政策が実施されている。

 このように摂取目標量を下げていく根拠は毎年の国民健康・栄養調査で発表される食塩摂取量の値による。

減塩政策の推進によりその値は図1に示すように、設定以来下がってきた食塩摂取量はその後大きく上がり、やがてまた急速に下がり始めて現在に至っている。


  食塩摂取量はナトリウム量に係数2.54を乗じて計算される。その根拠となるナトリウム量については日本食品標準成分表から計算される。

しかし、この成分表は必要に応じて改定される。従来のデータとのつながりは三訂と四訂では分かるが、以後の改訂では分からない。従来の食品でも例えば、減塩政策により成分が変わり、新しい食品も開発されるので、最近では5年毎に改定されている。図1では三訂、四訂、五訂、六訂の成分表で求めた値で整理した。


生命維持への最低必要量とは

 生命の維持に不可欠な食塩は、適切な身体機能を発揮させるために一体どれくらい摂取すれば良いのか?明確な答えがあるわけではなく、非常に少ない摂取量で生きている人々がいることを参考にするしかない。世界保健機関(WHO)のガイドラインでは1日当たり0.51.3 g食塩と推定した。一方、食塩を一切摂取しない状態で尿、便、汗などから排泄される量を不可避損失量と称し、その分だけの食塩は最低必要量として摂取しなければならない。研究論文や他国の食事摂取基準を参考にして、その量を1.5 g/日とした。

 図1に示す国民健康・栄養調査によると食塩摂取量が減ってきた今でも不可避損失量と比べると何倍もの値となっている。これにより高血圧、脳卒中、心臓血管疾患になると判断し、できるだけ減らす減塩政策により生活習慣の改善を勧める。

 欧米の大規模臨床試験結果から食塩摂取量を少なくとも6 g/日の前半まで低下させないと有意な血圧降下は達成できないことから、世界の主要な高血圧治療ガイドラインの減塩目標値はすべて6 g/日未満を下回っていることの根拠となっている。日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインでも減塩目標は食塩6 g/日未満となっている。

 欧米では一層厳しい減塩を求めており、アメリカ心臓協会の勧告では一般成人の目標値を5.8 g/日未満とし、危険率の高い高血圧者や黒人などでは3.8 g/日未満としているし、WHOの一般向けガイドラインでは成人には5 g/日未満が強く勧められている。しかし、3.8 g/日未満についてはアメリカ医学協会が発表した科学的根拠の不足から危険性を指摘したことでアメリカ心臓協会と対立している。


WHO指針は達成不可能?

 前述した背景がある中で摂取目標量をどう設定するかについては、食塩摂取量の推移とWHOのガイドラインで強く推奨されている5 g/日未満を参考にしている。

 日本人の食事摂取基準2010年版では今後5年間の食塩摂取量の目標値として、成人男子で9 g/日未満、成人女子で7.5 g/日未満を設定した。その時の国民健康・栄養調査による成人の食塩摂取量と比べて2015年版の策定検討時には男性で約0.5 g、女性で約1 g減少している。すなわち2010年版で使用した平成17(2005)18年の中央値は男性で10.912.2 g、女性で9.310.8 gであったのが5年後の2015年版で使用する平成22(2010)23年には男性で10.511.8 g、女性で8.810.0 gまで減少していた。

これらの値は2010年に設定した目標値には達していないが、図1を見ると分かるように食塩摂取量はほぼ一定の速度で減少している。日本をはじめ各国の高血圧治療ガイドラインを考慮すると高血圧の予防、治療のためには6 g未満の食塩摂取量が望ましいことからできるだけこの値に近づくことを目標とすべきである。

 前述したようにWHOのガイドラインでは5 g/日未満が強く勧められている。平成22年、23年の国民健康・栄養調査でこの値を満たしている者を推定すると極めてまれである。したがって、目標値を5 g/日未満と設定しても達成する可能性がないので適切ではない。

 そこで達成の可能性を考慮し、5 g/日と平成22年、23年の国民健康・栄養調査における男性の摂取量の中央値(成人の10年刻みの年代では10.511.8 g/)との中間値(7.88.4 g/)を丸めた値(四捨五入)を目標値(8.0 g/)とした。同様に女性では7.0 g/日とした。


摂取量と罹患率の関係は不明 減塩政策を批判する論文も

 減塩政策が最初に行われたアメリカにおける食塩摂取量はその後50年間も変わっていない。アメリカの国際食品情報協議会は2011年にその背景を探るアンケート調査を行った。

その結果、全体的に食塩摂取量に対する関心が低く、高血圧者でも同様であった。減塩に努力しているのは42%だけであった。

 日本の状況は図1に示すように全体的に減塩政策が効を奏している。特に2000年以後は極めて順調に低下している。この間、食塩摂取量の根拠となる食品成分表の改訂が行われているが、それまでの改訂後のデータ使用による低下傾向は見られないので、成分表のナトリウム量はほとんど変化がなかったものと思われる。現在2015年版が用意されており、減塩政策を反映した食品開発が進んでこの中のナトリウム量に大きな変化があれば、2015年の食塩摂取量は前の改訂後のように大きく下がるかもしれない。

 このように食塩摂取量が下がっても食塩摂取量に関係していると思われる疾患死亡率や疾患罹患率が下がっているかどうかは分からない。筆者の整理によると1984年から1993年までの4回の患者調査による脳血管疾患患者については食塩摂取量と関係なかった。その後の関係は県別食塩摂取量のデータが公表されなくなったので整理できない。

 日本は食塩の摂取目標量設定と毎年の食塩摂取量の発表で減塩政策の効果が明確に把握できるが、肝心の食塩摂取量の低下と疾患罹患率との関係は分からない。摂取量を減らすことだけを目標にして努力しており、疾患罹患率を下げる目標が達成されているかどうかは分からないことで良いのだろうか?実に不思議な保健政策である。食塩摂取量との関連付けで整理すると筆者が整理した結果と同様になり、減塩推進の意義が疑われるのを避けるためか?とも勘ぐりたくなる。

 この度の食塩の摂取目標量の設定は2013年までに発表された食塩摂取量に関する論文を参考にしている。その中で減塩政策に疑問を呈する論文を参考にしているのはアメリカの医学研究所が発表した物だけである。基本的には減塩効果を報じ、減塩政策を支持する論文が多いが、減塩の危険性に警鐘を鳴らす論文も発表され、全ての人々に一律に減塩を勧める保健政策を批判し、専門的な医学雑誌で減塩政策を巡っての論争が行われている海外の新聞は科学や健康欄あるいは日曜版でこれらの論文を採り上げて紹介し、あるいは専門家の寄稿を掲載している。読んだ読者は減塩政策の適否を判断し、ツイートなどによって意見を述べている


ナトリウムは「食塩」に換算

 食品表示法に基づいて食品には栄養成分(タンパク質、脂質、炭水化物、ミネラルの各量)と熱量を表示しなければならない。

41日の改訂でミネラルの1つであるナトリウムは食塩相当量として表示しなければならなくなった。

減塩政策を進める中で摂取目標量を設定しても、従来のナトリウム量では分かりにくいことから、ナトリウム量に係数2.54を乗じた食塩に換算して食塩相当量として表示し、減塩政策に資するように消費者に分かり易くした。