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たばこ塩産業 塩事業版  2010.12.25

塩・話・解・題 69 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

食生活脅かす減塩政策

 

 カナダで減塩戦略を進めるにあたり各国の取り組みを整理して成果を評価した論文が昨年発表された(CMAJ,2009;181:605)。この中では日本は取り上げられていないが、日本でも減塩戦略は進められており、それなりの成果は出ていると評価されるが、各国ではどうか?理解しておくことも重要と考え紹介する。

 

カナダ 公的規制への取り組み

  高血圧は心臓血管疾患の重要な危険因子であり、世界中で年間約760万人が死亡し、疾患死亡率の13.5%を占める。高食塩摂取量は血圧上昇、血管心臓障害、肥満、胃癌、骨粗鬆症、腎臓結石、喘息症状の悪化と関係している。カナダでは推奨値まで減塩することは高血圧発症率を30%低下させ、高血圧に関連した心臓血管疾患の発症率を8%下げ、他の食塩摂取量に関係した健康リスクの影響を考慮しなくても年間の医療費を約20億ドル節約するだろう。

 集団的な減塩は正常血圧集団と高血圧集団の両方で心臓血管疾患の大部分を予防できる。例えば、2 mmHgの拡張期血圧(最低血圧)の集団低下は高血圧発症率を17%、冠状動脈疾患を6%、脳卒中の危険率を15%減らすと推定される。

 高血圧の知識、管理、治療率はカナダでは十分ではなく、生活様式の修正は血圧低下に有効であるが、高血圧者で生活様式を変える患者はあまりいない。減塩は多分、最も容易にできる生活様式への介入である。カナダの1日当たり平均食塩摂取量は推奨量の2倍以上である。

 

他国の成果を参考に

 前述の認識の下に表1に示す他国の成果を参考に、次に述べる具体的な減塩戦略を立てた。

表1 選ばれた諸国の減塩戦略の比較と評価
食品産業の規制 食品表示 食品産業との共同 食品産業による自主的な行動 製品の再構成 公衆教育 戦略に関するコメントと集団の食塩摂取量の変化
フィンランド あり あり あり あり あり あり ● 政府規制と高食塩含有警告表示の実行        ● カリウム強化パンソルトで通常の塩を代替       ● 社会警告を強化する強力なメディア・キャンペーン   ● 1972年の14.22 gから2002年に8.13 gまで減塩
アメリカ なし あり なし あり なし あり ● 1980年代以来の保健介護団体からの一貫した助言と2007年のアメリカ医学協会による減塩呼掛け       ● 低減は起こらなかった                    ● 2001/02年の8.46 gから2005/06年の8.73 gに食塩摂取量増加
イギリス なし あり あり あり あり あり ● 食品標準局の監督下で特別な食品グループの目標減塩のために食品産業との協調努力              ● モニターの継続と集団の摂取量評価          ● 社会警告を強化する社会運動と簡単で消費者に馴染みやすい表示戦略                       ● 2004年の9.65 gから2008年の8.74 gへの食塩摂取量低下
カナダ なし あり あり あり あり あり ● 社会教育と結び付いた食品産業による早くからの自主的低減と加工食品からの食塩摂取量に関して影響を与えない表示                           
● より最近の協調努力に近付くには早すぎる
フランス なし 任意 あり あり あり あり ● 2004年以来始まった努力                 ● 任意の食塩表示が始まる                 ● 減塩が主題である限られた社会教育が国民栄養保健計画を通して行われている                  ● パン製造者の33%が減塩を主張している製パン組合を除いて今日までそれほど変化なし

1)目標摂取量の設定

 WHOは1日当たりのナトリウム摂取量2000 mg(食塩として5 g)未満を勧めている。イギリス政府の目標は2400 mg(食塩として6 g)未満である。アメリカとカナダでは成人について2300 mg(食塩として5.8 g)という「上限許容摂取量」を設定した。目標を達成させるために国の公衆衛生政策は加工食品、消費者教育、食品表示の改善、低塩分食品の増加に焦点を置いている。ほとんどの先進国では、食塩摂取量の約80%を加工食品から摂っているので、食品産業の規制と協調が減塩を達成する鍵となる。

2)食品産業の規制

 1970年代の初め頃よりフィンランドでは食品産業との協調と規制、メディアを通した消費者教育の強化によって集団を基本にして減塩政策を行ってきた。その結果、図1に示すように食塩摂取量は40%低下し、血圧で10 mmHg以上の低下があり、脳卒中と冠状動脈疾患による死亡は70%低下した。

フィンランドにおける食塩摂取量低下

 参考までに日本における食塩摂取量の変化を見ると図1に示す期間で20%低下している。平成21年の食塩摂取量は最近10.3 gと発表された。脳出血による死亡率は1970年から1990年の20年間で約80%低下しており、脳血管疾患では約70%低下している。しかし、1990年と1993年のそれぞれ単年度の患者調査による結果では脳血管疾患と食塩摂取量との間には弱い逆相関が見られた。なお、日本の統計値には冠状動脈疾患の項目はない。

3)食品表示

 食品表示は減塩の鍵となる一つの戦略で、フィンランドやイギリスで成功してきた。加工食品中の塩分含有量を、赤は高塩分、琥珀は中程度、緑は低塩分と色分けして消費者に馴染みやすく簡単で効果的な表示とする。

4)食品産業との共同

 イギリスでは食品標準局によって設定された特別な食品中の減塩に向けたスケジュールと、目標に対応した食品産業による自主的な行動により、味覚に影響を及ぼすことなく食品中の塩分を30%低下させた。フランスでは製パン組合が消費者の不満もなく製品中の食塩を低下させた。カナダでもこの戦略を使っている。

 

メディアを使い減塩指向を醸成

 裕福な地区の住民と比べて貧困地区の住民は不健康でカロリーの高い塩辛い食品を食べがちである。健康に悪い食品や塩分の多い食品は一般的に容易に入手できて安い。このような加工食品や調理済み食品中の食塩を総合的に低下させる必要がある。フィンランドでは主婦連が健康で容易に作れる低塩食レシピーの開発、配布、幅広い使用を始めた。カナダでは健康を促進させる組合を作り、減塩運動を始めた。

 マスメディアを使って目標とした保健教育を行い、低塩食品に対する購入動機の醸成や低塩食品を見分ける表示やレストラン広告、健康食品の普及などにより個人の購入行動を変えて健康食品を選ばせ、減塩を進めさせる。

情報不足

 減塩で期待される集団の健康についてどの程度の利益が得られるかは、心臓血管疾患以外では無作為化された対照区のある試験による証拠がないので分からない。比較的大きな健康利益は血圧低下で、台湾における集団のランダム化された試験で観察されたが、減塩による喘息や骨粗鬆症の改善は十分に調査されてこなかった。

食品技術の進歩から将来的に消費者に悪い影響を与えないで食品中の食塩をどれくらい素早く広範囲に減らせるかは明らかでない。社会市場、大衆教育戦略、保健介護専門家の助言、食塩の有害な効果を社会に知らせる効果的な食品表示といった様々な条件で、何が一番有効かに関しては証拠が不足している。

 

政府による介入

 減塩は大きな公衆保健問題で、集団の健康状態を改善することに関心を持つ政府や非政府機関による有効な行動が必要である。食品産業界の自主的な行動は減塩を始める好ましい手段であるかもしれないが、業界の協力を得るには政府は行政権を使わなければならない。

政府は簡単で容易に理解できるように食品表示を義務付け、健康に及ぼす食塩の有害な影響についての知識を向上させる効果的な社会教育運動を始め、支持すべきである。さらに、政府と保健政策立案者は減塩について達成できる目標とスケジュールを設定し、追跡すべきである。

非政府機関は圧力団体として行動し、食品産業界に行動を取らせ、政府に減塩政策を優先させるためにロビー活動を行うべきである。彼等はまた減塩についての条件を作り出すように公衆に知らせる教育で政府と組むべきである。過剰な食塩摂取量に関連した危険性とその結果、減らし方について患者と相談することに加えて、保健介護専門家は減塩政策を実行するために宣伝とロビー活動をする賛同者を育てるべきである。

◇        ◇        ◇

 以上が論文の概要である。減塩について公的にかなり強く規制していこうとする姿勢が見られる。表1を見るとアメリカが一番ゆるやかで、公的にフィンランドが一番強化された減塩戦略を採っており、カナダはイギリスなみに公的に食品産業を規制しないで減塩戦略を進めて行こうとしている。減塩戦略は食生活に脅威を覚える内容であり、公的にそこまでの規制をしていない日本の減塩政策に安堵を覚えるが、何時かはその方向に舵を切るかもしれない。