たばこ塩産業 塩事業版 2009.6.25
塩・話・解・題 51
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
食塩摂取目標量 30年ぶりに低減
厚労省’10版「日本人の食事摂取基準」
5年毎に設定される「日本人の食事摂取基準」の2010年版で、30年前に設定された食塩摂取の目標量(設定当時は『適正摂取量』・1日当たり10 g以下)を低減させることが発表された。厚生労働省の資料からその背景とその他のミネラル摂取量についても紹介する。
減少してきた摂取量
食塩摂取の目標量が設定されたのは1979(昭和54)年のこと。表1に示すようにそれより5年前に適正摂取量として1日当たり10 gが設定されていた。それ以来、減塩運動で図1に示すように摂取量は下がったり上がったりを繰り返しながら全体的には減少してきた。
図中の点は日本食品標準成分表に基づいて計算されており、三訂から五訂まで改定されたデータで示されている。白抜きの三訂から塗り潰しの四訂に改定された値は併記されているが、遡って計算すると食塩摂取量が減っていることが分かる。五訂になると大きく減っている。摂取した全食品中のナトリウム量を積算し、その値に係数2.54を掛けて食塩量としている。
平成19年国民健康・栄養調査の結果を20歳以上で整理すると、食塩摂取量で男性では平均12.0 g、女性では10.3 gとなっており、男性で目標量の10.0 g未満を達成している割合は37.6%、女性で8.0 g未満を達成している割合は31.8%となっている。
表1 食塩摂取目標量の変遷 | ||||
年 | 食塩摂取量 | 策定機関 | 策定名称 | 備考 |
昭和54年 | 10 g以下 | 公衆衛生審議会 | 適正摂取量 | |
昭和59年 | 10 g以下 | 公衆衛生審議会 | 目標摂取量 | 第三次改定 |
平成元年 | 10 g以下 | 公衆衛生審議会 | 目標摂取量 | 第四次改定 |
平成6年 | 10 g以下 | 公衆衛生審議会 | 目標摂取量 | 第五次改定 |
平成11年 | 10 g以下 | 公衆衛生審議会 | 目標摂取量 | 第六次改定 |
平成16年 | 男性 10.0 g未満 女性 8.0 g未満 | 策定検討会* | 摂取目標量 | 「日本人の食事摂取基準」2005年版 |
平成21年 | 男性 9.0 g未満 女性 7.5 g未満 |
策定検討会* | 摂取目標量 | 「日本人の食事摂取基準」2010年版 |
*日本人の栄養所要量−食事摂取基準−策定検討会 |
男性 9 g 女性
7.5 g
目標量設定の背景
設定の概念として、高血圧ならびにがんと食塩摂取との関連を検討した疫学研究、最近の日本人の食塩摂取量の推移、欧米を中心とした諸外国における食塩摂取制限目標値などを参考にしている。
高血圧についての疫学研究に関しては、集団レベルによる観察で血圧を上昇させない食塩摂取量の平均値は3〜5 g/日と考えられており、アメリカ高血圧合同委員会、WHO/国際高血圧学会ガイドラインでは、高血圧の予防と治療指針として、個人レベルの食塩摂取量6 g/日未満を勧めている。日本高血圧学会ガイドラインも同じレベルを勧めている。
このレベルについては介入研究によって降圧効果が認められており、欧米諸国では現状の摂取量からみて実行可能な目標。しかし、日本の現状とは掛け離れており、QOL(生活の質)を悪化させ、他の栄養素摂取量に悪い影響を及ぼす無理な減塩には注意すべきとしている。また、がんや脳卒中についても減塩が一次予防に寄与するとしている。
平成17年と18年の国民健康・栄養調査で成人(18歳以上)の食塩摂取量(中央値)は男性で11.5 g/日、女性で10.0 g/日であった。最も食塩摂取量が高いグループは男性の50〜69歳で、12.2 g/日を摂取していた。この値と高血圧の予防指針が示す6 g/日との中間値は9.1 g/日となり、その値は成人男性の摂取量分布では約1/4に当たるので、中間値は実現不可能な値ではない。女性は成人の各年齢層で男性よりも1〜2 g/日低い摂取量であるので、男性よりも1.5 g/日低い値を設定するとの考え方で、成人で今後5年間に達成したい目標量として、男性は9.0 g/日未満、女性は7.5 g/日未満を算定した。
以上が30年ぶりに目標量を下げた背景である。
設定目標量の妥当性
この考え方は、日本の食生活習慣を考慮して当初の目標量10 g/日未満を設定した当時と一致している。昨年末に本紙で、日本高血圧学会ガイドラインが設定している6 g/日未満の達成可否についての論争を紹介した際に、この値を達成することは不可能であろうと感想を述べた。それから考えると、新しく設定された目標量は妥当である。
将来、この目標量に近くなれば、今回の下げ幅程度で再び新たな目標量が設定されるであろう。
他のミネラル摂取基準
ミネラル摂取基準については、2005年版日本人の食事摂取基準で初めて発表されてから今回で二回目である。その間の5年間に食塩摂取の目標量は大きく変わった。他のミネラル摂取基準はどうであろうか?食塩摂取量とともに他のミネラル摂取量についても関心は高く、保健政策としてはカリウムとカルシウムの摂取量を増加させるように勧めている。そこで参考までに摂取基準がどのように変わってきたかを表2に示した。
表2 日本人の食事摂取基準におけるミネラル摂取に関する数値に変遷 (成人1日当たり) | |||||||
ミネラル | 男 性 | 女 性 | |||||
目安量 | 目標量 | 推奨量 | 目安量 | 目標量 | 推奨量 | ||
食塩 (g) | 2005年版 | 10 未満 | 8 未満 | ||||
2010年版 | 9.0 未満 | 7.5 未満 | |||||
カリウム (mg) | 2005年版 | 2,000 | 2,800 - 3,100 | 1,600 | 2,700 - 3,100 | ||
2010年版 | 2,500 | 2,800 - 3,000 | 2,000 | 2,700 - 3,000 | |||
カルシウム (mg) | 2005年版 | 650 - 900 | 600 - 650 | 600 - 700 | 550 - 600 | ||
2010年版 | 650 - 800 | 600 - 650 | |||||
マグネシウム(mg) | 2005年版 | 310 - 370 | 270 - 290 | ||||
2010年版 | 320 - 370 | 260 - 290 | |||||
リン (mg) | 2005年版 | 1000 - 1050 | 900 | ||||
2010年版 | 1,000 | 900 | |||||
鉄 (mg) | 2005年版 | 6.5 - 7.5 | 10.5 | ||||
2010年版 | 7.0 - 7.5 | 10.5 - 11.0 | |||||
亜鉛 (mg) | 2005年版 | 8 - 9 | 7 | ||||
2010年版 | 11 - 12 | 9 | |||||
銅 (mg) | 2005年版 | 0.8 | 0.7 | ||||
2010年版 | 0.8 - 0.9 | 0.7 | |||||
マンガン (mg) | 2005年版 | 4.0 | 3.5 | ||||
2010年版 | 4.0 | 3.5 | |||||
ヨウ素 (μg) | 2005年版 | 150 | 150 | ||||
2010年版 | 130 | 130 | |||||
セレン (μg) | 2005年版 | 30 - 35 | 25 | ||||
2010年版 | 30 | 25 | |||||
クロム (μg) | 2005年版 | 30 - 40 | 25 - 30 | ||||
2010年版 | 35 - 40 | 25 - 30 | |||||
モリブデン (μg) |
2005年版 | 25 | 20 | ||||
2010年版 | 25 - 30 | 20 - 25 | |||||
注:カリウムの目標量は高血圧の一次予防を進めるために設定。 |
研究の進展に伴って数値は見直されるので、5年間の間でもかなり変わっている。表には推奨量、目安量、目標量があり、それぞれ次のような意味である。
推奨量:ある性・年齢階級に属する人々のほとんど(97〜98%)が1日の必要量を満たすと推定される1日の摂取量。
目安量:推定平均必要量・推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に、ある性・年齢階級に属する人々が良好な栄養状態を維持するのに十分な量。
目標量:生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量(または、その範囲)。
以上のことからカリウムについては、一応の目安量を設定しているが高血圧の一次予防からそれより大目の目標量が設定されている。カルシウムについては、従来の目安量と目標量の設定からこの度、推奨量だけの設定に変わってきた。他のミネラルはそれほど大きくは変わっていない。
◇ ◇ ◇
食塩からNaCl以外のミネラル摂取が意味ありげに喧伝される傾向にある。しかし、少ない食塩摂取量からミネラルの必要摂取量を期待することは望むべくもない。減塩により他の栄養素摂取量低下でQOLを悪化させないように注意を促していることは当然のこと。塩味によりいろいろな食材を美味しく食べて、それらの食材からのミネラル摂取で各設定値を満たす食生活をすべきと考える。