そるえんす、2002, No.52, 2-6

       

 第11回冬期国際道路管理会議(実行委員長:鈴木日本道路協会会長)が札幌で128日から31日までの会期で開催された。北海道では積雪、凍結、吹雪などによる冬型事故は3,5005,000件起こっている。積雪や凍結による交通渋滞や遮断を避けるためと事故防止の観点から、機械的な除雪の他に融氷雪剤として大量の塩が使われ、その他の薬品も使われる。欧米では塩の大きな用途の一つであり年間2,5003,000万トンも使われる。日本ではまだ35万トン程度しか使われていないが、これから消費量増加が見込まれる。しかし、主として環境問題を中心に使用に伴ういろいろな問題も出てきている。情況調査と情報収集から出席したので、思いつくままに記す。

会議の規模と話題

 会議が行われた会場は、昨年完成したばかりのワールドカップ・サッカー会場となる札幌ドームである。広さ42,700 m2、ドーム敷地面積17,700 m2、高さ68 m、観客座席数53,845席の巨大な建造物である。近くまで地下鉄が開通しており比較的便利であった。世界の62ケ国から550人と国内から1,700人の参加者で盛況であった。ポスター発表を含めて26ケ国から169件の発表があり、その話題と内訳は表に示すとおりで、半数近くが日本からの発表であった。
 開会式はグランドの一角に舞台を設え、舞台に面した一部の座席を会場として行われた。来賓挨拶では国会開催中で来られなかった扇国土交通大臣の代わりに青山副大臣の挨拶があった。会期中発行された新聞には、会議出席(オープニング・セッションで講演)のために来日した前スイス大紋領アドルフ・オギ氏が125日に扇大臣に会って握手をしている写真が掲載されていた。
 開会式のアトラクションには太鼓や津軽三味線の演奏、江差追分の民謡、山形芸者による酒田舞子の日本舞踊、近代的なよさこいソーラン踊りが披露され、最後に「なまはげ」まで現れて観客席を練り歩き、にぎやかに開幕した。開会式後には観客席からグランドにおり、グランドの展示ブースを見ながらのウェルカム・パーティーで、恒例の鏡割りセレモニーもあった。食べ物には土地柄、ジャガイモとバターやトウモロコシも出されていた。土地の酒やワインも振る舞われた。

表 国際冬期道路会議の話題と発表件数
話題 内     容 口頭発表 ポスター発表 日本からの発表
T 冬期道路管理政策及び戦略 15 3 1
U 雪氷マネジメントとコスト 26 5 14
V 都市部における冬期道路問題と交通安全 12 7 10
W 環境とエネルギー 19 6 14
X 情報通信技術 26 6 19
Y 雪氷技術対策の開発 26 18 23

 技術発表は4会場で行われ、日本語、英語、フランス語で同時通訳された。発表時間は質疑応答を含
めて
20分間で、概ね時間通り進行していたが、質疑応答に熱が入り長引くセッションもあった。発表はほとんどがハイテクのパワーポインターで行われ、鮮明な画像と迫力ある映像で深く印象付けるように工夫されていたが、細かい字で表現されているものが多く見辛かった。ソルト・サイエンス研究財団の研究発表会はローテクのOHPかスライドを使用しているが、ハイテクへの切換時であることを感じた。
      
 屋内と屋外に除雪技術、除雪機材、情報通信機器、舗装・建設技術、交通安全対策技術、省エネや自然エネルギー利用技術、北国の産業・文化等の展示ブースが
600件弱ならび、この中には海外からの展示も多数あり、会議参加者以外に札幌市民が大勢見学に来ていた。

       
        

                          屋外展示

        


                    屋外展示と札幌ドーム

 テクニカル・ツアーとしては、気象状況を把握する総合情報センター、交通管制センター、高速道路除雪ステーション、除雪車による除雪作業、吹雪実験場、低温科学研究所、融雪槽、流雪溝等を見学する7コースが用意されていた。3日間毎日挙行されたコースもあり、どれも募集締め切りの盛況であった。

札幌市の除雪量と除雪費用

 札幌市の累積積雪高さは年間5 mあり、約1,000台の除雪機で2,600人かけて道路5,050 kmの除雪を行い、昨年の冬は1,600m3の雪を棄てたそうである。これは札幌ドーム11杯分だとか。これまでの記録は7年前の積雪6.68 m2,700m3という。札幌市郊外の厚別には下水処理場の処理水を熱源(16)にして雪を融かす厚別融雪槽があり、1日当たりダンプカー約720台分の1m3を処理できるそうだ。発寒にはゴミ焼却熱を利用する発寒融雪槽があり、ダンプカー約160台分の処理能力がある。他にも河川水や下水を利用して雪を流す流雪溝がある。このための除雪費予算が161億円、1所帯当たり20,600円、道路1 km当たり320.8万円になるという。1 cmの積雪があると3,251万円が雪と消えて水に流れることになるそうだ。

札幌市の転倒事故件数

 札幌市では融氷用に塩を撒くことは少なく、坂道の歩道や交差点近くでは滑り防止剤として3-6 mmの細かい採石が撒かれている。しかし、メイン通りを外れると、歩道は雪道で踏み固められて高くなっており、凍りついている所もあった。メイン通りから入る脇道は除雪されていないのでツルツルに路面が凍結しているところがあり非常に危険である。札幌市では冬期に歩行者の転倒事故で救急車が出動し、病院に搬送する怪我人は500600人になるという。
 山陰の雪国で育った筆者はそれなりの裏底の靴を手当して、滑らないように用心しながら歩いた。しかし、サッポロビールの工場見学でビール2杯をご馳走になったせいでもないと思うのだが、傾斜して凍結していた脇道の入口を横切ったとき、右足払いをくったごとく見事に横向きに転んでしまつた。間の悪いことに若いアベックの横をすり抜けるように追い抜いた途端であったので、目の前で大の男が転んだのを見てアベックも驚いたであろう。私は一瞬何が起こったかが判らず、アベックに呼びかけられて転んだことに気付き、大丈夫、大丈夫と返事をした。ところが言っている言葉が英語であることに気付き、あわててサンキュー、ネバー・マインド、ノー・プロブレムと言いながら立ち上がって後も振り返らず、二度と転ばないように用心しながら急ぎ遠ざかった。

塩が融氷雪剤になる理由

 氷に塩を混ぜてアイスキャンデーを作る実験をしたことがありますか?氷を作るために塩を使うのに、どうして氷を解かすためにも塩を使うのだろうか?塩を入れた水は氷点降下のために0℃以下にならないと凍らない。飽和の食塩水では約−21℃にならないと凍らない。このことから、十分な氷に十分な塩を混ぜると氷は解けながら氷点降下で氷自身の温度は−21℃まで下がる。このような氷水にアイスキャンデー製造容器を入れると、中の水は凍る。一方、−21℃氷の方は周囲から熱をもらって氷は解け、解けてできた水に塩が溶け、塩がある間は−21℃に推持されるが、溶ける塩がなくなると氷水の温度は上昇して、塩水の濃度は次第に薄くなる。
 このように塩で雪や氷を解かす原理は氷点降下を利用している。塩では−21℃以下には下がらないので、気温が−10℃以下になると温度差が小さくなり氷を解かす力が弱くなる。この点塩化カルシウムでは−50℃位まで下がるので、気温が−21℃以下の厳しい寒さでも氷を解かすことができる。

日本の融氷雪剤使用量

 日本で道路の融氷雪用に塩が大々的に使われるようになったのは、10年前にスパイクタイヤが粉塵公害のために禁止されてからのことである。日本道路公団の発表では年間1520万トンの塩が使われているという。(財)塩事業センターの統計では冬の厳しさによってバラツキはあるが、融氷雪用の塩販売量は図に示すように急速に増加しており、2000年で35万トンである。首都高速道路や首都圏の一般道路では塩化カルシウムを散布するが使用量は分からない。仙台では尿素と塩を64で混合した融氷雪剤を使う。入手した資料によると東北建設局管理道路における凍結防止剤散布費は1999年で16億円であり、それが除雪費に占める割合は35%である。

       

 日本における融氷雪用の塩使用量は増えては来ているが、まだまだ非常に少ないように思われる。15年ほど前、ベルギーのブリュッセルで専売公社の在外事務所所長社宅に泊まったことがある。同期入社の所長で単身赴任でもあったので気兼ねなく泊まった。その折り、セントラルヒーティングのボイラーを見せてもらった時、そこに10 kg入りの塩が置いてあるのに気付いた。何に使うのか尋ねたところ、冬、雪を融かすために家の前の道路に撒くと言う。歩行者が雪や氷で滑って転び怪我をすると、道路管理が悪いと訴えられるそうである。それでアムステルダムのダム広場に塩が撒かれているのを見たことがあることを思い出した。
 2月末のさほど寒い日ではなかったが、朝通勤で歩いていると、六本木の坂道に面したあるお店の前でビニール袋から白い粉を取り出し歩道に撒いて店に入る人を見かけた。すぐに塩ではないかと思い、白く集まっている所から少しつまんで舐めてみると、やはり塩であった。どんな意図で撒いたのか知らないが、10 mほどにわたって撒いてあったので、雪が積もらないようにしたつもりであろう。雨が降らないので何日間も白く撒いた痕が残っていた。

融氷雪剤使用に伴う問題点

 塩を融氷雪剤として散布したときの問題として、先ず車が錆びることがある。このため防錆剤を添加して散布することが考えられ、防錆剤として米糠を混合して使用する発表があった。米糠のフィチン酸が有効成分であるとのことであった。橋梁や飛行場では塩の代わりに尿素や酢酸カルシウムマグネシウムが使われるが、コストが高いことや、雑草が繁りやすい別の問題もある。塩の散布でコンクリート鉄筋が錆びたりコンクリートが劣化する問題もある。また、沿道の植物が枯れる被害を受けたり、地下水が汚染されるといった問題もある。そこで、できるだけ少ない塩散布量で効果があるように注意深く気象状況を把握し、塩水にしたり、塩を湿らして散布している。高速道路に散布する基準量は30g/m2である。
 塩散布による環境汚染からニュージーランドでは塩の使用を禁止し、代わりに酢酸カルシウムマグネシウムを使うことに決めた、という発表があった。随分極端なことをするものだと思っていたところ、アメリカ人から質問があった。酢酸カルシウムマグネシウムの安全性や環境汚染に問題はないのか? 酢酸カルシウムマグネシウム製造時の副産物や成分のバラツキは調べているか?といったことであった。発表者は、酢酸カルシウムマグネシウムは全量アメリカから輸入しており、成分チェックはしてないが、アメリカが輸出するのであるから問題なかろうと、極めておおらかな回答に会場は大笑いであった。

路面凍結防止対策

 スパイクタイヤが禁止されると路面がツルツルになり、歩行者の転倒による怪我が多くなって路面凍結防止対策が緊急の課題となった。問題解決に向けていろいろと研究開発試験が試みられている。道路表面を粗くしたり細い溝を切ったりする舗装方法と、ゴム粒子やウレタン樹脂を混入して車が通ると路面がたわむ舗装方法を比較試験した結果、雪氷が付着しにくく剥離しやすい効果と、車両通過によるたわみで雪氷が破壊される効果のあるたわみタイプの舗装の方が有効であることがわかった。

       

                         塩散布車

高齢者、身体障害者に対するバリアフリーの観点から、雨水が速やかに路面下へ浸透する排水性舗装を歩道に施す試験が行われ、潮来の高い舗装方法が明らかにされた。坂道の雪氷を除くために、電熱線埋設やガス加熱した温水を通す管の埋設、あるいは自然エネルギーの利用で温泉水を利用したヒートパイプによる道路加熱試験をしている。

雪祭り開催前

会議は札幌の雪祭りが開催される1週間前に行われたので、会議開催中、雪像造りを見ることができた。バンケットは大通公園の近くにあるホテルで行われたので、帰りは雪像を見ながらテレビ塔の方に向かって大通公園を歩いた。寒い中を雪祭りの準備で夜遅くまで雪像造りに励んでいた。氷や雪を使って作る雪像、建造物には巨大な物がある。建築用の足場を6段も7段も組み上げて高さ20 m以上にもなろうかと思われ、大型建設機械を使い1ケ月も前から取りかかっている様を説明している看板があった。

       

                            雪像

冬期道路管理会議に出席して、雪国に暮らす人々の生活が大変であることを感じ、膨大な除雪経費の出費のお陰で現在の文明社会が成り立ち、塩がその一翼を担っていることを知ることが出来た。
                                      ((財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事)

 注:原著はカラー印刷ではありません。