保健の科学 第35巻 第10号 732-734ページ 1993年
連載10 食塩と高血圧
ナトリウムと他の陽イオンとの相互作用
橋本壽夫
日本たばこ産業株式会社
海水総合研究所所長
ナトリウムが高血圧の原因であるかのように言われている中で、ナトリウムの摂取量を減らすのはもちろんであるが、カリウム、カルシウム、マグネシウムの摂取量を増やすと良い、という意見がある。ナトリウムの減少と相乗的に作用して血圧を下げたり、高血圧の予防になると言うわけである。
カリウム
昭和57年に塩化カリウムが食品添加物に指定されてから、食塩(塩化ナトリウム)の一部を塩化カリウムに替えた食塩代替物商品が市場に出始めた。塩化カリウムには塩味がなく、味が悪いためか商品としてはあまり売れていない1)。しかし、ナトリウムを減らしたいがために、あるいはナトリウムとカリウムの摂取量のバランスから健康食的な売り方をしている例もある。
高血圧ラットによる研究で、食塩負荷によって誘引される血圧上昇を過剰のカリウム摂取量によって抑制されることが示された。その後、ヒトでもカリウム摂取量は血圧と逆相関を示し、高血圧の人がカリウム摂取量を増加させると、血圧が下がることが疫学的に示された2-3)。血圧に対する高カリウム摂取量の降圧効果は高ナトリウム摂取量の人に、正常血圧者よりも高血圧老に、白人よりも黒人に、より顕著であると言われている2,5)。しかし、血圧に及ぼすカリウム摂取量の独立した影響を認めなかった報告もある6)。
また、尿中のナトリウム/カリウム比はナトリウムあるいはカリウム単独よりも血圧と強く相関しているとも言われている2-4,7)。カルシウム摂取量が少ない場合だけ血圧とナトリウム/カリウム比とは相関しており、比較的高いカルシウム摂取量(400 mg/日以上)では相関はなかったとの報告もある8)。このようなことから、前述したようにナトリウムの代わりにカリウムを加えて減塩をうたい文句にした商品もあるが、カリウム剤投与が適当な治療法であるかどうかについては、カリウムの一般的使用指針が作成できるほど確実なデータはなく、安全性についても疑問視されていることもあり、せいぜい果物や野菜を沢山食べてカリウム摂取量を増やす方が安全である9)と言われている。
カルシウム
カルシウム摂取量は骨粗老症との関係で話題になっており、国民栄養調査では530〜540mg/日程度の摂取量で、国民栄養所要量に定められたカルシウム600 mg/日に少し足りないので、摂取量増加が叫ばれている。
カルシウム摂取量と血圧との間には逆相関があり、高カルシウム摂取量で血圧が下がり、カルシウム欠乏は高血圧発症率の増加につながると言う報告がある10-13)。ハメットらも比較的高いカルシウム摂取量は高ナトリウム摂取量の人々の血圧を下げることと関係し、比較的低いナトリウム摂取量では明確でないことを示した14)。
グロービーとワールマニングは22件の介入試験を検討し、9件ではカルシウム摂取量により血圧が有意に降下したことを認めた13)。
食塩感受性の黒人成人では食塩摂取量が高いと血圧が上昇したが、カルシウムを与えると血圧上昇が抑制された15)こともあって、食塩摂取量の変化によってカルシウム摂取量の変化が血圧に影響を及ばすことが示唆された16-18)。レズニックらは低ナトリウム食(<50 mmol/日)の高血圧老にカルシウムを与えても何の効果も示せなかったが、高ナトリウム食(>200 mmol/日)を取っている同じグループでは様々な血圧応答を示した。食塩感受性とあらかじめ判定された患者はカルシウム摂取で降圧応答を示したが、食塩非感受性者は逆に血圧上昇を示した18)。
ナトリウム摂取量が高い時だけ、カルシウム摂取量が血圧上昇を抑制する効果を示すようであるが、このことはナトリウム摂取量が高いと尿中へのカルシウム排泄量が多くなり15,19)、カルシウム摂取量が高いと尿中へのナトリウム排泄量が多くなる20)ことと関係がありそうに思われる。
マグネシウム
硬水地域では高血圧者が少ないと言われていることからマグネシウムに何等かの血圧抑制作用があるのではないかと思われている。しかし、リードらはホノルル心臓研究のデータを分析したが、カリウムやカルシウムの効果とマグネシウムの効果とを区別できなかった21)。マッカロンらは低カルシウム食が高血圧に関連することを述べた最初の報告で、低マグネシウム食も同様であることを述べている22)。ケステルートらも女子の収縮期血圧とマグネシウム摂取量との間に有意な逆相関を認めている6)。しかし、マグネシウム欠乏がヒトの高血圧発症率にどんな役割を果たすのか、あるいは、本態性高血圧に対してマグネシウム投与が降圧療法として有効かどうかを決めるデータは今のところまったくない23)、と言われている。
おわりに
ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、そして恐らく他のイオンは相互に作用し合っており、それらイオンの吸収、排泄過程でも相互に影響し合っている。この相互依存は細胞膜や末端器官レベル、そして血圧抑制でも同じように重要である、とマンツェルとデュルッケは述べている24)。
ルフトとマッカロンは、過去においてはナトリウムを減らすことは同時にカリウム、カルシウム、マグネシウムを多く含む食品の摂取量も減らすことになっていたことを指摘しながら、少なくともカルシウムの一日所要摂取量を摂ることを推奨している9)。
引用文献
1)橋本幸夫:塩味料.福場博保、小林彰夫編集:調味料.香辛料の事典.朝倉書店、1991. pp. 81.
2)Svetkey LP and Klotman PE: Blood pressure and potassium intake. In: Laragh
JH and Brenner BM (Eds): Hypertension: Pathophysiology, Diagnosis,
and Management. New York, Raven Press, Publishers, pp. 217-227, 1990.
3)Khaw KT and Barret-Conner
E: The association between blood pressure, age, and dietary sodium and potassium: A population study. Circulation
77:53-61, 1988.
4)Veterans
Administration Cooperative Study Group on Antihypertensive Agents: Urinary and serum electrolytes in untreated black and white hypertensives.
J Chronic Dis 40: 839-847, 1987.
5)Barden AE, Vandongen
R and Beilin LJ: Potassium supplementation does not lower blood pressure in normotensive women. J Hypertens 4:339-343, 1986.
6)Kesteloot H and Joossens JV: Relationship of dietary sodium, potassium,
Calcium, and magnesium with blood pressure: Belgian interuniversity
research on nutrition and health. Hypertension 12:594-599, 1988.
7)Intersalt Cooperative Research Group: Intersalt: An international study
ofe lectro1yte excretion and blood pressure: Results for 24 hour
urinary sodium and potassium excretion. Br Med L [Clin Res] 297:319-328,
1988.
8)Gruchow HW, Sobocinski KA and Barboriak JJ: Calcium intake and the relationship
of dietary sodium and potassium to blood pressure. Am J Clin Nutr
48:1463-1470, 1988.
9)Luft FC and McCarron MD: Heterogeneity of hypertension: The diverse role
of electrolyte intake. Annu Rev Med 42:347-355, 1991.
10)McCarron DA, Morris
CD, Henry HJ and Stanton JL: Blood pressure and nutrient intake in the United States. Science 224:1392-1398, 1984.
11)Cutler JA and Brittain E: Calcium and blood pressure: An epidemiologic
perspective. Am J Hypertens 3:137s-146s, 1990.
12)Witteman JCM, Willet WC, Stampfer MJ, Colditz GA, Sacks FM, Speizer FE,
Rosner B and Hennekens C: A prospective study of nutritional factors
and hypertension among US women. Circulation 80:1320-1327, 1989.
13)Grobbee DE and Waal-Manning
HJ: The role of calcium supplementation in the treatment of hypertension: Current evidence. Drugs 39:7-18, 1990.
14)Hamet P, Dainault-Gelinas M, Lambert J, et al.: Epidemiological evidence
of interaction between calcium and sodium intake impact on blood pressure:
A Montreal study. J Hypertens 8[suppl 3]:s124, 1990.
15)Zemel MB, Kraniak J, Standley PR and Sowers JR: Erythrocyte cation metabolism
in salt. Sensitive hypertensive blacks as affected by dietary
sodium and calcium. Am J Hypertens 1:386-392, 1988.
16)Saito K, Sano H,
Furuta Y and Fukuzaki H: Effect of oral calcium on blood pressure response in salt-loaded borderline hypertensive patients. Hypertension
13:219-226, 1989.
17)Grobbee DE and Hofman A: Effect of calcium supplementation on diastolic
blood pressure in young people with mild hypertension. Lancet ii:703-707,
1986.
18)Resnick LM, DiFabio B, Marion R,et al.: Dietary calcium modifies the pressor
effects of dietary salt intake in essential hypertension. J Hypertens
4[suppl 6]:s679-s681, 1986.
19)Resnick LM, Nicholson JP and Laragh JH: Calcium metabolism in essential
hypertension: Relationship to altered rennin system activity. Fed
Proc 45:2739-2745, 1986.
20)Lasaridis AN, Kaisis CN, Zananiri KI, et al.: Oral calcium supplementation
promotes renal sodium excretion in essential hypertension. J Hypertens
5[suppl 5]:s307-s309, 1987.
21)Reed D, McGee D, Yano K and Hankin J: Diet, blood pressure, and multicollinearity.
Hypertension 7:405-410, 1985.
22)McCarron DA, Morris
CD and Coke C: Dietary calcium in human hypertension. Science 217:267-269, 1982.
23)Altura BT and Altura BM: Cardiovascular actions of Magnesium importance
in etiology and treatment of high blood pressure. Magnesium Bul 19:6-21,
1987.
24)Muntzel M and Drueke T: A comprehensive review of the salt and blood pressure
relationship. Am J Hypertens 5:1s-42s, 1992.
|