保健の科学 第35巻 第7  505-507ページ 1993

連載7 食塩と高血圧

減塩の効果と危険性

      橋本壽夫
                                             日本たばこ産業株式会社
                                             海水総合研究所所長

はじめに

アメリカで全国民に食塩の摂取量を制限させようとする政策について、Laragh and Peckerは次の3つの仮説に基づいているのではないかとしている1)1)全員が程々に食塩摂取量を低減することにより集団全体の高血圧発症を予防できる。2)高血圧患者の血圧を調節できる。3)摂取量制限で何の利益が上がらなくとも、害になることはない。
 前月の介入試験で少しふれたが、減塩はあまり効果がないと言うことであった。しかし、一般的には減塩は効果があり、効果を示す論文も発表され、生理的に必要な量以上の食塩を摂取しているので減塩しても危険性はないと言われ、医者からも減塩を進められるので、そう信じられている。そこで、減塩効果がどの程度のものであるのか、また、塩減による危険性は本当にないのか、いくつかの文献で調べて見た。

Grobbee and Hofmanの報告2)

 Grobbee and Hofman1に示すように13件の試験データを分析した結果、ナトリウム制限の降圧効果は小さく、主として収縮期血圧に限定されており、平均3.6 mmHg(範囲0.5-10.0 mmHg)の降下を示した。そのうち3試験だけが有意であった。拡張期血圧は平均2.0 mmHg(範囲3.0-7.0 mmHg)の降下を示した。そのうち3試験では上昇(範囲1.2-3.2 mmHg)した。血圧降下は年齢と共に、また、血圧の高い人ほど大きかった、と述べている。

表1 分析に用いた試験データ一覧表(食塩制限による降圧効果)
No. 試験種類 試験方法 食塩制限期間(日) 被験者数(人) 平均年齢(歳) 試験開始前血圧(mmHg) ナトリウム摂取量(mmol/24h) カリウム摂取量(mmol/24h) 介入期の血圧変化(mmHg) 有意性 発表年次
収縮期 拡張期 試験前 介入期 試験前 介入期 収縮期 拡張期
1 オープン 交差 28 22 41 175 112 191 -98 -6.7 +3.2 * '73
2 オープン 並列 730 62 60 163 97 191 -38 -2.0 -7.0 * '78
3 オープン 交差 14 20 23 125 73 210 -170 71 -6 -2.7 -3.0 # '81
4 二重盲検 交差 28 19 49 154 97 162 -76 65 -6 -10.0 -5.0 * '82
5 オープン 並列 84 90 49 141 87 150 -113 77 +3 -5.2 -3.4 # '82
6 二重盲検 交差 28 18 52 137 83 143 -56 54 +3 -0.5 -0.3 # '83
7 オープン 並列 365 28 55 163 99 149 -21 60 +5 -8.7 -6.3 # '83
8 オープン 交差 35 12 40 150 92 210 -100 55 +8 -5.2 -1.8 # '84
9 オープン 並列 28 94 46 157 101 130 -58 -3.0 -2.5 # '84
10 オープン 交差 24 113 16 103 61 113 -70 49 +16 -0.6 -1.4 # '84
11 二重盲検 交差 28 31 23 111 64 128 -60 64 -1 -0.5 +1.4 # '85
12 二重盲検 交差 28 35 22 114 63 131 -74 61 -6 -1.4 +1.2 # '85
13 二重盲検 交差 42 40 24 137 73 129 -72 77 -3 -0.8 -0.8 #
*:p<0.05 #:有意差なし

Alderman and Lamportの報告3)

 Alderman and Lamportは、中程度のナトリウム制限(70-100 mEq/日、4.0-5.8 gNaCl/)では少数の軽症高血圧患者(-25)について血圧を下げるにすぎない、として2に示す分析結果を発表している。また、減塩は、1)一部の患者(多分15)の血圧を上げ、2)睡眠を妨げ、3)他の貴重な栄養摂取量を減少させ、4)下痢、高熱、出血などの障害に対して抵抗力が下がることもある、と減塩の危険性を訴えながら、文献的、理論的研究が示す様々な危険性から考えて、すべての高血圧症患者はナトリウム摂取量を減らすべきである、とする無差別的勧告には何の保証もないと述べている。

表2 食塩制限(70-100 mEq/日)に対する血圧変化
食塩摂取量 研究者 期間(週) 被験者/対照者 血圧 mmHg 有意差 発表年次
90 mEq Parijs 4 18/17 -9/6 p<0.05 /0.05* '73
70 mEq Carney 8 12/12 -15/7 p<0.001/0.01 '75
50 mEq Magnani 87 37/37 -14/14 p<0.02 /0.02 '76
70 to 100 mEq Morgan 104 31/31 -7/9 p<0.05 /0.05 '78
60 to 80 mEq MacGregor 4 19/19 -11/8 p<0.05 /0.05 '82
100 mEq Silman 52 12/16 -6/6 なし/なし '83
60 to 80 mEq Watt 4 18/18 -2/1 なし/なし '83
80 mEq Richards 6 12/12 -3/0 なし/なし '84
70 mEq Erwteman 4 44/50 -3/3 なし/なし '84
*:家庭診察のデータで、外来診察では有意性はなかった(-4/5 mmHg)

その他危険性に関係する報告

 他に減塩の危険性を危倶する人々の意見をあげよう。Egan and Weder1989年にニューオルリーンズで開催された米国心臓協会科学分科会で次のように発表した4)。白人男子27名を対象にした12 gNaCl/日から1.2 g/日に減塩する7日間という短期間の試験で、動脈血圧と代謝パラメーターに対する影響を調べた。その結果、高血圧患者の39%と正常血圧者の67%が減塩時に昇圧反応を示した。血清クレアチニンと尿酸値は、いずれも低食塩期の方が高かったことから、食塩制限が痛風の危険性を増加させることが十分考えられる。空腹時インシュリンは低食塩期の方が有意に高かった。血糖値が低下しないでインシュリンが増加したことから、食塩制限はインシュリン抵抗を高めると考えられる。高血圧患者で減塩により総コレステロールと低密度コレステロールが有意に増加した。このようなことから、減塩を勧める前にもっと長期的な研究が必要であると述べている。
 SwalesFolkow and Elyの研究に触れて、食塩欠乏により神経伝達物質の放出が阻害され、出血のようなストレスに反応する自律神経の能力が低下すると述べている5)
 工業化社会で減塩することは塩漬け食品や肉を食べないことを意味する。また、パンや酪農製品はナトリウム含有量が高い。これらの食品を食べるのを減らすと言うことは繊維、タンパク質、穀類、カルシウムといった非常に重要な栄養素の摂取量を減らすことを意味する、とLaragh and Peckerは述べている1)

おわりに

 減塩の効果はないとは言えないが、大きな期待を持てるほどのものではなく、限られた少数の食塩感受性者のみに効果があると一般的に言われるようになってきた。それにもかかわらず、全体的に減塩を勧めようとすることに対して、減塩の危険性を訴え、科学的証拠が明確になるまで慎重に対処すべきである、との意見が強くなってきたように思われる。

引用文献

1) Laragh JH and Pecker MS: Dietary sodium and essential hypertension: Some myths, hopes, and truths, Ann      Internal Med 1983;98(Part 2):735-743.
2) Grobbee DE and Hofman A: Does sodium restriction lower blood pressure? BMJ 1986;293:27-29.
3) Alderman MH and Lamport B: Moderate sodium restriction: Do the benefits justify the hazards? Am J Hypertens   1990;3:499-504.
4) Egan BM and Weder AB: Deleterious effects of short-term dietary NaCl restriction in man:         Relationship to salt-sensitivity status. Presented at the American Heart Association’s Scientific Sessions in   New Orleans, LA on November15, 1989.
5) Swales JD: Studies of salt intake in hypertension: What can epidemiology teach us? Am J Hypertens          1990;3:645-649.