たばこ塩産業 塩事業版  1998.09.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

味付け以外の塩の役割は?!

 

 新聞「たばこ塩産業」(塩事業版)一面に掲載されている『センタ−の窓』を読んで、塩は「発酵調整作用」など食品加工や調理において味付けだけでなく、さまざまな役割を果たしていることを知りました。私たちは普段意識せずにいろいろな使い方をしているのでしょうが、ここで、塩の脱水作用、防腐作用、発酵調整作用、タンパク質の加熱凝固を促進する作用などについて、わかりやすく教えて下さい。                (愛知県・塩販売店)

作用は塩の性質から

 塩(しお)は次の化学式で示すように強い酸である塩酸(HCl)と強いアルカリである水酸化ナトリウム(NaOH)との中和反応でできる中性の塩(えんNaCl)です。

  HCl(強酸)+NaOH(強アルカリ)→NaCl(中性)+H2O

酸とアルカリの反応生成物は塩(えん)と呼ばれています。水溶液中ではそれぞれの成分はイオンになっていますから上の式は下のようにも書くことができ、塩(しお)の溶解度以上の濃度でナトリウム・イオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)があれば、塩(しお)が沈殿してきます。塩の溶解度以下の濃度であれば、見た目には何の反応も起こっていないかのように見えます。

  H++Cl-+Na++OH- NaClNa++Cl-+H2O
                 (沈殿)

しかし、溶液を味見すれば塩味がすることにより中和反応が起こっていることが分かりますし、水を蒸発させると塩が析出してくることで反応が起こっていることが分かります。
 もちろんこのようは反応を利用して食塩を製造しているわけではない。海水中には塩がNa+とCl-の形で存在していますので、塩の溶解度以上に海水を濃縮していけば塩が得られることを利用して製塩しています。
 最初から七面倒臭い化学式を出したので、ここまで読んでもらえたかどうか甚だ心配ですが、このことが塩(しお)のいろいろな性質を説明する基礎となっているので理解していただきたいと思います。
 強酸と強アルカリとの塩(えん)である塩(しお)の溶液は薄ければ、100%電離している、すなわちイオンとなっています(これらの物質を強電解質と言う)。
 このことが濃度が薄くても大きな浸透圧を示す原因となっています。ここで用いられる濃度はモル濃度です。
 また耳慣れない濃度の単位が出てきましたが、モル濃度とは、1リットルの溶液中に塩の分子量58.5グラムが溶けている場合を1モル濃度として表す濃度単位です。2モル濃度とは117グラムが溶けている濃度です。
 浸透圧の大きさはこのモル濃度に比例します。しかも100%電離している塩では1モル濃度が2モル濃度の働きをします。その理由はNaClがNa+とCl-に100%分かれて1モルが2モルになったように働くからです。
 塩の性質の説明がながながとなってしまいましたが、これからお尋ねの塩の脱水作用や防腐作用、タンパク質の凝固作用などについての説明は上の性質が基礎になっているためです。これらの作用により、塩は味付けだけでなく、食品加工や調理の面で素材の加工に利用されます。

浸透圧に起因する作用

調理などに応用
@    脱水作用:塩溶液はかなり高い浸透圧を持っています。浸透圧は塩溶液の濃度が濃いほど高くなります。
半透膜である細胞膜に覆われた細胞が浸透圧の高い塩溶液に接すると、細胞内から半透膜を通して水分が外に出て、浸透圧を低くするように働きます。すなわち塩溶液によって細胞内から水分が脱水されます。
 塩の脱水作用を食品加工や調理に応用する例としては、漬物造り、キュウリの塩揉み、などがあります。

食品の保存に
A    防腐作用:食品が腐らないようにするには、何等かの手段で微生物が繁殖しないようにすれば良いのです。
塩の脱水作用によって細胞から水分が脱水されますと、細胞は繁殖できなくなるか死んでしまいます。この様になれば食品は腐りません。これが塩漬けで食品を保存する理由です。
 しかし、食塩濃度が高くとも繁殖する種類の微生物がいます。耐塩菌とか好塩菌と呼ばれる微生物です。この様な微生物は細胞内に例えば、高い濃度の塩化カリウムを蓄積しており、細胞外の高い浸透圧と釣り合うように細胞内も高い浸透圧となっています。この様な環境でも繁殖する特殊な微生物は、例えば、醤油造りに必要な酵母菌です。味噌や醤油の表面が白くなり品質が悪くなることは子供の頃にはよくありました。今では防腐剤で抑えられています。

濃度と微生物
B    発酵調整作用:味噌や醤油は発酵食品ですが、先にも書いたように高い塩分濃度で発酵させます。チ−ズやパンも塩を加えて発酵させて作ります。それぞれの食品の塩分濃度は異なり、繁殖する微生物も異なります。これらの微生物が繁殖するには適した塩分濃度が必要です。
 塩分濃度が異なれば、繁殖速度は異なり、繁殖する微生物も異なってきます。これが塩による発酵調整作用です。

 

電解に起因する作用

ゆで卵などに
@    タンパク質の変性:タンパク質の構造は複雑ですが、その構造を維持している力は比較的弱く、いろいろな方法で壊すと生物的な活性を失います。この構造が壊れることをタンパク質の変性といいます。タンパク質の変性が分かりやすいのは、例えば、熱による変性で、卵がゆだったり、肉や魚が煮えて固くなる場合です。
  塩は強電解質であり、タンパク質は多くのアミノ酸が結合した物で、弱い電荷を持っています。したがって塩がある状態ではタンパク質は変性を起こしやすい。この現象を料理に利用します。
 例えば、魚や肉の表面に塩を付けて焼くと表面だけが早く凝固して固くなり、中の汁が外に出なくてうま味が保たれます。魚を酢じめにする場合にも塩で十分表面の水分を脱水しておき、酢につけて表面のタンパク質を変性させます。
 ゆで卵を作るとき、塩を一摘み入れておくと、卵がひび割れて卵白が出ても固まりやすくなります。
 カツオだしを取るとき、沸騰させてうま味を出し、火を止めたあとで塩を一摘み入れて、出しがらにうま味成分が吸着されるのを防ぎます。
 酵素にはいろいろな種類がありますが、酸化酵素は色を変色させたり、ビタミンCを酸化して効力を失わせます。酵素もタンパク質ですから、塩によって変性をうけ活性が失われます。この作用を利用して、塩水により皮をむいたリンゴの変色を防ぎます。

粘りを持たす
 A タンパク質の溶解:塩はある種のタンパク質を溶かす性質があります。この性質を利用してパンのドウでグルテンを作り、パン生地に粘りを持たせますし、うどんではグルテンによりこしが強いうどんとなります。ハムやソ−セ−ジの肉製品や魚肉の練り製品では、筋原繊維を構成しているタンパク質を塩で溶かし粘りを出させて、加熱によりタンパク質を変性させたときに、足が強い練り製品となります。

食品を柔らかく
 B 置換作用:塩のナトリウムは食品中のカルシウムやマグネシウムと置き代わって食品を柔らかくする働きがあります。例えば、湯豆腐に塩を入れるのはタンパク質を固まらせるにがり成分のカルシウムやマグネシウムと置き代わって豆腐にすが入るのを防ぎ柔らかく保つためです。
  枝豆やほうれん草をゆがくときに、塩を少し入れておくと葉緑素であるクロロフィル中のマグネシウムとナトリウムが置き代わり、クロロフィルが安定して色鮮かな緑色が保たれます。

理屈・原理の解説書はなく難しい課題

 食品加工や調理における塩の役割、作用を分りやすく説明するようにとのご質問ですが、現象については簡単に書けますが、なぜそうなるのか、について分りやすく説明することは非常に難しいことを痛感しました。専門的な言葉の問題もありますが、物の本に理屈、原理まで考察して書いてあることはほとんどないからです。今後の課題としたいと思います。