たばこ塩産業 塩事業版 2004.05.25

Encyclopedia[塩百科] 34

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

塩の浸透圧が果たす役割

 浸透圧という言葉は一度ならず聞いたことがあろう。最近では海洋深層水との関係から逆浸透という言葉がマスコミでよく報じられる。浸透圧は塩だけに限らず、水溶性の化合物であれば浸透圧を示す。ただ、塩は少ない量で高い浸透圧を示すことが特徴で、しかも塩味という代替性のない味覚を示すことから食品加工、調理で利用される。そこでは塩の浸透圧が関係していることが多い。浸透圧に関係したことや塩の浸透圧が果たしている役割について考えてみる。

半透膜を通す逆浸透法による海水淡水化の原理

 水の中に塩溶液を入れると、濃い塩溶液は拡散(水に一滴のインクを入れるとインクが広がって色が薄くなっていく様子で確認できる)により広がって薄まり、やがて薄い均一な塩溶液になる。例えば、おでんの材料である大根という固体の中まで塩味が拡散によってしみ込んでいくときに浸透という言葉が使われる。
 濃度が高いほど浸透する力は大きい。ところが浸透圧は塩が浸透する力を表す言葉ではない。塩水である海水を例にとって浸透圧を説明するとに示すようになる。つまり半透膜(例えば、セロハン紙は水を通すが、水に溶けている塩を通さない。このような性質を持った膜)で水と海水を仕切る。

       逆浸透法による海水淡水化の原理を説明

通常であれば、濃度の高い海水が水の方へ拡散して薄まるはずであるが、半透膜は塩分を通さないので、逆に海水の塩分濃度を薄めるために半透膜を通して水が海水の方へ移動する。
 すると、海水の水面が水の水面より高くなっていく。水と海水との水面の差は圧力(水頭圧という)としてあらわれ、圧力は次第に大きくなる。しかし、やがて半透膜を通した水の移動はなくなり、海水面の上昇は止まって平衡状態になる。この時の圧力差を海水の浸透圧という。(実際には水の移動で海水濃度は薄まるが、ここでは海水濃度が薄まらないほど沢山の海水があるとする。)
 海水の浸透圧は25気圧くらいである。つまり、海水と水の水面との差は250 mくらいになる。逆に考えれば、海水(塩水)で水を引き出すことになる。ここで、海水の方へ海水を注ぎ足して300 mくらいまで差を大きくする(水頭圧をかける)と、今度は海水の方から水だけが半透膜を通して水の方へ移動する。これが逆浸透現象である。
  つまり海水の浸透圧以上の圧力を海水にかけると、海水から半透膜(逆浸透膜)を通して真水を搾り出すことができる。これが逆浸透法による海水淡水化の原理である。通常、60気圧くらいの圧力をかけて海水を淡水化する。
  海水から水が搾り取られると塩分濃度が上がり浸透圧も上昇するので、海水の2倍くらいの圧力が必要となる。

塩は小量で高い浸透圧

昔から食品保存に活用

 浸透圧は物質のモル濃度に比例して大きくなる。1リットルの水の中に存在している物質の重量をその物質の分子量で割った量をモル濃度という。したがって、塩の分子量58.4 gが1リットルの水に溶けておれば1モル濃度となる。これは5.84%に相当する。海水と比較すると、浸透圧は海水の2倍弱という大きな値を示す。
  砂糖と比較すると、砂糖の分子量は324 gであるので、324 g溶けないと1モル濃度にはならない。すなわち、32.4%濃度でないと塩と同じ浸透圧にはならない。言い換えれば、塩は少量で高い浸透圧が得られることが特徴である。食べられる物質の中でこれほどの少量で浸透圧を上げられる物質はない。これが昔から食品保存に塩が使われてきた理由である。

塩の浸透圧を利用した調理や食品加工の数々

@     脱水:細胞膜は半透膜ではないので水も塩も通す。生きている細胞膜であれば細胞の中に入った塩を細胞外に排泄する機能を持っている。
  しかし、死んだ細胞であれば塩は細胞内に浸透したままである。つまり塩味がしみ込んでいく。
  一方、細胞や組織内から水を引き出す。脱水作用が起こる。これを利用した調理品が漬物である。
  家庭でも食品工場でも塩の脱水作用を利用して漬物を作る。 
A 防腐:塩の浸透圧は非常に大きいので、微生物細胞の中から水分を引き出し、細胞は生きて行けなくなる。腐敗菌の増殖が抑えられるので、食べ物は腐らない。塩が食品保存に使われる所以である。
  このような状態を別の言葉では水分活性値が低いとも言う。
  水分活性値が低いことは腐敗菌が増殖のために利用できる水分量が少ないことを意味しており、腐敗しない。
  このことは乾燥により増殖に利用できる水分量を少なくして腐敗させないことと同じである、と考えられる。
  しかし、菌の中には高い塩分濃度にも耐えて生存できる好塩菌がいる。この場合には菌体外の高い浸透圧に耐えられるように細胞内では別の物質で浸透圧を高くしてバランスを維持しているからである。
  このような菌には腐敗作用はないが、魚の塩蔵品などの加工食品では品質を悪くする場合がある。
B 醗酵:上に述べた好塩菌を利用して食品を醗酵させ独特の風味を持った調味料を製造する。すなわち、味噌や醤油の製造では高塩分濃度で雑菌(腐敗菌や異常な醗酵により邪魔をする菌)が繁殖しないようにすると同時に、有用な好塩菌で正常な醗酵をさせる。

生命維持に欠かせない理由の一つに塩の浸透圧

 塩が生命の維持に欠かせない理由(生体内における塩の役割)はいくつかあるが、浸透圧も一つの要素である。体液中(細胞外液と組織の間質液)の塩分濃度は腎臓の働きにより一定の濃度(0.8)に維持されている。
  つまりこの塩分濃度で示す浸透圧が恒常的に維持されている。これに対する細胞内液の浸透圧は塩化カリウムを中心とした物質で細胞外液の浸透圧と同じになるように維持されている。
 このように細胞内外の浸透圧が絶えず一定に維持されていることから、細胞の形状と機能が正常に維持され、生命の維持に寄与している。