たばこ産業 塩専売版  1994.08.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

アメリカの保健政策にみる塩の問題

 全米科学アカデミー1990年に食事と健康:慢性疾患の危険を低減するための推論≠ニいう報告書をまとめた。現在までに得られている科学的事実を吟味し、いろいろな慢性疾患を予防するためにどのような食事に気をつければよいかを検討し、食事ガイドラインとして発表したものである。この中から高血圧に関連する栄養問題を紹介する。

はじめに

 近年、誤った考えと正しい事実を区別するガイドラインもなく、国民は食事と慢性疾患との関係に関する多くの情報に直面している。全米研究審議会の食品栄養委員会はこのジレンマを認識して、アメリカ人の病気に対する罹患や死亡の主な原因を除去するために、病気の原因における食事の役割について調査し、1日推奨許容量を提案する。

高血圧と食事因子に関する事実

 大人になって増えた体重は血圧上昇値と関係がある。一般的に3040代で体重が増加した人々の危険率は最大で、その後は関係が弱くなるように思われる。肥満高血庄者の減量は血圧低下と関係がある。しかし、血圧に及ぼす減量効果についてはほとんど分からない。体重や肥満が血圧に影響する機構はよく分からず、これらの関係を研究するための動物モデルも確立していない。
 高血圧に及ぼす栄養問題で最大のものはナトリウムとカリウムである。食塩摂取量の最適範囲は確立されていない。食塩摂取量が習慣的に低い(14グラム以下)多くの未開社会では年齢に伴う血圧上昇がなく、高血圧もまれか、ほとんどない。習慣的な摂取量がかなり高く(1日約6グラム以上)、高血圧のない社会の例はあまり記録にない。食塩摂取量と最低血圧または最高血圧は正相関しているようであるが一定していない。多くの研究で相関がみられないことは、食塩摂取量が高い所で比較的均一であること、交絡因子(例えば肥満、性別、年齢、アルコール摂取量)を分離していない、統計処理には点数が不十分といったことによるのかもしれない。
 高血圧発症率の高い集団(例えばアメリカの黒人)では、食塩摂取量と血圧値との間に正相関がある。食塩摂取量に血圧がよく応答する人々がおり、応答は高血圧者、黒人、40歳以上の白人でいくぶん強い。これらのことから、習慣的に高い食塩摂取量は高血圧発症の危険率を高めるかもしれない。しかし、過剰な食塩摂取量の結果として、どのぐらいの人が高血圧になるかを確かめたり、高血圧になりそうな人をみつけ出す方法はない。高血圧に対する危険率の高い食塩感受性の人々を確定する信頼性のある遺伝指標が発見されれば、食塩摂取量の修正を効果的にできる。
 低カリウム食は高血圧、脳卒中、高血圧に関連した末期腎臓疾患の危険率増加と関係がある。高血圧者にカリウムを補給すると血圧を下げられることを臨床研究は示している。カリウム源の豊富な自然の食事は高血圧や脳卒中の発症率低下と関係がある。
 過去10年間に血圧制御におけるカルシウム摂取量の役割について多くの新しい事実が得られた。しかし、明らかな結論には達しなかった。疫学研究では、カルシウム摂取量が高血圧を予測する因子となったり、ならなかったりで一定していない。カルシウム摂取量と血庄との正相関を示すこともあった。臨床結果は疫学結果より一定しており、正常血圧者や高血圧者でカルシウム補給により血圧を短期間低下させた。しかし、血圧を上昇させるかもしれない人々もおり、カルシウムの十分な投与量についての臨床試験はない。
  12杯以上のアルコール消費量(30ミリリットル以上)は平均血圧や高血圧発症率が高いことと関係がある。アルコール摂取量はまた、脳出血や脳梗塞の危険性と関係がある。アルコール消費量は男性よりも女性で高血圧の危険性と関係がある。この理由は明確ではない。3050歳の日本人の軽症高血圧者でアルコール制限により最高血圧がわずかに低下したが、最低血圧は関係なかった。
 脂肪摂取量の少ない時に多価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸との比が高いと正常血圧者や軽症高血圧者の血圧をわずかに下げる。しかし、低塩食の人では明らかでなかった。
 高血圧とタンパク質摂取量との関係は弱く、一定しない結果であった。雑食性の人よりも菜食主義者で血圧が低いことを疫学研究は示したが、臨床結果は一定しておらず、雑食者より乳卵菜食主義者で血圧が低かったり、何の差も示さなかったりしている。
 食物繊維と血圧との疫学研究は、雑食者より菜食主義者で血圧が下がることを示している。臨床研究はまた、高血圧者と同様に正常血圧者でも高繊維食の血圧低下効果がかなり一定していることを示している。しかし、他の栄養因子の影響は考慮されておらず、食物繊維だけの効果とは限らない。
 その他、鉛はいくつかの研究で高血圧と関係があるとされたが、一定した関係はなかった。
 パントテン酸、マグネシウム、カドミウム、クロム、水銀も血圧との関係で研究されたが、明らかでなかった。

科学的事実からの結論

@血圧値は習慣的な食塩摂取量と強く正相関している。1日摂取量6グラム以上の集団では、血圧は年齢に伴って上昇し、高血圧発症率は高い。一方、4.5グラム以下の集団では、年齢に伴う血圧上昇はわずかか、ほとんどなく、高血圧発症率は低い。一度、高血圧になると、食塩摂取量を少なくしても(4.5グラム以下)、血圧は十分下がらないことを臨床研究は示している。
 A食塩誘因性高血圧になりやすい人がいることを臨床や疫学研究は示しているが、個々人の血圧応答を予測できる信頼性のある指標はない。黒人、高血圧家族歴のある人、55歳以上の人は高血圧になる危険率が高いことを疫学的事実が示唆している。
 B脳卒中死の危険率はカリウム摂取量と逆相関にあることを疫学と動物研究は示している。低ナトリウムと高カリウム摂取量の組み合わせは個人でも集団でも、血圧値が低く脳卒中発症率が低いことと関係している。

委員会の食塩勧告値

 1日食塩摂取量を6グラム以下に制限する。調理で食塩を使用することを制限し、食卓で食べ物に食塩を添加することを避ける。
 以上、報告書の中から食事成分と高血圧との関係を紹介した。
 食塩摂取量については、臨床的根拠は不明確であるが、結局、疫学調査の結果を重視して6グラム以下としている。