保健の科学 第35巻 第5  352-354ページ 1993

連載5 食塩と高血圧

モデル動物と実験動物

         橋本壽夫
                                              日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

はじめに

 医学の進歩における動物の役割は計り知れないものがある。すぐ頭に浮かぶ例では新薬の開発における安全性の確認とか、臓器移植技術の開発などで人間に応用されるまでには、数多くの動物実験が行なわれる。病原の解明にも動物が使われ、高血圧症の原因追究、治療法の確立も動物実験から始まっている。動物と高血圧症との係わりについてPorterl)Bohr and Dominiczak2)の歴史的考察を参考にしながらレビューしてみる。

高血圧と腎臓との関係

 高血圧が腎臓と関係していることを始めて示したのはGoldblatt3)であった。1934年に、彼等は犬の腎動脈をクリップで締めつけて血液の流れを悪くすると共に、片方の腎臓を除去することによって高血圧になることを示した。ラットでは片方の腎臓のあるなしに拘らず、片方の腎臓の動脈を締めつけるだけで高血圧になった4)Goldblattらの研究によりTigerstedt and Bergmannが兎の腎臓から抽出したレニンに興味がもたれ、Kohlstaedt5)Braun-Menendezらはレニンの作用を明らかにした6)。両グループはまた、血漿基質におよばすレニンの作用によって生成する血管作用物質のアンギオテンシンを明らかにした。レニンは腎臓から分泌されるタンパク質分解酵素であり、血漿中の糖タンパクを水解してアンギオテンシンIを生成する。これはさらに血中の変換酵素の作用を受けてアンギオテンシンIIとなる。アンギオテンシンIIは平滑筋収縮作用を持っており、血圧を上昇させることにより血圧調節機構に関与してい
る。
Kuhlmanらは片方の腎臓を摘出された犬にデオキシコルチコステロン・アセテート(DOCA)を毎日皮下注射することにより血圧が上昇することを認め7)SelyeらはラットでDOCA注射と塩水投与の組み合わせでDOCA誘因性高血圧のモデルを作った8)
 このようにして動物実験で腎臓と血圧との関わりが明らかになり、腎臓による血圧調整機構が詳しく研究されてきた。

高血圧の遺伝性

 Smirk and Hall1958年にニュージーランド系として知られている遺伝的に高血圧を起こすラットを開発し、実験的高血圧のモデル動物を作った9)Meneely and Ball1958年にラットによる実験で、食塩摂取量が血圧上昇と関係していることを述べ10)Dahlらは血圧上昇が遺伝因子と食塩摂取量のような環境因子とに関連しているとの仮説を立て、それを証明する過程で食塩摂取によって血圧が上昇する食塩感受性ラットと食塩抵抗性ラットを選抜した11)。こうして食塩感受性が遺伝性であることが示唆された。
 その後、実験的高血圧モデルとして現在最もよく使われている自然発症高血圧ラット(SHR)が岡本と青木によって開発された12)。これは血圧の高い(145-175 mmHg)オスのWister-Kyoto(WKY)ラットと平均よりわずかに血圧の高い(130-140 mmHg)メスのWKYを掛け合わせ、つぎの世代からは、その子孫の中から一番高い血圧のメスとオスを掛け合わせた。3世代目以後のラットは例外なく生後数カ月で自然に高血圧を発症した。このようにして高血圧が遺伝することが示された。最近、SHRにも食塩摂取量に感受性のある系統(SHR-S)と抵抗性を持っている系統(SHR-R)があることも分かった13)
 高血圧は脳卒中や心疾患を起こして死を招くことが多いことからサイレント・キラーと恐れられてい
る。
OkamotoらはSHRの中から必ず脳卒中を起こして死んでしまう脳卒中易発症型の自然発症高血圧ラ
ット
(SHRSP)を選抜した14)
 このように高血圧が遺伝的なものであることが分かり、いろいろなモデル動物が開発され、高血圧の原因追究や治療法の開発に使われるようになった。

栄養と脳卒中

 SHRSPは必ず脳卒中で死んでしまうことが運命づけられている可哀相なラットである。しかし、それがそうでもないことが分かってきた。つまり、SHRSPでも高血圧症にはなるが脳卒中にはならないのである。それは栄養摂取量の問題で、タンパク質を沢山食べると脳卒中に対する予防となる15)
 人口動態調査によると、脳血管疾患による死亡率は昭和40年頃から急速に、しかも直線的に現在まで低下してきている。この理由を食塩摂取量の低下によるものと、しばしば言われ、もっともらしく理解されがちであるが、それは間違いであると筆者は考えている。わずか数グラムの食塩摂取量の低下によってこのような絶大な効果が現れるはずがないし、国民栄養調査による食塩摂取量の低下が見られなくなっても、死亡率は相変わらず直線的に低下しているからである。このことについては別の機会に述べたいと思っている。死亡率低下の理由のひとつはタンパク質摂取量の増加によるものである。戦後の復興と共にタンパク質摂取量が増え16)、戦後20年を過ぎる頃からその効果が現れ、ますます豊かな食生活に支えられて低下の一途をたどっていると思われる。

若年期の食塩摂取量の影響

 幼児期や若年期の食塩摂取量が成人や高齢になってから血圧にどのような影響を及ばすようになるかについては、極めて興味ある問題である。人間では若い頃からの試験や長期間の継続が不可能であるので動物実験が行なわれている。
 ダールの食塩感受性ラットによる実験では、6週齢で高い食塩量を与えた方が31適齢で与えるよりも血圧が上昇した17)。また6週齢まで高食塩で、それ以後低食塩にしても実験終了まで血圧は下がらなかった18)。このことから、食塩感受性ラットでは、途中で減塩しても初期時の高食塩が成長してからの血圧を決めてしまうらしい19)
 正常血圧モデルのラットでは、若い頃に片方の腎臓を摘出すると、思春期ごろの高ナトリウム摂取によって成長してから高血圧になり、成長してから片側の腎臓を摘出したラットは高食塩摂取でも血圧に何の影響も示さなかった20)
 このようなことから、Muntzel and Druekeは比較的若い動物は食塩摂取量の変化に対応する能力が生理学的に弱いのかも知れず、初期の高食塩が重要であるとしながらも、人間の条件と比べて異常に高い食塩摂取量で行なわれた動物実験の結果を人間に外挿することは危険であるとしている19)

まとめ

 各種のモデル動物が開発されてから高血圧症の解明が著しく進展し始めた。しかし、まだまだ未解決の問題は多く、本態性高血圧という言葉が依然として残っている。動物実験による結果が必ずしもそのまま人間に当てはまるとは限らないが、有力な知見ではある。また、注目すべき結果を出すために動物実験はしばしば過酷な条件で行なわれ、人間に当てはめたときには現実離れした条件となることがあるので、結果を鵜呑みにしないで注意して考える必要がある。

引用文献

1)  Porter GA: Chronology of the sodium hypothesis and hypertension. An Internal Med 1983;98(Part 2):720-723.
2) Bohr DF and Dominiczak AF: Experimental Hypertension. Hypertension 1991;17[suppl I]:I-39-I-44.
3)  Goldblatt H, Lynch J, Hanzal RF and Summerville WW: Studies on experimental hypertension: Production of      persistent elevation of systolic blood pressure by means of renal ischaemia. J Exp Med 1934;59:347-379.
4Carretero OA and Romero JC: Production and characteristics of experimental hypertension in animals. In:       Genest J, Koiw E and Kuchel O (eds): Hypertension, Physiopathology and Treatment. New York, McGraw-Hill    Book Co, 1977, pp485-507.
5)  Kohlstaedt KG, Helmer OM and Page IH: Activation of rennin by blood colloids. Proc Soc Exp Biol Med.        1938;39:214-215.
6Braun-Menendez E, Pasciolo JC, Leloir FL, et al. : La sustancia hiperrensora de la sangre del rinon isquemiado.    Rev Soc Argent Biol. 1939;15:420.
7Kuhlman D, Ragan C, Ferrebee JW, Atchley DW and Loeb RF: Toxic effects of deoxycorticosterone esters in     dogs. Science 1939;90:496-497.
8Selyeh, Hall CE and Rowley EM: Malignant hypertension produced by treatment with deoxycorticosterone        acetate and sodium chloride. Can Med Assoc J 1943;49:88-92.
9Smirk FH and Hall WK: Inherited hypertension in rats. Nature 1958;182:727-728.
10Meneely GR and Ball COT: Experimental epidemiology of chronic sodium chloride toxicity and the protective     effect of potassium chloride. Am J Med 1958;25:713-725.
11Dahl LK, Heine M and Tassinari L: Effects of chronic excess Salt ingestion. Evidence that genetic factors
   play an important role in susceptibility to experimental hypertension. J Exp Med 1962;115:1173-1190.

12Okamoto K and Aoki K: Development of a strain of spontaneously hypertensive rats. Jpn Circ Jr            1963;27:282-293.
13) Jin H, Mathews C, Chen YF, Yang R, Wyss JM, Esunge P and Oparil S: Effects of acute and chronic blockade
   of neutral endopeptidase with Sch 34826 on NaCl-sensitive hypertension in spontaneously hypertensive rats.     Am J Hypertens 1992;5:210-218.

14) Okamoto K, Yamori Y and Nagaoka A: Establishment of the stroke-prone SHR. Circul Res 1974;34 and 35       [Suppl I]:143-153.
15) 家森幸男: 感染、炎症、免疫. 1984;14:192.
16) 芦田 淳: 食生活と栄養.同文書院、1991.
17) Iwai J, Ohanian EV, Dahl LK: Influence of thiazide on salt hypertension. Hypertension 1977;40:I-131-I-134.
18) Dahl LK, Knudsen KD, Heine MA and Leitl GJ: Effects of chronic excess salt ingestion. Modification of         experimental hypertension in the rat by variations in the diet. Circ Res 1968;22:11-18.
19) Muntzel M and Drueke T: A comprehensive review of the salt and blood pressure relationship. Am J Hypertens    1992;5:1S-42S.
20) Dlouha H, Krecek J and Zicha J: Effect of age on hypertensive-stimuli and the development of hypertension in    Brattleboro rats. Clin Sci 1979;57:273-275.