たばこ産業 塩専売版  1994.04.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

食塩と高血圧に関する海外の報道(5)

ナトリウムからカルシウム、肥満、アルコールへ

 食塩が高血圧の原因であるという議論から、最近では次第に食塩よりもカルシウム不足、肥満、過剰のアルコール摂取量の方が血圧により大きな影響を与えている、という意見が出てきている。今回は19911231日のザ・ニューヨーク・タイムズの記事を紹介する。
 高血圧の予防についての関心はナトリウム摂取量からカルシウム摂取量に移ってきたので、患者は何を食べたらよいかについて矛盾したことを聞かされるかもしれない、と前置きして高血圧に関する研究の動向を次のように報じている。
 食塩を制限することによって高血圧を予防しようとする試みの中で、素直に醤油、漬物、プレッツエルを控えてきた多くの人々は不必要に犠牲になっているのかもしれない。高血圧患者の約半数は食塩を制限してもほとんど効果はなく、その他多くの人々については減塩の利益はほんのわずかなものである、と多くの研究者たちが信じている。
 最近の研究によると、ある人々にとっては食塩が多すぎるのではなく、カルシウムが少なすぎるのであり、そのことが高血圧をもたらすといわれている。まだ論争中であるが、このカルシウム関係説から、何人かの高血圧専門家たちは牛乳を十分飲んでいる限り、少なくとも適度にプレッツエルを食べてもよいと患者に言っている。「問題は多分カルシウムであってナトリウムではないことを示す多くの情報がある」とオレゴン保健科学大学の腎臓と高血圧の専門家であるマッカロン博士は言っている。
 二つのミネラルの相対的な重要性について専門家は次第に二つに別れてきており、正しい食生活をしようとしている患者は矛盾した忠告を聞かされている。大部分の医者はまだ食塩が主犯とみているが、彼らの確信はかつてのようには強くなくなっており、多くの医者は両方とも重要であることが証明されると思っている。
 「五十年間も人々は食塩に関心を持ち続けてきたが、あれやこれやでいまだに確たる証拠はない。私に言わせると、我々は食塩からあまりにも多くのことを期待してきたが、食塩の影響度は小さいに違いない。カルシウムやカリウムのような他のイオンに注意を向けないで、ナトリウムに集中していることに問題があると思う。我々が理解できない方法でそれらは関連し合っている」とアメリカの国立心臓・肺・血液研究所の疾患予防部長ハーラン博士は述べている。
 高血圧に関する国民合同委員会と国の勧告機関はすべての高血圧者に食塩を制限するようにまだ勧めているが、多くの専門家たちは総括的な実施をもはや支持していない。健康な人々にまで食塩を危険物として避ける社会に彼らは戸惑っている。
 「正常な血圧の人々に食塩が高血圧の原因となる証拠は何もない。幼児食から食塩を取り去ることは愚かなことで、証拠のない恐れのためにプレッツエルを食べられないとは驚きである」とミネソタ大学医学部の内科部長フェリス博士は言っている。
 食塩を減らさなければならないという脅迫観念から、高血圧者は減塩よりももっと有効な手段を見落とすことになる。「体重を減らしたり、酒を飲みすぎないようにして血圧を下げることができる、という本当に重要なことを忘れている」とハーバード公衆衛生学部の栄養学教授ウィレット博士は言っている。アメリカ人は1日に1012.5グラムの食塩を摂取しているが、塩辛い物を避け、調理や食事で食塩を使わないことにより5グラム下げられるが、まったく味気無い食べ物になってしまう。本当に血圧を下げるにはもっと極端な減塩が必要であるといわれている。
 高血圧専門家の患者に対する忠告は減塩、カルシウム補給、その両方、どちらもしない、といったように異なっている。高血圧とともに心臓や腎臓に問題のある人々は明らかに食塩を避けるべきであることで研究者は一致している。しかし、高血圧だけの人々に食事をどう操作すれば血圧を変えられるかについては分かっていない。このようなことから、かけ金を分散投資して危険を防ごうとする医者の数が増えている。
 「正式に試験されたわけではないが、もっともよい食事法は適度に減塩し、適度にカルシウムやカリウムを取ることである、と考えている」とハーラン博士は言っている。
 インターソルト・スタディで極端に食塩摂取量の低い二'三の地域を除くと、食塩摂取量は高血圧発症率または平均血圧値と相関していなかった。さらに、アメリカの高い高血圧発症率は塩辛い加工食品の消費によるものと長い間考えられてきたが、この調査でアメリカ人は世界の食塩摂取量のちょうど中間にいた。
 「データの解釈にはいくつかの不一致点があるが、何らかの関係があるとしても、それは本当に弱いものであることを調査は示している。極端な食塩摂取量と血圧とは関係があるという証拠はあるが、世界のほとんどが入っている中間帯では食塩摂取量にあまり差がない」とウィレット博士は言っている。
 以上、要するに食塩だけでは高血圧の治療、予防の問題を解決できず、むしろ食塩との関係が弱くなって、他のいろいろな要因を考えなければならなくなってきている。