たばこ産業 塩専売版  1992.01.20

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

微量栄養素の運び役・塩

日本は今、飽食、車社会の時代であり、運動不足による肥満から、それに伴う障害が出始めている。そのため、ダイエット、ヘルシーライフ産業が成長してきた。
 ところが世界では食物に恵まれない国々が多くあり、食物に恵まれたとしても、ある特殊な栄養素に恵まれないで、その欠乏症に陥り重大な病気に悩まされている人々が多くいる国々がある。
 その栄養素とはヨウ素である。ヨウ素は甲状腺ホルモンであるサイロキシンの構成成分であり、これが不足するとホルモン不足となり甲状腺腫やクレチン病となる。甲状腺腫は、甲状腺が腫れ甲状腺機能不全を起こす。クレチン病は胎内または幼児期にヨウ素供給が不十分であると起こる。甲状腺の機能が低下し、発育不全で小人となり、知能低下や精神薄弱、白痴の原因となる恐ろしい病気である。したがって、妊婦や幼児のヨウ素不足は恐ろしい結果を引き起こす。
 世界各地では食物、土壌、水にヨウ素が含まれていない地域が多くあり、その欠乏で風土病を起こし恐れられている。現在、で黒く示す地域で10億人の人々がこの病気に悩まされており、中国3億人、インド2億人、インドネシア1億人、アフリカ1億人、ラテンアメリカ6,000万人の病人がいるといわれている。

ヨード欠乏症の発症地域

           図 ヨード欠乏症の発症地域

 かつて天然痘は恐ろしい病気であったが、種痘の普及により撲滅されたように、今、国連の機関であるユニセフ(国際児童基金)2000年までにヨウ素不足から起こるこの病気を撲滅しようと運動している。今春、京都で行われる第七回国際塩シンポジウムでもこの関係の発表がある。
 この撲滅運動の鍵を握っているのが塩である。かつてはアメリカ、ヨーロッパの先進国でも、この病気に悩まされた。アメリカでは1924年に塩にヨウ素を添加したヨウ素強化塩が作られ、甲状腺腫の予防手段として用いられてから、この病気はなくなった。日本では幸いヨウ素が豊富に入っている海草を食べる習慣があることから、問題になったことはない。余談であるが、意外なことに日本は世界一のヨウ素生産国で、世界生産量の約50%を生産し、多くを輸出している。
 なぜ塩がその鍵になるかというと、人間は必ず塩を食べなければならないとともに、その食べる量はだいたい決まっており、変質しないで安定した食べ物で、かつ安価であることから、塩を通じて微量であるが必須な栄養素を取らせようというわけである。このようなものには虫歯予防のためにフッ素を入れた塩(スイス、ハンガリー、スペイン、フランスにある)、女性の鉄不足による貧血を予防するために鉄を入れた塩(インドにある)などがある。
 このように塩は微量必須栄養素を人間の体内に運び込む担体としても重要な働きをしている。