たばこ産業 塩専売版  1989.05.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

減塩風潮に疑問を持つ人びと(3)

 減塩をするために食生活を変えようという運動の中で、減塩のために食べてはいけない食物の代表としてあげられたのが味噌汁である。味噂汁一杯の中には約1.5グラムの食塩があるので、味噌汁のお代わりをするなど、とんでもないというわけである。東北地方で食塩摂取量が多い原因は、米飯に味噌汁、漬物という食生活にあるといわれている。
 秋田大学医学部講師、島田彰夫先生は「食と健康を地理からみると」(農山漁村文化協会発行)という本の中で、味噌汁を減らすことに疑問を持ち、食生活調査の結果から味噌汁、漬物の良さと味噂汁を減らした時の危険性を指摘している。以下その本から紹介する。
 秋田県人の食塩摂取量は大阪人の2倍近くにも達しており、脳血管疾患の死亡率が隣県の岩手とともにトップクラスであったことから、脳血管疾患を予防することが秋田県民の健康水準を向上する上で必須のことであった。
 そこで食生活の改善が計画され、その中心に「減塩運動」が置かれ、減塩のための「食生活指導」が大々的に行われるようになった。その端的な現れとして味噌汁が悪者にされてしまった、と本の中で述べており、先生が減塩の意味について考えるようになったきっかけは、食生活調査のために秋田県、岩手県のいくつかの地点を回っていた時に県民から聞かされた次のような話からである。しばらく、その本から原文通り引用させていただく。
                    ◇        ◇        ◇
 「あんな薄い味噌汁なんてまず-て飲めねぇ-
 「味噌汁の検査だば水まぜればごまかせっけど、漬物だばむずかしい」
 「いままで食っていたものを、この歳になって止めなくても」
 など、減塩の必要性を、理屈としては受け入れても、感覚として受け入れられないことを訴えたものが多かった。
 このような話の中に非常に印象に残るものがあった。「塩減らせっちゅう話はわかんねわけではねぇんだが、あんなに減らしたら飯が食えねぇ、悪いのは悪いんだろうけど、俺はいままでと同じような、うめぇ味噌汁を隠れて飲んでんだ。漬物だって同じよ。どうせ歳だし…」と、この老人は時々この間題で嫁ともめることがあるといいながら話してくれた。
 彼は罪の意識を持ち、自分たちのそれまでの食習慣とはあまりにも違う「指導」に反発しながら、いつも食事をしているのであった。
 食べるという、もっとも基本的な行動のなかに、罪の意識が入っているのを知って、がく然とした私は、減塩の意味を改めて考えさせられた。
                     ◇        ◇        ◇
というわけである。
 そこで先生が味噌汁と食塩に関する文献や学会報告を調べて分かったことは、どの文献も味噌汁の汁とその食塩濃度とお椀の容積から一杯当たりの食塩量を算出しており、具を含めた味噌汁については文献がなかったことである。
 幸い、自分で集めた食生活調査の13,500食分に達する資料があったので、それから、味噌汁や漬物が食生活の中でどのような役割を果たしているかについて検討して、図1,2に示す結果を得た。

栄養摂取量に対して味噌汁が占める割合
    図1 栄養摂取量に対して味噌汁が占める割合 (1人1日当たり、1年間平均値)

 図1は1日当たりの栄養摂取量に対する味噌汁からエネルギー、タンパク質、カルシウム、鉄、ビタミンA、ビタミンCをどのぐらい取っているかを示したものである。
 4ヶ所の調査した地域間では、ビタミンAに大きな差が現れている以外は、あまり差がないことと、カルシウムや鉄では1日の摂取量のおよそ25%、タンパク質の15%、エネルギーやビタミンC78%を、平均的にはわずか2杯半の味噌汁から得ていることを指摘している。なお、疾患死亡率と地域性については次のように述べている。
  秋田県若美町の胃がん死亡率は非常に高いが、脳卒中はそれほどでもない。鳥海町の胃がん死亡率はこの中では二位であるが、脳卒中は高率である。岩手県大迫の脳卒中死亡率は高いが、胃がん死亡率は低い。三陸町の胃がん死亡率も脳卒中死亡率も低率である。
 脳卒中については何も述べられていないが、胃がんについては、味噌汁で取る野菜と胃がんの関係について述ベており、味噌汁の具として野菜を多く取れば、胃がんの死亡率が少ないことが分かったと述べている。

食塩1 g摂取時の鉄分およびカルシウム摂取量
                  図2 食塩1g摂取時の鉄分およびカルシウム摂取量
              (味噌汁以外は3訂補食品成分表による)

 図2は食塩1グラムの摂取に伴って摂取される鉄分とカルシウム分を表したものである。
 味噌汁のカルシウム、鉄の含有量が高いことがよく分かり、減塩運動の対象物である漬物も種類によっては、カルシウムがかなり含まれていることが分かる。減塩運動のように塩だけを対象としていると、他の成分が見落とされる可能性が大きい、と警告している。
 栄養指導は得るものと失うものとのバランスを考えながら行わないと、その目標が達成できないだけでなく、失われるものの方が大きいことを示したいために、この図を作ったそうで、食塩の過剰摂取を避ける意味で減塩運動の趣旨に反対ではないが、食生活の体系が破壊されるような指導の仕方は問題である、と先生は考えている。