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たばこ産業 塩専売版  1988.07.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長

橋本壽夫

 

薬を服用しない高血圧治療法

 

 我が国の高血圧患者のうち70%が軽症高血圧者であるといわれている。その人たちに降圧剤を服用させる薬物療法が、最近批判されるようになってきた。一つには副作用の問題であり、もう一つには医療費の増大である。そのため、福岡大学の荒川教授らは、通常の生活の中で薬を使わないで血圧を下げる治療法を提唱している。
 その中には食事療法、運動療法、体重調整、ストレス解消などがある。教授の主張を要約すると、食塩は15グラム、酒は11合、体重は身長から百を差し引いたキログラム数とし、130分間の汗ばむ程度の動的運動(速足や階段の昇降)をすることである。
 1984年に高血圧の発見、診断、治療に関する米国合同委員会の非薬物療法小委員会の報告が出された。この報告は動脈の血圧を抑制するための数々の非薬物的方法を見直したものである。
 検討したすべての方法の中で、十分に科学的な基づけをもって高血圧抑制計画に盛-込んでよいものは三種類である。これらの方法は体重抑制、食塩制限、アルコール制限である。これらにより血圧を抑制するだけでなく、薬剤を服用しておれば、その服用回数と服用量を減少できると述べている。
 今回は、このレポートを紹介しよう。
 まず肥満であるが、多くの疫学的研究により高血圧者でも正常血圧者でも、体重と血圧との相関関係が実証されている。この関係は文明社会だけでなく、未開の原始社会についても観察されており、年齢とともに体重が増加しない母集団では、血圧も年齢とともに増加しないという結論であった。
 肥満は脂肪細胞の数と大きさの増加によって起こる。子供の肥満は、脂肪細胞の数が増大し体全体に分布して起こるが、成年の肥満は脂肪細胞の大きさの増大と集中的な分布によって起こる。最近の研究では、血圧と脂肪細胞の大きさとは有意な相関性があるが、個数とは相関性がなかった。しかし、肥満している人がすべて高血圧ではないということと、肥満した高血圧患者が体重を減少させても、必ずしもすべての人が血圧が下がるとは限らないことなど、まだまだ不明のことが多いが、肥満している高血圧患者には体重減少が推奨される。
 次にナトリウムについてであるが、高ナトリウム摂取で血圧が上昇し、低ナトリウム摂取で血圧が降下する人は、塩に感受性のある本態性高血圧患者である。中程度のナトリウム制限によっては害を生ずる可能性はないことから、減ナトリウム治療法を多くの高血圧患者に適用することが提案されてきたが、すべての高血圧の人々に中程度のナトリウム制限を適用した時の効果は、長期的な実験がないので不明である。
 最後にアルコールであるが、疫学的調査ではアルコールを1日当たり6080グラム以上摂取する人は高血圧になる可能性が高く、統計的分析によると、男性の高血圧の5%から11%がアルコール摂取に起因している。また同じアルコール摂取量でも、外向性の男性より内向性の男性の方に高血圧が多くみられるという心理学的な要素もある。
 その他検討された食事性因子、運動、その他についても簡単に紹介する。
 カリウムについては、長期の血圧降下作用は不明であり、カリウムの危険性と副作用についてもデータがない。
 カルシウムを食べると血圧が下がるという疫学的研究があるが、データが不十分であり、また食餌性カルシウム剤の増加またはカルシウム剤の補給による危険性を確認するデータも不十分である。
 マグネシウムの補給についても、血圧調節と高血圧におけるマグネシウムの役割について、よく理解するまでには時期尚早である。
 菜食主義者は雑食者よりも血圧が低く、高血圧になりにくいことは疫学的にも実験的にも確からしいが、食事のどの要素が重要であるのか、どのようなメカニズムでそうなるのか不明である。
 食事中の炭水化物'脂肪、タンパク質、食物繊維の量を別々に変化させた場合の血圧への効果については、データが非常に乏しく、かつ確定的でないので理想的な体重を維持または実現するために、カロリーの総摂取量を調節すること以外は勧められない。
 カフェインとニコチンの摂取は、1時的に血圧を上昇させるだけで、高血圧の発生率の上昇とは関連性はない。
 規則的な運動は血圧を降下させるが、高血圧の発生を防止することを証明したデータはない。
 ストレス緩和による治療は、他の療法の補助として考えるべきで、患者の受け入れやすさに基づいて指示する。
 以上、高血圧の治療、予防の面からナトリウム以外にも考慮すべき点があることを紹介した。