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たばこ塩産業 塩事業版  2012.4.25

塩・話・解・題 85 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

塩が織り成す芸術作品

 

 塩を素材にした芸術作品としては、ポーランドのビェリチカ岩塩坑内にある岩塩に彫刻した物とか、クリスタル・ガラスで作ったようなシャンデリアくらいしか思い当らない。ところが、塩を素材にして彫刻や絵画を制作している芸術家がいる。山本基さんだ。今号では、箱根彫刻の森美術館で約8ヶ月間にもわたって展示された山本さんの作品を紹介する。

 

塩の芸術家 山本基さん

塩を素材に作品制作

 彫刻の森美術館が発行している冊子「山本基 しろきもりへ」によると、山本さんは、床に塩で迷路状の模様を描くことで知られているインスタレーション作家とか。初めて知ったインスタレーションなる言葉。設置とか架設といった意味だそうだ。

ウィキペディアによると、インスタレーションは1970年代以降に一般化した現代美術における表現手法・ジャンルの一つで、ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・変異させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術で、鑑賞者がその空間を体験する方法をどのように変化させるかを要点とする芸術手法だという。

 山本さんが素材に塩を使い始めたきっかけは、17年前の妹さんの他界。死を受け入れるため、死をテーマにした作品を色々な素材で作っていたが、葬儀に焦点を当てた作品を制作したとき、清めに用いる塩を使ってみようと考えた。塩は生活必需品であり、使ってみるとしっくりきて、白さと透明感を兼ね備えた色や質感も気に入り、作者が追い求めるテーマにも合っているので、以来、15年間塩を使い続けている。

山本さんは海外でも多くの場所で活躍しており、塩で様々な迷路を描くこともモチーフの一つとしている。

 

彫刻の森美術館で企画展

生命活動の連なり表現

今回の展示では、「山本基 しろきもりへ−現世(うつしよ)の杜(もり)・常世(とこよ)の杜(もり)−」をテーマとして塩を使った3点の作品が主で、他に数点の作品があった。塩の作品を紹介しよう。約7tの天日塩、岩塩、精製塩を使って現代の生死観の状況や自然と人間の関係をテーマに、長い歴史の中で繰り広げられてきた生命活動の連なりを表現した、とのこと。

早くに展示を知っておれば、読者にも鑑賞の機会を与えられたが、知ったのは終了間際で、最終日に滑り込みセーフの取材がかなった。

1.現世の杜

 写真1は1階に展示された「現世の杜」と題する作品。天日塩で波打たせた海原を制作、点在する岩塩が岩礁のように配置されている。3.5 tの塩を使った17 m×9 mの作品。白色、桃色、赤色、黒色の様々な岩塩を使っており、筆者には竜安寺の石庭を思わせた。鑑賞の手引きによると、作者の目に映る現在の世の中(生死観)を形にしたもの。枯山水の庭石のように見える岩塩は、憧れの場所を探してさまよう私たちの姿。岩塩を「登竜門」の故事に出てくる滝を登ろうとする鯉に見立てた作品だという。

作品「現世の杜」

            写真1 作品「現世の杜」

2.摩天の杜

 写真2は中2階に展示された「摩天の杜」と題する作品。約1,000個の塩ブロックを焼き固めて積上げており、3.5 tの塩を使った天井まで届く高さ3.6 m×3.45 m×2.6 mの作品。筆者には岩礁の上に立つオベリスクあるいは燈台のように見えた。展示室の大きな窓から見える大きな緑色の木々をバックにして見たときの白い塔は一際鮮やかで、すがすがしい印象を与えた。

作者によると、塩の塔は、私たちが目指す憧れの場所。1階の作品でさまよう鯉(岩塩)はこの塔を目指しているという。

 これにより、作者は1階と中2階の作品を関連させる思いで製作していることが分かったが、鑑賞者はどのような思いで鑑賞したであろうか?筆者には海水の主成分である塩を使って海と岩礁や島を表現しているのかな、という極めて単純な見方しかできなかった。

作品「魔天の杜」


       写真2 作品「摩天の杜」


3.常世の杜

 写真3は2階に展示された「常世の杜」と題する作品で、見晴台の上からも俯瞰して鑑賞できる。100 kgの精製塩を使って描いた16.5 m×16 mの大作品。油差しに入れた塩を先端から出しながら、1日平均12時間の作業で12日間かけてこつこつと一人で描き上げた。その様子を写真4に示す。作品を制作中に、インスタレーションの様子を12日間公開した、とのこと。

作品「常世の杜」

            写真3 作品「常世の杜」

作品「常世の杜」制作の様子

         写真4 作品「常世の杜」製作の様子



 静岡県の御前崎を思わせる構図で、岬の先端から発した一対の生命の流れは、幾重にも絡み合って裾野を広げながら現在につながっているように見える。半島部分は一面塩をまき散らしたようにしか見えないが、実際には写真5に示すように細かいレース編みの感じで手が込んでいた。

 作者の意図では、木の枝や波打ち際、進化の過程を表す図のように見える形は、目には見えないけれども確かにある命のつながりを表したとのこと。作者は塩の中に生命の記憶が詰まっていると考えている。

作品「常世の杜」の細部

     写真5 「常世の杜」の繊細に表現された部分

4.使用した塩を海へ

 展示最後の日に作品を撤去する際に、作者と来館者による「海に還るプロジェクト」が企画され、「常世の杜」に使用した塩を分け与えられた。後日、持ち帰った塩を海に還すプロジェクトで、その際の写真を作者に送るとホームページに掲載される。それらの写真を見ると、海外の展示から一貫して行われてきたプロジェクトであることが分かった。

 塩のインスタレーション作品は一瞬の期間でしか鑑賞できず、撮影された写真で想像を膨らませるしかない。塩を使った芸術作品の発展を期待する。