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たばこ塩産業 塩事業版  2009.8.25

塩・話・解・題 53 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

塩水の不思議 (2)


 まもなく夏休みも終わりになるが、子供と一緒に先月書いた塩水の不思議を体験しただろうか。塩水が不思議な現象を示すのは、塩が水に溶け溶液中でイオンになっていることに起因する。人間の体は
60兆個の細胞から成り立っている。その細胞は塩水に取り囲まれている。なぜ塩水なのであろうか?引き続きいくつかの不思議を紹介する。機会を見て実験で確認して頂きたい。

「浸透圧」を目で確認しよう

 どうして塩水は野菜から水を引き出すのだろうか?実験で確かめてみよう
  新鮮なきゅうりと玉ねぎを薄く切る。それらはシャキッとしていて曲げると折れてしまう。ところが、それらを飽和食塩水(これ以上食塩が溶けなくなった水であるが、ここではそれほど濃い塩水という意味)12時間も浸すと、フニャフニャになり、曲げても折れない。つまり野菜の中から水が引き出されたからだ。
  このように野菜から水を引き出す力を浸透圧という。きゅうりを水洗いして食べてみると塩辛い。塩が野菜の中に滲みこんでからだ。
 浸透圧を目で見える形で実験して確かめてみよう。用意するのはセロファン紙とペットボトルと深鍋。ペットボトルの底を切り離して大き目のセロファン紙で覆い、セロファン紙を数本の輪ゴムでしっかりとペットボトルに止める。飽和食塩水を5〜6 cmの深さに入れ、平らな台の上に置き、マジックインクで水面の位置に印を付ける。水を入れた鍋の中にこのペットボトルを置く。鍋の中の水位はペットボトルの中の水位と同じくらいにしておく。
 
1夜放置して翌日、ペットボトルを出して台の上に置き、水位を見ると予め付けておいた印よりも上にあり、水位は高くなっている。つまりセロファン紙を通して水が中に入ってきた。鍋の水をペットボトル内の塩水が引き入れたことになる。したがって、鍋の水位は最初より低くなっている。ペットボトルの水位と鍋の水位との差が塩水の浸透圧だ。また鍋の水を舐めてみよう。わずかな塩味がするかもしれない。この実験の難点は時間がかかることだ。 セロファン紙は半透膜である。半透膜の性質は水を通すが溶けている物、ここでは塩を通さない。半透膜に開いている孔の大きさがその性質を決める。前に述べた水位の差は小さなもので、大きくするには時間がかかる。
  そこで、鍋をコンロにかけて温めてみよう。沸騰する前に火を止めて放置しておく。1時間ほど後で様子を見ると、ペットボトル内の水位は高くなっているはずだ。どうしてこんなに早く水位が上がるのだろうか?温度が上がり、水分子の動きが激しくなって膜を通りやすくなったからだ。
 もう一つ理由がある。それは温度で膨張して孔が大きくなり水が通り易くなったからだ。これは鍋の水を舐めてみると良く分かる。塩辛くなっており、ペットボトル内の塩が膜を通って出てきた証拠だ。
 話は逸れるが、海水の塩分は飽和濃度の10分の1程度であり、浸透圧としては25気圧くらいに相当し、これを水柱の高さで表すと250 mにもなる。海水側にこれ以上の圧力を加えると、海水から真水が搾り出される。これが逆浸透法による海水淡水化の原理だ。浸透圧は塩分濃度が高いほど大きな値となる。
 脱線ついでにもう一つ。砂糖溶液でも浸透圧はある。しかし、同じ重さの塩と砂糖を同じ量の水に溶かしたときの浸透圧の大きさは塩水の方が断然大きい。何故だろうか?塩の分子量は砂糖の分子量の6分の1位である。浸透圧はそれぞれの重さをそれぞれの分子量で割った値に比例して大きくなる。つまり塩水の方が6倍も大きな浸透圧となる。
  ところが塩水の場合にはナトリウム・イオンと塩化物イオンの2つに分かれているので1分子の塩が水の中では2分子のように働く。したがって、同じ濃度溶液の塩水の浸透圧は砂糖水の12倍にもなる。これは少ない量で大きな浸透圧が得られることになるので、後に述べる食品の保存では非常に有利に働く。砂糖は微生物繁殖の栄養源であるので腐敗し易いが、塩は栄養源ではないので、なおさら腐敗しにくく有利だ。

ヒトの体調を整える浸透圧

 人間の体を構成する細胞は塩水に浮かんでいる。なぜ塩水かは生命の発生までさかのぼる。生命は海から発生したことに由来している。
  細胞が塩水に浮かんでいる分かり易い例として図に血液中にある赤血球(細胞)の様子を示した。血液は約0.9%の塩水であり、その濃度は常に一定となるように腎臓が調整している。腎臓の機能が悪くなると正常な塩分濃度が高くなったり、低くなったりする。
  左側の絵は塩水濃度が高いため、赤血球内の水が引き出され、赤血球がしぼんで機能しなくなる。反対に右側の絵は塩水濃度が低いため、浸透圧が高い赤血球内に水が入り、赤血球は膨れ上がり中には破裂するものも出てきて機能しなくなる。真中の絵のように塩水濃度が正常であれば、赤血球内に水が出たり入ったりして赤血球の大きさは変わらず、機能は正常に維持される。なお、赤血球内の浸透圧は主としてカリウムによって維持されており、外の浸透圧とバランスをとっている。
このように腎臓で調整された塩水濃度の浸透圧で体調は整えられ、快適な生活を過ごせる。

血液中の塩分濃度と赤血球の状態

浸透圧を利用する産業

浸透圧を利用して成り立っている産業は数多くある。一番わかり易いのは冒頭の実験例で示したように漬物産業である。漬物産業では塩水を使わないで塩そのものを使う。例えば、白菜の漬物では白菜の上から塩を振りかけて重石を置く。野菜に接している所から塩が溶けて塩水となり、野菜から水を引き出す。その水は重石の周りに溜まる。これを水上がりと言い、漬物が浸かってきたことを表す。塩水の浸透圧が野菜(細胞から成り立っている)から水を引き出すことは食品の保存に役立つ。塩蔵は最古の食品保存技術の一つである。微生物の細胞からでも水を引き出し、微生物の繁殖を抑えるからだ。しかし、中には濃い塩水中でも繁殖できる耐塩性微生物やそのような環境を好んで繁殖する好塩性微生物もいる。これらの微生物は細胞の外にある塩水の高い浸透圧に見合った浸透圧を示す物質を細胞内に蓄えているので、細胞内の水を引き出されることなく繁殖できる。このような微生物の繁殖で保存食品の品質が悪くなることがあるので、気を付けなければならない。
 好塩性微生物は特殊であり、これらの微生物が繁殖できる環境では腐敗を起こす一般的な微生物は繁殖できない。これを利用して味噌、醤油、塩辛などは高い塩分濃度環境で旨味成分を生み出す微生物を用いて発酵させて作られた調味料、食品である。

氷を冷たくする塩水の作用

 水は0℃で凍って0℃の氷になる。逆に0℃の氷が解けて0℃の水になる時には1 kgの氷を解かすのに80 kcalを必要とする。これを融解熱といい、風邪で熱を出したとき氷枕をするのは熱をとって体温を下げるためだ。
 0℃の氷は冷蔵庫で冷やせばさらに温度の低い氷になる。しかし、冷蔵庫がなくても冷やせるが、どうするか?氷に塩を振りかけてかき混ぜれば良い。実験で確かめてみよう。冷蔵庫から十分な量の氷を取り出し容器にいれる。その時の温度を温度計で測定しておく。最初、温度計は0℃以下の温度を示すであろうが、しばらくして氷が溶けて水が溜まると0℃を示すはずだ。このときたっぷりと塩を入れてかき混ぜてやると、塩が溶けて飽和食塩水になり、それとともに不思議なことに氷と塩水の温度はどんどん下がり、マイナス20℃以下にまでなるはずだ。ただし、この時には氷も塩も溶けないで残っている必要がある。飽和食塩水の物性値としての氷点は-21.3℃で、氷点が下がる現象を氷点降下という。これは塩水の濃度によって異なり、濃いほど大きくなるが、最大値を示した。
 なぜこのように冷やすわけでもないのに温度が下がるのであろうか?ちょっと分かりにくいかもしれない。飽和食塩水では塩と氷と水が共存する状態では、この温度が一番安定なのだ。したがって、この温度になるために氷が解けてその状態になろうとする。氷が解けるときには既に述べたように融解熱という大きな熱量を必要とする。この熱量は周囲から供給されるので、周囲の温度は解ける氷がある限りどんどん下がって行き、終には塩も共存したときに安定な温度-21.3℃まで下がるという訳だ。
 このような状態の中に、砂糖水を入れ、割ばしを差し込んだ細めのコップを置くとアイスキャンデーができる。牛乳、砂糖、卵黄、生クリームを入れたボールを置き、その中をハンドミキサーでかき混ぜるとアイスクリームができる。
 船上で獲れた魚を塩水(冷媒という)に浸けて急速に冷凍させ、冷蔵庫に保存して新鮮な状態で港まで持ち帰る。これは氷点降下を利用した技術だ。陸上では塩を使って雪や氷を解かし、冬場の交通を確保しながら産業の動脈を滞らせないように、塩は重要な役割を果たす。交通事故防止のためにも除氷、除雪は重要だ。これも氷点降下を利用して産業を支え、生活を支えている。

飽和食塩水の沸点上昇  

 水は100℃で沸騰し、100℃の水蒸気となる。ところが飽和食塩水では108.7℃にならないと沸騰しない。8.7℃を飽和食塩水の沸点上昇という。やかんを用いた実験で確かめてみよう。しかし、温度が高くて危険であるので、塩分濃度を下げることによって沸騰温度を下げて実験した方が良い。この時、やかんの出口から噴き出す水蒸気の温度も測定してみよう。水蒸気の温度は溶液の沸騰温度と同じ100℃以上の温度を示すであろうか?おかしいことに溶液の沸騰温度は100℃以上であっても、水蒸気の温度は100℃にしかならないことに気付くはずだ。水蒸気の温度は圧力と関係しており、圧力が高いほど温度は高くなるが、大気圧下では水蒸気の温度は100℃にしかならないからだ。
 沸点上昇を利用した産業上の技術はない。
 以上、2回にわたって塩水の不思議な現象を実験で確かめ、それが産業上どのように利用されているかについて述べてきた。夏休みの自由研究で取り上げ、理科離れの歯止めになるきっかけとなり、身近な塩の重要性を認識して頂ければ何も言うことはない。