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たばこ塩産業 塩事業版  2007.01.20

塩・話・解・題 22 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

インターソルト・スタディの結果を巡る論争

 

 国際的で大規模に行われた疫学調査であるインターソルト・スタディの結果をどう解釈するか、その取り扱いについて大きな論争が行われてきた。この画期的な調査結果が発表されて以来、総ての人に一律の減塩を勧める保健政策に対して批判が始まり、海外では激しい論争が行われている。最初に発表したインターソルトの結果を再整理して正反対の結論を引き出して発表したことからイギリス医学雑誌(BMJ)で論争が行われた。その後、雑誌編集者宛に多くの手紙が殺到した。編集者の目から見て手紙にはいくつかの問題があったが、それらを解決して10通の手紙が掲載された。経過の概要と手紙の意見を紹介する。

結果を巡るこれまでの論争

インターソルト・スタディは32ヶ国52センターから10,079人のデータを整理したもので、1988年に最初の結果がBMJ誌に発表された(本紙では3回に分けて結果マスコミの反応を紹介した)
  研究者達は必ずや食塩摂取量と高血圧発症率には強い正相関が現れることを期待していたが、予想に反して食塩摂取量と高血圧発症率との関係は弱かった。しかし、何とかして減塩の効果を強調しようとして、生涯にわたってナトリウム摂取量を1100 mmol(食塩6 gに相当)減らすと、30年間 (25歳から55歳まで) で平均収縮期血圧上昇幅は9 mmHg少なくなり、その結果55歳の心疾患による死亡率は16%、脳卒中の死亡危険率は23%低下する、と推定し発表した。
  その後これに満足せず、この調査を行った研究者達はデータを再整理して、先に報告した結果と反して関係は強いことを改めて発表した。つまり加齢に伴う血圧上昇における減塩の推定効果は収縮期血圧で10-11 mmHg、拡張期血圧で6 mmHgであると強調した。通常、同じ発表者が恣意的とも思われかねないにもかかわらず、先の結果を覆す発表をするという有り得ないことが起こり、その姿勢が批判された。しかも最初の発表時には根拠となったデータも全て発表したが、修正した発表ではデータの発表はされなかった。
  これに対して、データ整理に疑問を持ったアメリカの塩協会はインターソルト・グループからデータを得て統計処理の方法を変えて整理し、食塩摂取量と加齢に伴う収縮期血圧の上昇具合は関係ないか、あっても有意ではない正相関があると発表し、1日100 mmolの減塩効果を否定した。
 
このような経過からBMJは、食品工業界が政府の減塩政策に対して抵抗している様子を塩の戦いとして特集を組み、いろいろな立場からの意見を掲載し、論争の場を提供した。その概要を述べると、ロンドン王立医学校のロウは、塩に関する事実は首尾一貫している、マッグレガーらは、塩と高血圧の関係についてこれだけ圧倒的な事実があるのに減塩政策を実行できないが、果たして食品工業界とコンセンサスが得られるのだろうかと述べているのに対し、どれだけ多くの事実が必要なのかとテレは言い、インターソルト・スタディは結果を誇張して述べているとスミスらは批判し、デラモスはデータの取扱についてコメントしている。

前結果を覆す発表がなされて

この一連の論争論文を読んでいろいろな意見を述べた手紙が編集部に届き、その中の10通をBMJ誌上に発表した。以下それらを簡単に紹介する.

「減塩勧告の正当化には至らず」

 医学に関する記事をデイリー・テレグラフやサンデイ・テレグラフに書いているファヌは次のように述べている。「中程度の減塩が血圧を下げるかどうかという実用的な問題については南ウェールスの研究で減塩効果がないことが判っており、インターソルト・スタディの研究者達の結果が主張する減塩は明らかに間違っており、理由がよく解らない。インターソルトのような文化を横断した調査は因果関係を推論するには使えない。遺伝的文化的構成が無関係で多様な社会の人口集団が環境因子(食塩摂取量)に対して同じ感受性を持っているという誤った仮説に基づいて調査されているからである。疫学的方法で食塩摂取量と血圧上昇との関係を調査するのであれば、異なった感受性の問題が生じない同一集団内で調査することが唯一の方法である。」
 アメリカ高血圧学会会長のアルダーマンは減塩の危険性について警告しているが、手紙でもそのことを指摘している。「公衆保健勧告は安全性と利益が保証されていることに基づかなければならない。低塩食がほとんどの人々の血圧を下げ(多分、ありえない)、食事と血圧変化が持続されるとしても、これだけでは減塩の勧告を正当化できない。責任を持って減塩を勧告するには、減塩が健康を改善し、有害になることがないと言う事実がなければならない。減塩は多くの効果を生じるが、必ずしも総てが有益ではない。減塩効果の累積された影響は明かでない。減塩問題を解決するには、減塩とその結果による疾患や死亡とを結びつけるデータを調査すべきである。」と述べている。
 加工食品に塩を加える食品加工業者の顧問であるマクネアーは,エリオットらが発表した「インターソルト・スタディからのデータを見直す」という論文の結論には妥当性に問題があるとしている。その理由は、「@ 最初の報告と反対の結論を出すために仮定したことには根拠がない、A 太った人が痩せた人よりも食塩摂取量が多いとする論理的根拠がない、」からである。
 公衆保健局理事長のデイは、「測定誤差の修正が大きすぎて適正ではなく、疫学調査では測定誤差に必要な修正を最小限にすべきである。」とコメントした。
  臨床疫学教授のスミスらも、「インターソルトの研究者達は混乱因子の存在で測定が不正確になることについての補正の難しさを正しく認識しておらず、修正が間違っている。」としている。

「加工食品での減塩を」

 グラスゴー大学の一般診療部部長のワットらは、全地域、全集団で減塩が望ましいという専門家の合意を支持している。彼等の経験では、約9 gから約3.6 gへの急な減塩にはほとんどの人々が耐えられなかった。被験者達は美味しくするために多くの脂肪を加えた。マグレガーらによると、「味覚が減塩に慣れるまでには約1ヶ月かかり、その期間には個人差がある。時間をかければ大きな減塩は困難でないかもしれない。加工食品で減塩することが必要で、消費者がどれくらいの減塩で変化に気づくか市場調査をし、それに基づいて成功する目標を設定すべきである。例えばパンでは20%減らしても誰も気付かないと思われる。」と述べている。
 応用統計学者のレンノルズは、インターソルト共同研究グループと塩協会との論争の焦点はデータの統計分析の再現性と正当性であるとして、塩協会の分析を支持したくないが、インターソルト・グループの統計分析と塩協会のそれに対する論評に多くの疑問を持っている。具体的に4点の指摘をしており、「他の研究者による確認分析が必要である。そのため研究データの共有が望まれる。」としている。
  これらの意見に対してインターソルト研究グループのエリオットらは、食品製造者は製品中の食塩含有量を次第に減らし、明確に表示すべきであるというワットらの意見とは一致しているとして、他の5人にはそれぞれコメント(細かく専門的なことであるので省略した)している。レンノルズに対してはコメントしていない。

結論出ず、論争続く

その後に二人の手紙が掲載されている。その一人である事実に基づく医療のシャピロ・センター理事長グリムは塩協会に対して批判的である。センターで20年間、減塩と血圧との臨床試験を行ってきた結果では、他の生活様式の変化(減量、飲酒低下)と結びつけた初期の試験は高血圧患者の降圧剤服用を減らすような効果を示さなかったが、最近の正常血圧者による試験では、減塩と元に戻す負荷試験では血圧に有意な影響を及ぼした、として「食事で減塩すれば、集団は大きな利益を得る。」と述べている。
  公益科学センターの栄養部部長リーブマンは次のように述べている。アメリカでは、塩業界と食品産業界は食塩摂取量を減らすための保健当局の勧告を非難し続けている。例えば、アメリカ医学会の雑誌であるJAMAで“食事による減塩はほとんど血圧を下げない”と掲載してから2週間後のニューヨークタイムズでは“前の勧告に対して、最近の研究は、かつて言われたように塩が悪者ではないことを示している”と報道して、塩協会の意見を反映している。アメリカは包装食品の食塩含有量を減らすように努力しており、調査では毎年1%の速度で低下している。しかし、レストランで販売されている食品の食塩含有量を見ると、一回の食事で一日に推奨されている6 gを越えている。

◇        ◇        ◇

以上がBMJに掲載された編集者への手紙である。対立点が分かり易いことや、一般的にどのような状況にあるかが分かる内容を紹介した。結論は出ておらず論争はまだまだ続きそうである。