たばこ塩産業 塩事業版  2006.01.20

塩・話・解・題 10

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

減塩推進を巡る論争 (3)

第三者の意見とオルダーマンの反論

 これまでにオルダーマンの反減塩推進論に対して減塩推進論者のエリオット、マックレガー、ヘイらの反論を紹介してきたが、今回は第三者の立場からフリードマンの意見と彼等の意見に対するオルダーマンのコメントを紹介する。減塩推進を巡る論点を浮き出させようと同じ号に問題提起、それに対する反論、再度、問題提起者のコメントを掲載するように雑誌の編集者が意図したものであろう。

統計学者・フリードマンの意見

食塩問題もあくまで仮説 科学的根拠は薄弱のまま

 カリフォルニア大学バークレイ校の統計学者フリードマンは次のように述べている。
             ◇         ◇        ◇
 「食塩仮説」は、食事中の高い食塩含有量が血圧を高くし、心臓血管疾患の危険率を増す、としている。当然の結果として食塩摂取量を劇的に減らす公衆保健勧告がある。食塩仮説と個人や団体に対する公衆保健勧告は明らかに多くの主張者に支持されている。
 オルダーマンはヒトと動物に関する実験と同じように疫学調査による証拠で鋭いレビューを提供している。現在のデータは食塩摂取量に関する厳格な制限を支持していないと彼は結論している。また、著しい減塩は利益よりもむしろ有害を示しているいくつかの研究を引用している。
 食塩摂取量を半減させる保健効果は何であろうか?この疑問を解決するためにオルダーマンは、血圧のような中間の終点よりも死亡率や疾患率といった基本的な終点()を測定する長期臨床試験の必要性を指摘している。
 資金提供機関や医療ジャーナルは保健政策と科学との間の相互作用について疑問を持ちながらも、保証されているものよりも食塩仮説をより強く擁護する立場を取ってきた。食塩に関する食事勧告は証拠で裏付けられた合理的なバランスを持たない誇張した力で公衆に提供されている。どうしてこのことが起こったのであろうか?
 公衆保健計画が一度設定されると、その活動を急速に発展させる。見込みで利益の可能性を挙げていたことが、確実に利益があることに変わる。社会は非常に容易に混乱するので、データを隠すような曖昧さを避けるべきである。専門家は証拠を重要視することから信頼されているが、必ずしも総ての専門家がそうであるわけではない。その上、減塩の有害性は何処にあるのか?
 有害性は合理的な論説となる。特に証拠が弱いときに科学的な合意に達すると、それは強力な政策手段となる。意見の相違は脅迫になるが、それは社会的に無視されなければならない。やがて実体がないのに科学に基づく公衆保健政策を主張するようになる。食塩問題はこの現象の一事例にすぎない。
                     ◇         ◇        ◇
 以上のようにフリードマンは、食塩が健康に良くないことは確定した証拠ではなく「食塩仮説」として認識し、保健政策を進める科学的証拠の根拠が薄弱であることを主張している。

再びオルダーマンのコメント

現在のデータ・観察からは強制的な減塩は支持されず

 最初のオルダーマンの論文に対して4件の意見が寄せられ、それぞれについて紹介してきた。同じ号に4件の意見に対して疫学者オルダーマン自身のコメントが掲載されている。それを以下に紹介する。
                     ◇         ◇        ◇
 フリードマン博士の公正な評価は価値があるが、マクレガー、エリオット、ヘイ博士らのあまり支持できないレビューには失望した。論文で伝えようとした要点を簡単に述べたい。
 第一に、幅広い範囲で共通認識を持っている。食塩摂取量は血圧に関係している。メタアナリシスは食塩摂取量を半減させることによって生ずる効果をよく推定しており、収縮期血圧(最高血圧)については一桁の中間値くらいで、拡張期血圧(最低血圧)については一桁の低い数値で、高血圧者では大きく、正常血圧者では小さい。しかし、減塩に伴う血圧の変化は個別の大きな変動を隠すこともよく知られている。食塩摂取量が寿命の質と余命に関係していることを直接調べるべきである。
 第二に、集団全体については罹患率や死亡率に及ぼす食塩摂取量の影響を調べた実験的研究はない。5件の観察研究があり、その内の2件は食塩摂取量と関係ない結果であり、2件は食塩摂取量と少数の肥満者が正に関係しており、大多数の正常血圧者では関係なかった。最後の1件は長寿になるにつれて食塩摂取量の増加を示している。この不均一な結果は人類の遺伝、行動、環境の多様性によるものであり、減塩に対する血圧応答の多様性をよく示している。観察研究からは強制的な減塩は支持されていない。
 最後に、減塩はある人々の血圧を下げるが、必ずしも総ての高血圧者で下げるわけではなく、減塩以外の介入試験のように減塩は多くの血圧に関係しない死に影響を与える。ただ一件ある3,000人の患者による観察研究では、心臓血管疾患と食塩摂取量との間に強い逆相関があった。混乱因子があるかもしれないので、この観察研究から治療に関する結論は引き出せない。反復研究が必要である。血圧を低下させる多くの介入の中で減塩はその一つである、と言うことが私の立場である。その効果は弱く、ある患者の血圧を下げるだけである。
 如何に熱心に幅広く支持されようとも、医療勧告や公衆保健勧告をする場合に、専門家の意見は確固たる科学的証拠に基づいているのではなく、お粗末な代わりとなる証拠に基づいているように私は思う。

求められる「科学的根拠に基づく医療」

減塩に関する保健政策は?

 以上、3回にわたって減塩推進を巡る賛否両論と統計学者による第三者の意見を紹介してきた。科学的証拠に基づいた医療(Evidence based medicine)が叫ばれているが、減塩に関する保健政策は必ずしも科学的証拠に基づいて進められているとは言えないようである。