たばこ塩産業 塩事業版 2003.07.25

Encyclopedia[塩百科] 24

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

血圧管理上の栄養因子と高血圧

 医食同源と言う。日頃からの食生活が大切で、栄養摂取量に気を付けておれば自ずと健康が維持されることを意味するのであろう。しかし、これには栄養摂取量を消耗する運動の大切さを強調する言葉が抜けている。自動車社会になり、エレベーター、エスカレーターが至る所に設置されている都会では、よほど強固な意志を持たない限りそれらに頼り運動不足になる。
 運動のことも述べながら、今回はチューリッヒの医科大学の内科医らが発表した標記のレビュー(P.M. Suterら、Nutr Clin Care, 5, 9 (2002))について、その概要を述べる。

米国は分析結果を公表

 国民保健栄養試験調査はアメリカにおける調査で、何年かの結果をまとめて第1回、第2回、第3回と整理されている。ハジャーらは第3回国民保健栄養試験調査(NHANES-V、19881994)のデータを分析して、収縮期血圧(最高血圧)は高ナトリウム摂取量、アルコール摂取量、タンパク質摂取量とプラスに相関しており、カリウム摂取量と逆相関していることを示した。拡張期血圧(最低血圧)はカリウム摂取量とアルコール摂取量にマイナスに相関していた。加齢に伴う血圧上昇はカルシウム摂取量と関係していた、と述べている。このことから、ナトリウム(食塩)は最高血圧を上げるが、最低血圧には関係ない。アルコール摂取量は最高と最低の血圧差を広げる。カルシウム摂取量は血圧全体を下げる、と解釈できる。タンパク質摂取量は最高血圧を上げるというのは意外な結果であった。アメリカではこれに限らず、国民保健栄養試験調査をいろいろと分析した結果が発表される。
  日本では厚生労働省が11月に国民栄養調査を行い、その中で食塩摂取量のデータを示している。しかし、日本の国民栄養調査は、アメリカのようにいろいろな観点から分析した結果をあまり見たことがない。あれば知らせて欲しい。筆者は1992年に京都で開催された第7回国際塩シンポジウムで、患者調査のデータと食塩摂取量のデータを組み合わせて、食塩摂取量と高血圧症、脳血管疾患との関係を調べ、いずれも関係ないことを発表した。図1は脳血管疾患についての発表データ(1984,1987)に、その後の2回分(1990,1993)の結果を追加したものである。いずれも同様の結果である。

     食塩摂取量と脳血管疾患患者との関係

摂取量と血圧との関係

ナトリウム

 ナトリウムは細胞外液で最も重要な陽イオンである。体内のナトリウム貯蔵量は限られており、食事から絶えず供給することが生存の基本となっている。したがって、人間は種々のナトリウム保持機構を発達させてきた。食塩摂取量と血圧との関係は1950年代にダールらによって初めて報告された。その後、多くの疫学調査が行われ、最大の疫学研究であるインターソルト・スタディは、世界中の52研究センターから10,000人以上の被験者を調べた。その結果は、弱いけれども食塩摂取量と血圧との間にポジティブな関係を示した。しかし、極端な低ナトリウム摂取量、高カリウム摂取量の非文化的な4集団を除くと、ポジティブな関係はなくなった。
 インターソルト・スタディは民族、生活様式が非常に多様な調査である。それに対してスコットランド心臓試験のようにあまり多様性のない大規模な研究では、ナトリウム摂取量と血圧との間に関係を見出せなかった。
  以上は疫学調査の結果であるが、介入試験の結果についても矛盾した結論に達することがあった。介入期間によって異なった結果を示し、長期間の減塩介入試験では、短期間の場合よりも比較的小さい血圧低下効果しか示さなかった。参加者の低ナトリウム食遵守が疑われ、低塩食をどれだけ守れるかも調査しなければならない、としている。
 ナトリウムの血圧上昇機構にはいろいろあり、一つの機構だけによるものではなさそうである。例えば、細胞外液量の増加、血管抵抗の上昇、交感神経系に関与するホルモン、血管平滑筋細胞におけるイオン処理や移動の異常性などである。これらは遺伝的因子によって強く影響を受けるらしい。最も文化的な集団では、食塩摂取量は1日当たり8-15 gの間で変動する。NHANES-Vのデータでは、ナトリウム摂取量の総平均値は3,289 g(食塩で8.3 g)であった。
 高血圧者の約40%は食塩感受性であった。食塩感受性である場合、減塩による血圧低下が期待される。全ての患者に減塩を実行させるのは現実的ではなく、食塩感受性者だけに減塩させることが最も有望で満足できる戦略である。しかし、残念ながら患者を食塩感受性として分類できる安価で簡便な方法はない。いくつかの可能性のある食塩感受性の予測因子を表1に示す。また、日常の実行で食塩摂取量の正確な測定は難しい。ナトリウム摂取量を調査する唯一有用な方法は24時間尿中ナトリウム排泄量の測定である。

表1 食塩感受性の指標と決定因子
因      子 コ   メ   ン   ト
遺伝的背景:人種 アフリカ系アメリカ人は食塩感受性発症率が高い。
血圧値 血圧が高いほど、食塩感受性の確率が高い。
肥満 体重変化は食塩感受性に影響を及ぼす。
年齢 加齢に伴って食塩感受性は増加する。
カリウム摂取量 高カリウム食は通常低ナトリウム食である。カリウムは尿中ナトリウム排泄能を持っている。
カルシウム摂取量 カルシウムは尿中ナトリウム排泄能を引き出すらしい。カルシウムの尿中ナトリウム排泄能はカリウムと比較して小さい。
細胞外液の増加 食塩感受性を増加させる。
低レニン高血圧 低レニン濃度は、食塩感受性の増加と関係する容量過負荷を引き起こす。
腎機能 腎機能不全(例えば、高血圧性腎障害)

ナトリウム摂取量の排泄は種々の因子によって調節される。最近の研究では、多量の水摂取量でナトリウム排泄量が促進されることを示している。カリウム摂取量がナトリウムの排泄を促進させるので、ナトリウム:カリウム比を大きくする食事が望ましい。
 ナトリウム摂取量を減らすには、新鮮な果物や野菜の多い食事−DASH食−の摂取が厳しいナトリウム制限よりも長期間続けられる可能性があり、より現実的で効果的な戦略である。老齢患者については、低ナトリウム含有量は食事を不味くし、食事摂取量が減るため多くの栄養素が取れない危険性がある。
  現在の事実では、ナトリウム:カリウム比を最適化する方がより効果的である。

カリウム

 カリウムは最も一般的な細胞内陽イオンである。神経や筋肉の電気化学的興奮の伝達に本質的な役割を果たしている。通常の食事からのカリウム摂取量は50-100 mmol/day (1.95-3.9 g/day)の範囲にある。ほとんどのカリウムは完全に吸収され、生理学的に定常状態にあり、同量が尿中に排泄される。したがって、カリウムの尿中測定値は摂取量を表している。
  カリウムの腎排泄量はカリウム・バランスの維持により制御される。腎機能が正常である限りバランスは容易に維持されるが、腎不全の多くの患者では維持されない。カリウム摂取量のほとんどは尿中に排泄されるが、カリウム補給は危険で血圧低下治療法として指示すべきではない。
  カリウムは食事から摂取すべきで、ミルク、果物、穀物製品、野菜はよいカリウム給源である。果物や野菜は加工されない限り通常、高カリウム低ナトリウムである。食品加工度が進むほど、カリウム含有量は少なくなり、ナトリウム含有量は高くなる。したがって、菜食主義者の食事は比較的高カリウムで、血圧降下に良いことが示唆されている。

カルシウム

 カルシウムは血管平滑筋の細胞機能で重要な役割を果たしている。いろいろな研究がカルシウム摂取量と血圧との逆相関を報告してきたが、カルシウム補給による介入試験は、ほとんどの場合で血圧にわずかな低下か、全く変化を示さないことを報告してきた。カルシウムのわずかな血圧低下効果から、現時点の事実は血圧を低下させる目的でカルシウム摂取量を増加させることを支持していない。
  しかし、DASH食の形で低脂肪乳製品によるカルシウム摂取量の増加は重要な食事戦略かもしれな
い。

マグネシウム

 マグネシウムの1日当たり摂取量は通常約300 mgである。マグネシウムの細胞外液中と細胞内液中の濃度変化は血管弾力性と収縮性を調整するので、マグネシウムは血圧調節効果を持っていると仮定されてきた。
  しかし、現在の事実はマグネシウムの不安定で弱い血圧低下効果を示唆しているだけである。したがって、高血圧管理におけるマグネシウムの正確な役割を述べられず、マグネシウム補給は正当化されていない。

減塩よりも生活習慣

 血圧は高ナトリウム、アルコール、タンパク質摂取量とそれぞれポジティブに関係しており、カリウム、カルシウム、マグネシウムの各摂取量とは逆相関している。食塩は食塩感受性であると血圧を上昇させるかも知れないが、食塩感受性患者を容易に見分ける方法はない。高血圧についての他の危険因子には肥満、規則的な運動不足がある。
 一つの危険因子だけに関して厳しい介入をする代わりに、5つの習慣−高食塩摂取量、高ナトリウム:カリウム比、アルコール摂取量、カロリー不均衡(肥満防止)、デスクワーク作業(運動不足)−を組合わせてポジティブに変化させることが最も現実的である、としている。
 要するに減塩だけが有効ではなく、食と運動の生活習慣を変更するように勧めている。