戻る

たばこ塩産業 塩事業版 2002.08.25

Encyclopedia[塩百科] 13

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

食品添加物YPSについて

 この度、非関税障壁となっていたYPSが外圧によって食品添加物に急遽認められた。食品添加物については、科学的根拠に基づいて安全性を確認した上で認可する方針が取られていたが、当局はYPSに限り(と願うが)、規程通りの安全性を確認する作業もなく、緊急避難的な措置が取られた。7月25日付けの本紙で認可の方針と報道され、方針通り認可された今、改めてYPSについて整理しておく。

YPSの性質と所見
     YPSとは

 フェロシアン化物の一種で Yellow Prussiate of Sodaの略字である。和名はフェロシアン化ソーダ(ナトリウム)である。分子式はNa4Fe(CN)6である。ナトリウムの代わりにカリウムが入ったK4Fe(CN)6 はフェロシアン化カリウムと呼ばれ、略号ではYPP(Yellow Prussiate of Potassium)となる。

YPSの安全性は?

 シアン化物の一種であるから非常に危険な印象を与えるが、実際にはそれほどでもないことから、海外では急性毒性試験データだけで伝統的に食品添加物として認められてきた。しかし、シアン化水素(HCN:青酸)は猛毒で、カリウム塩(KCN)は青酸カリと言われ、それをあおって自殺する人もいる。
 片や猛毒で、片や無毒に近い。これは何故か?シアン(CN)は鉄(Fe)と強く結合する。血液中には赤血球細胞があり、その中に含まれているヘモグロビンは酸素と結合して全身に酸素を運んでいる。酸素と結合するのはヘモグロビン中の鉄であり、オキシヘモグロビンとなって酸素を運んでいる。ここに酸素よりも結合力の強いシアン(CN)が入ってくると、シアン化鉄[Fe(CN)64-]という錯イオンができるので、ヘモグロビンの酸素を運ぶ機能が阻害され、人間は死ぬ。したがって、YPS中のシアン化鉄が分解されてシアンが遊離してこない限り安全、というわけである。
 FDAがフェロシアン化物に関する情報を整理した冊子によると、YPSの安定性については次のように記載されている。「加熱すると、フェロシアン化ナトリウムは435℃で分解し、シアン化ナトリウム、鉄、炭素、窒素を生成する。溶液は、長期間日光に曝される、あるいは暖かく濃い酸と混合すると、シアン化水素を発生して分解する。2 ppm以上の廃棄シアン化物を含んだ天然水は、日光に照らされると魚に対して有毒となった。シアン化ナトリウムは塩化ナトリウムの固結防止剤として使用するために袋詰めで出荷される。」

ヨーロッパ塩生産者協会の懸念

 これに関連してか、ヨーロッパ製塩業界の中では、融氷雪用として道路に散布する塩にYPSを入れることについて、将来問題になるのではないかと気にしている。ヨーロッパ塩生産者協会の融氷雪委員会資料では以下のように述べられている。塩の固結防止効果が発見され、1950年代以来使われてきたが、最初はYPPであった。その後、有効性とコストの面でYPSに代わってきた。1948年に水中のシアン化物イオンは紫外線によって光分解されシアン化水素を発生することが分かった。これにより魚や他の生物が死ぬことが懸念された。1970年代始めに融氷雪活動が活発になり、潜在的な危険性を明らかにするために研究が行われた。イギリスの運輸省は危険性が少ないことを示した。地下水が汚染される心配もあるが、魚が死んだ報告やYPSが原因で環境問題が生じたことはない。したがって、フェロシアン化物の毒性は低いと認識されている。1989年に行われた研究では、塩の倉庫付近で測定された分解量は理論的に予想された量よりも著しく低かった。しかし、多くの研究は古く、フェロシアン化カリウムで行われたデータであり、フェロシアン化ナトリウムのデータが必要である。

データ不十分で安全性は未確認

YPSが本当に安全であるかどうか、実は本当に安全であるかどうか、確認されたデータはない。米国の食品医薬品局(FDA)は一般的に安全と認められている物質のリストGRAS(Generally Recognized as Safe List)で安全性をA(1), A(2), B, Cとランク付けしており、最も安全なカテゴリーの物質はA(1)リストに記載されている。その中にYPSが入っている。
 FAO/WHO(世界農業機構/世界保健機構)は合同で世界共通に流通できる食品規格の制定に取り組んでおり、食品添加物もその守備範囲に入っている。食品添加物の安全性は食品添加物に関する合同専門家委員会JECFA(Joint Expert Committee on Food Additives)の評価を経ており、急性毒性試験から1日許容摂取量ADI(Acceptable Daily Intake) 00.025 mg/kg体重と定められている。長期給餌試験結果がないために、この値は通常使われている安全係数よりも大きな係数を掛けて補っている、と報告されている。食用塩の国際規格案では、20 ppm以下の添加が認められている。
 YPSについて、アメリカ塩協会の週間ニュースで日本が食品添加物に認可する姿勢がいち早く報道された。安全性について問い合わせたところ、いくつかの資料を教えてくれた。その中にデガッサ社(Degussa Corporation)の毒性評価資料があった。それにはYPSは毒物管理法にしたがうことが明記されており、表に示す内容が記載されている。435℃以上では次式によって分解し猛毒のシアン化ナトリウムが発生する。

      Na4Fe(CN)6  → 4NaCN + Fe + 2C + N2

 安全性に関するデータは以上の通りで、厚生労働省が食品添加物として認定する時に必要な慢性毒性、発ガン性、催奇性、遺伝性、代謝に及ぼす影響といった試験データはない。
 欧米の小物塩商品にはYPS添加の表示がされている。前述のことからか、一般消費者には不人気である、とヨーロッパの製塩業者から聞かされた。製塩業者としては塩の固結でクレームを出さないためにはYPSを添加した方が安心であるし、業務用消費者はサラサラした塩として取り扱いが楽であることからYPS入りの塩を選ぶであろう。しかし、消費者には分からない。その結果、その塩を使った食品が日本のように認めていない国に輸出されると、認可されていない食品添加物のキャリーオーバー問題が起こる。

YPSの塩に対する役割

固結防止

 YPSの塩に対する役割は、塩の固結を防ぐことである。塩の結晶形は、通常、サイコロのような立方体である。YPSの存在下で結晶させると樹枝状塩となる。つまりYPSは塩の結晶形を変える晶癖剤、媒晶剤として働く。樹枝状塩は写真に示すように状況によって全体の形は変わるが、非常に壊れやすい塩となる。
 塩の臨界湿度(塩の吸湿・放湿が切り替わる時の相対湿度をいい、純粋な塩では75%、純度が下がるほどこの湿度も下がる)をまたがって大気の相対湿度が変動すると、塩は溶解・析出の工程を繰り返し、次第に硬い塩で結晶の接着が起こり、全体が一体となって固まる。YPSがあると、壊れやすい塩で被われ、塩が固結することはない。YPS入りの塩を布袋に入れ放置しておくと、袋にカビが生えたようになる。これが樹枝状塩である。

      フェロシアン化物添加により生成される樹枝状塩

YPSを使わずに固結防止

成分上の方法と在庫期間の短縮

 固結防止剤は数多くあるが、日本で食品添加物として認められている物は炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、燐酸カルシウム、酸化マグネシウム、二酸化珪素、クエン酸鉄アンモニウムである。現実には、流動性をもたせて振り掛け容器から塩がサラサラと出やすいように、炭酸マグネシウムだけが使われている。
 固結を防ぐには、ある程度のにがり成分を残して塩の臨界湿度を下げる方法と、純度の高い塩では、倉庫で先入れ先出しの徹底による在庫期間の短縮による方法があり、我が国では両方で対応してきた。しかし、これでは基本的に固結は防げないので、クレームがあれば商品の交換も行ってきた。

厚労省は早急にデータ整備を!

 古くは専売公社時代にYPSの食品添加物指定に向けて厚生省や食品添加物協会へ働きかけたことがあるが、安全性データの不足で進まなかった。筆者が塩技術調査室長であった昭和61年頃にも厚生省へ打診したところ、同じ理由で認められないといわれ、YPSの安全性の項で述べた項目の試験データを要求された。当時、外圧からナトリウム塩が認可されておれば、カリウム塩も認める方針を出し、一見門戸を開放したような姿勢を見せた。例えば、味の素のグルタミン酸ソーダが認可されているが、グルタミン酸カリウムも認可する、と言うわけである。但し、その場合にはグルタミン酸カリウムの安全性を確認したデータを揃えて申請する必要があった。データを揃えるには億単位の経費と数年もの時間がかかり、専売制の下ではできる話ではなかった。
 さて、この度はその方針を180度変え、輸入食品中のYPSキャリーオーバー問題で外圧と市場の混乱を回避するために、安全性を確認することなく、短期間で認可してしまった。外国にはYPSの入っていない塩もあることから、一時的な措置として仮認可して、一年間位でYPSの入ってない塩で加工した食品に切り換えるように要請し、最終的には安全性のデータを出させればよかったのである。
 しかし、認可してしまったことであるから、厚生労働省の責任は、これから早急に税金を使って安全性を証明するデータを揃え、国民に知らせることである。一度認可された食品添加物でも、再試験で危険性が判明して安全性が問題となり、認可を取り消した例は過去にいくらでもある。自ら科学的根拠に基づく保健政策を放棄して緊急措置を取ったのであるから、元に戻すべく、安全性を証明するデータを緊急に揃えることが厚生労働省の責任である。