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2016.12.01

 

適塩の発想は何時から始まり、どの程度を目指しているか?

 

 塩が高血圧の原因と考えられて、塩が悪者にされ40年近くも減塩運動が続いている。2015年版「日本人の食事摂取基準」では塩摂取量の目標値は男性で8 g、女性で7 gとなっているが、このような値が最初に設定されたのは1979年のことで、10 g以下を適正摂取量とした。1984年にはこの値が目標摂取量と言われるようになり、女性については2005年版で8 g未満に下げられ、男性については2010年版で9 g未満に下げられた。

 

適塩の提唱

 適正摂取量が設定されると、秋田県で減塩運動に火が付き、北海道・東北エリアに広がり1980年から三年間の計画で両エリアの栄養士約4,000人を原動力としてマスメディア、学術顧問団巻き込み大掛かりで組織的な減塩運動が始まったという(木村修一、足立己幸編「食塩」減塩から適塩へより)。足立はこの運動に危機感を持ち、日本人にふさわしい塩摂取量をどう探し出していけばよいかの方向を得たい、との思いで女子栄養大学出版部から前記の書籍を出版した。

 この中でみそ汁からの塩摂取量が多いことを指摘しており、減塩運動によってみそ汁の摂取量が減少し、終には全くみそ汁を食べない人達が多くなってきた。ある村の調査から、みそ汁がなくなると料理の数も少なくなることを指摘しており、その結果、栄養摂取量がアンバランスになって摂取量が不足となる栄養素が出てきた。低塩食が低栄養につながらないように歯止めをかけなければならない。塩の多いみそ汁を食べない方向ではなく、みそ汁の栄養学的で合理的な食べ方を探しつつ、みそ汁を食べる方向への努力をする必要性を提唱している。適塩の実現はみそ汁のように組合せの自由度の高い、手作り性の大きな料理で可能であろうとしている。

 前述のように適塩にみそ汁の重要性を指摘しているが、減塩によらない食生活による血圧低下法としてDASH(果物、野菜、低脂肪乳製品を多く食べる)の効果が非常にあることが明らかにされてきたことから、欧米では盛んに勧められるようになった。もちろん、減塩で一層、血圧低下は促進される。みそ汁には野菜・海藻(カリウムが多い)が加えられ、具沢山のみそ汁を食べることはDASHにかなうことでもあるので、日本の伝統食であるみそ汁を見直すべきである。

 この本が出版された時代の塩摂取量は1日当たり10 gとされており、減塩の発想はその値を下回る食生活をすることを望ましいとしている。しかし、それでは栄養素の摂取量が低くなる問題がある。そこで適塩を探るという発想に転換して書籍を出したが、適塩の値は分からない。適塩量は一定しているのではなく、体や心や、暮らしの状態によって異なり変化していくが、きわめて狭い範囲の中で個人差が著しいことが塩の特徴としており、自分の適塩量を探し出していかなければならないと足立は結んでいる。

 

海外の適塩介入試験と適塩の効果

 海外では日本よりも早くから減塩運動が始まっている。論文では減塩という言葉に対してsalt restrictionあるいはsalt reductionという言葉が使われる。この頭にmoderateあるいはmodestという言葉を付けて減塩を和らげた表現にして、減塩による介入試験やこれまでの発表論文を集めたメタアナリシスと言う手法で解析し、その効果を発表している。和訳すれば適塩という言葉になろうかと思うが、その実態は先に述べた書籍の適塩とははるかにかけ離れた摂取量を指している。

 いくつか事例を挙げる。1997年にカプチーオらは老人に4.8 g/dの減塩食を食べさせて7.2/3.2 mmHg(最高血圧/最低血圧)の低下を発表した。2005年にスィフトらは5 g/dの減塩食で8/3 mmHgの低下を発表した。2007年にメランダーらは3 g/dの減塩食で5.8/2.6 mmHgの低下を発表した。2010年にサックリングらは2.9 g/dの減塩食で4.2/1.7 mmHgの低下を発表した。2013年にヒーらはこれまでの発表論文のデータをメタアナリシスで解析して、4.4 g/dの減塩食で4.18/2.06 mmHgの低下を発表した。これらの論文は通常の塩摂取量から減塩食による血圧低下の効果を発表している。通常の塩摂取量と減塩食による塩摂取量との落差が大きいほど一般的には効果が大きい。通常の塩摂取量は日本と違って10 g/d以下である。

 このように適塩に当たると思われるmoderate salt restrictionとかmodest salt restrictionと言いながらも、日本に当てはめれば実態は極めて厳しく到底達成できないと思われる減塩レベルである。また、それによる血圧低下を有効と判断できるかどうかが問題となろう。

ところがごく最近(2016730)ランセットに発表されたメンテらの論文では4件の大規模前向き研究を対象にして49ヶ国から133,118人の被験者(高血圧者63,559人と正常血圧者69,559)をプールして解析した結果では、高血圧者で1日当たり17.8 g以上と7.6 g以下の塩摂取量の人々は両方とも10.2 – 12.7 gの摂取量の人々と比較して心臓血管疾患の危険率が高かった。一方、正常血圧者では10.2 – 12.7 gの摂取量の人々と比較して高い塩摂取量の人々では関係なかったが、7.6 g以下の人々では有意な危険率増加と関係していた、と発表した。この論文では問題は10.2 – 12.7 gの摂取量をmoderate intakeつまり適塩と称していることである。ということは、海外の適塩という概念では適塩の量は決まっていなくて通常の摂取量より低いか、食事ガイドラインで示されている摂取量よりは高い摂取量を適塩と称しているように思われる。

 「減塩から適塩へ」の中で適塩レベルを探すことが提案され、それに取組んでいる活動も紹介されていたが、どの程度の塩摂取量を適塩として目指しているのか、具体的にどのくらいの塩摂取量の幅が適塩なのかはいずれも不明であるし、これまでに学術的に整理して発表された論文もない。