第293 1-19
                                                        1998728

 

「塩について──なぜ、いま自然塩なのか」

 塩、それは私たちの暮らしにとって欠かせない物。
 私たちの食生活を豊かにしてくれ、体にとっても重要な食材の一つです。
 もし、塩のない生活を余儀なくされるとしたら…。それこそ、なんと味気のない暮らしを送らねばならないでしょう。
 日本ではこれまで、塩は専売制度によって生産されてきましたが、最近ではその専売制も撤廃され、塩を自由に生産することができるようになっています。
  現在では、自然塩やカルシウム入りの塩などの名称で、いろいろな塩が市場に出回っています。
 私たちの暮らしを支えてくれる大切な塩ですが、では塩はどのようにして製造され、どうしてあのように白い結晶になるのか、知っているようで知らないこともあるのではないでしようか。
 そこで今回は、塩が海水からどのようにして製造され、どのような成分になっているのか。専売制度が廃止された理由、塩の消費量や塩のもつ役割、そして今、日本の各地で生産されたり、外国から輸入されてくる自然塩といわれる塩は、どのようにして作られ、その成分組成はどのようなものなのか。また塩と健康の関連など、財団法人ソルト・サイエンス研究財団の専務理事、橋本壽夫さんにまとめていただきました。

  


「塩について──なぜ、いま自然塩なのか」

財団法人ソルト・サイエンス研究財団

専務理事 橋本壽夫

<はじめに>

 平成941日で92年間続いてきた塩専売制度は廃止された。塩事業法により原則自由の世界となったが、経過措置として5年間は若干の制約がある。専売制度時代でも、特殊用塩という分野で、専売塩を原料として加工した塩を自然塩と称して販売していた塩があった。当時は海水からの塩製造は禁じられていたが、現在では自由に製造できることとなったので、国内各地でも製造販売され、外国からもその種の塩が輸入されて、ミネラルたっぷり、味が良いなどと、盛んに売り込みを図り、新聞、週刊誌、グルメ雑誌、テレビなどのマスコミで、数多く取り上げられている。
 塩は生命維持に不可欠な物で、代替できる物がない重要な物資である。しかし、戦中戦後の一時期を除き、安くて良質な塩が何不自由なく供給されてきたので、一般的にはその重要性に気がついていない人もいるのではないだろうか。専売制の下で、塩に関する情報が流れていたとは言え、十分でなかったことから、海水から塩を作ることがどの様なことであり、どの様な品質の塩ができるか、言い換えれば、何かを添加物として加えない限り、ある決まった組成品質の塩しかできないことについては、ほとんど知られていないようだ。
 以上のような背景から、いま自然塩が話題になっている。はたして自然塩とはどの様な物か。塩の生産量、消費量はどのくらいか。また、塩をめぐる制度や健康問題、その他についても話題を広げて述べる。

1.塩専売制の廃止

 塩の専売制は、古くは2000年以上も昔の中国で、漢の武帝治世下に財政専売として始められた。塩は食生活の必需物資であるため、いろいろな国で時の権力者は塩の生産、流通を支配することによって塩を徴税の手段として使い、財政を潤し、政治を行ってきた。フランス革命が起こったのも、不公平な塩税やその過酷な取り立てが一因となっている。
 フランス王国では、税収の半分は塩税でまかなわれており、大西洋岸の塩田がある地方では生産された塩に対して高い税金(大塩税)をかけ、南仏地方には安い税金(小塩税)をかけ、塩田のない地方には塩税がなかった。大塩税地域では一定量の塩を買うように義務づけられるようになり、塩税の取り立ては役人でもない徴税請負人が行って私腹をこやし憎悪された。このため、塩の密売が横行し、見つかれば焼き印、ガレー船の漕役刑、死刑にもなった。このように複雑で不公平な税制であったため、各地で暴動が起こり、ついにはフランス革命の原因の一つになった。
 塩の経済的な価値を表したエピソードとしては、その昔、ローマ帝国では兵士に給与の一部に塩を貨幣(salarium argentum)として与えた。それが今日の給与(Salary)に由来しており、塩は貨幣として今世紀でもエチオピアで使われていた。
 日本における塩の専売制は日露戦争の戦費調達のために明治38年に財政専売として始められた。やがて資金調達の必要性はなくなり、生活の必需品である塩を安く安定して供給し、かつ国内の塩業を保護し育成することを目的として大正8年以降公益専売として専売制が続けられてきた。この間、4回にわたる生産の合理化(1)が行われた1,2)。特に第四次の合理化では、生産面ではそれまでの気象条件や台風の来襲によって左右される不安定な農業的生産方式から工業的に計画生産されるイオン交換膜製塩法に転換した。さらに販売面では生産者が自主取引できる特例塩が導入され、専売塩と次第に置き換わり、一方、専売塩を原料として加工した特殊用塩も数量、品種とも多く出回ってきた。

 塩専売制は国内塩産業の保護、育成を一つの目標として維持されてきたが、度重なる合理化努力により、外国の塩産業とも競争していける見通しが得られ、かつ、行政改革、規制緩和の一環として平成941日をもって塩専売制は廃止された。

2.塩の生産量と消費量

 日本における海水からの塩生産量は年間約140万トンである。その他に輸入した塩を一度溶解して再結晶させた塩が約7万トンある。用途別の消費量は平成8年度までは2のようになっており、合計して年間約930万トンの塩が使われているが、大部分はソーダ工業で使われており、食用は140万トンである。すなわち、食べる分だけは国内で生産されている。自給率は15%ということになる。ちなみに食用塩の用途別消費量の推移は、ここ25年間あまり変化はない。

表2.用途別塩使用量(平成8年度)
用     途 使用量
家庭用 328
食品工業用 1,022
一般工業用 174
動物飼料用 95
融氷雪用 228
医薬用その他 45
ソーダ工業用 7,423
合計 9,423
(単位:千トン)

 専売制であった時代には、需給調整の観点から専売公社と日本たばこ産業()が全ての塩の生産量、販売量、輸入量の各統計値を整理していたが、専売制が廃止されてからは、イオン交換膜海水濃縮法(以下イオン交換膜法と略称)で生産される塩と輸入塩溶解再結晶法による塩の生産量と販売量は把握されているが、特殊用塩(医薬品、化粧品等に該当する塩や試薬用塩など)および特殊製法塩、(平釜塩、香辛料やにがり等を加えた塩など)、輸入塩量については大蔵省の所管になったので、その数量は把握できなくなった。

3.海水からの塩づくり

 海水からの塩づくりは大きく分けて、天日製塩とイオン交換膜法による製塩の二つである。塩の専売制度廃止後に始まった海水直接濃縮法による製塩は特殊な例であり、外国では行われていない。なぜならば莫大なエネルギーを要するからである。その昔、ヨーロッパでは、製塩に使う木材燃料を調達するために海岸近くの森林がなくなったといわれる。そして、燃料の調達が次第に難しくなってきたので、太陽熱と風を利用して立体的な構造物(枝条架のような物)で海水を濃縮する技術が発明され、約3世紀(16-18世紀)のあいだ木材燃料の節約が図られたが3)、最終的に燃料不足を救ったのが石炭の出現であった。
 海水を濃縮して塩を作る様子を1に示した。通常、海水の塩分濃度は3.5%程度である。その内の塩化ナトリウムの濃度は78(純塩率と言われる)であるので、海水の塩化ナトリウムの濃度は2.7%程度になる。塩化ナトリウムの飽和濃度は約26%であるから、2.7%の濃度を10倍ぐらいに濃縮しないと塩が結晶として出てこない。その様子をこの図は表している。

      

 最初、100 mlあった海水は60 ml位に濃縮されると炭酸カルシウム(CaCO3)が析出してくる。20 ml位まで濃縮されると硫酸カルシウム(CaSO4,石膏)が析出してくる。最初の液量が1/10位まで少なくなると、やっと塩化ナトリウム(NaCl)が析出し始める。その時には炭酸カルシウムはすべて析出してしまっているが、硫酸カルシウムの析出はまだ続いており、塩の析出と一緒に硫酸カルシウムも析出し続ける。硫酸カルシウムは水に溶けにくいので、塩と混じっていても塩の味に影響を及ぼすようなことはない。やがて2.5 ml位まで液量が減ると、硫酸マグネシウム(MgSO4)が析出し始める。硫酸マグネシウムは水に良く溶けるので、これが塩に入ってくると塩の味が変わる。したがって、硫酸マグネシウムが析出する前で製塩工程は終わり、後にはまだ塩化ナトリウムも残っているが、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム(MgC12)、塩化カリウム(KCl)等を含んだにがりが残る。
 昭和46年度末に現在のイオン交換膜法による海水濃縮に代わるまでの流下式塩田製塩法では、流下式塩田で海水を5-6倍まで濃縮(濃縮液をかん水と称する)し、その後、真空蒸発缶で塩の飽和濃度まで濃縮し、飽和かん水を結晶缶に移して煮詰め塩の結晶を採取する。この間、塩と硫酸カルシウムが同時に出てくるが、後工程で分離できるので、安定した組成の塩を作ることができる。硫酸マグネシウムが出始める前に煮詰めを終えて、残りの液をにがりとして排出する。ここでミネラルとしてマグネシウムの入った塩を作ろうと思えば、にがり領域まで濃縮を進めればよいが、塩と硫酸マグネシウムの比率は濃縮度の変化に伴って変化するので、濃縮工程で濃度管理を厳密に行わなければ、ロットによって成分が大きく変動することになる。また、にがりの主成分である塩化マグネシウムの結晶を析出させるところまで濃縮させると、食べられた物ではない塩ができることになる。
 天日製塩法では図1の下方のように、海水を蒸発池、濃縮池で濃縮し、調整池でできるだけ硫酸カルシウムを析出させて、塩に混ざる硫酸カルシウム量を少なくした塩化ナトリウムの飽和かん水を結晶池に入れて、塩を析出させて硫酸マグネシウムが析出する前に残った液をにがりとして排出する。塩田製塩でも塩と硫酸カルシウムは同時に析出してくる。後の洗浄工程である程度硫酸カルシウムを洗い流すことはできるが、十分にはできない。
 イオン交換膜法では、2に示すように陽イオン(Na+K+Ca++Mg++など)を通す陽イオン交換膜と陰イオン(Cl-SO4--など)を通す陰イオン交換膜を交互に設置して、濃縮室と脱塩室を作り両端に電極室を置いて直流電流を流す。各イオンが電流を運ぶが、陽イオンは陰極に向かって移動し、陽イオン交換膜を通過するが、陰イオン交換膜によって阻止され、一方、陰イオンは陽極に向かって移動し陰イオン交換膜を通過するが、陽イオン交換膜によって阻止される。その結果、陽イオンと陰イオンが濃縮される室と脱塩される室が交互にできる。脱塩される室に海水を供給し、濃縮される室から濃縮かん水を取り出す。イオン交換膜には10(10-9 m)程度の孔が開いており、イオンとなっている物質は通過するが砂糖のようにイオンとなっていない物質は拡散でしか通過できないし、分子が大きくては通過できない。電流を流す量によって異なるが、イオン交換膜法により15-20%の塩化ナトリウム溶液が濃縮室でかん水として得られ、それを真空式蒸発缶で飽和濃度まで濃縮し、その後、結晶缶で塩と硫酸カルシウムを析出させて、塩化カリウムが析出する前に製塩工程を終えて、(図3)残った液はにがりとして排出する4)。イオン交換膜法によって海水から採取される塩は、海水中の塩化ナトリウム量の約1/4ほどで、3/4は薄くなった海水として排出される。

      
      

4.海水濃縮から得られた塩の品質

 天日製塩法で得られた塩には硫酸カルシウムが含まれているが、その他にも好塩菌や塩田地盤の粘土が含まれている。好塩菌の繁殖が旺盛な時には、塩は赤色を帯びてくる。メキシコやオーストラリアのような大規模な塩田で作られた天日塩は、結晶池の地盤が塩の結晶のものもあるが通常の天日塩田は地盤が粘土であるので、塩の収穫時に粘土が混じり、黒や灰色、赤色といった粘土の色が塩に着いてしまう。これらの不純物や微生物をできるだけ落とすために海水や飽和食塩水で洗浄すれば、純白な塩となる。塩が純白でないと言うことは、洗浄不十分で粘土や微生物が良く落ちていないことである。このようなことから、メキシコやオーストラリアから輸入されてくる天日塩は洗浄が行われるためにがり分も少なくなり、かなり純度の高い物となっている。
 ちなみに海水組成といろいろな塩について4に示した5)

      

 にがり分たっぷりとして、沈浄しない塩があるとすれば、塩の結晶に付着したにがりの組成でなければならないため、不純物の組成は硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等が入った組成の塩となる。製塩工程の範囲ではマグネシウムとカリウムは結晶として析出してこないので、それらを座標軸に取れば、5のように海水濃縮線が得られ、マグネシウムとカリウムの比率は一定であるので、海水濃縮線上の比率で得られている塩が海水を濃縮して得られた塩と言うことになる6)。この線上から大幅に外れているとすれば、その塩には添加物が加えられているということになる。ただし、旧専売公社時代の商品銘柄である食塩と並塩については次に述べるようにイオン交換膜法による海水濃縮で作られた塩であるので、マグネシウムが少なく、カリウムが多い塩となっている。

     

 イオン交換膜法による塩の品質は、流下式塩田製塩法による塩の品質と比べて6に示すように変わってくる7)。大きな変化としては、硫酸イオンが減り、カリウムが増えていることで、カルシウム、マグネシウムについては半分ぐらいに減っている。輸入されている天日塩の場合、塩に入っているカルシウムがミネラルとして体に吸収されるものと、しばしば誤解されることがある。塩に自然に入ってくるカルシウムは硫酸カルシウム(石膏)であるので、体には吸収されない。

5.食用塩のコーデックス(CODEX)

 食用塩については国際規格(CODEX)が制定されている。オランダが幹事国となって進めている食品添加物の中に食用塩が含まれている。規格案は最終段階まで来ている。最近の動きでは、ヨード欠乏症を防ぐために塩にヨードを添加することについて議論された。食用塩の国際規格案の概要は3に示すとおりであり8)、純度、固結防止剤、汚染物が問題となっている。参考までに表3には食用塩に関する他の規格も併記した。

表3.食用塩の国際規格と海外の塩の規格
アメリカ イギリス オーストラリア FAO/WHO合同規格案
対 象 用 途 食品、化学品 バター、チーズ、その他食品用途 乳製品製造用 食   用
純度(乾物規準) YPS入りせんごう塩 99.0%以上        2%以下の流動化剤、固結防止剤入り         せんごう塩 97.5%以上、  岩塩、天日塩 97.5%以上 99.6%以上 99.6%以上 添加物を除き97%以上
水分 0.5%以下 乾燥塩 0.20%以下 0.2%以下 -
非乾燥塩 4.0%以下
不溶解分 - 300 ppm以下 300 ppm以下 -
ヨード(I) 0.006%以下 - - -
YPS 0.0014%以下 15 ppm以下 15 ppm以下 20 ppm以下




重金属(Pbとして) 4 ppm - - -
Ca CaとMg合計2%以下 100 ppm以下 800 ppm以下 -
Mg 100 ppm以下 250 ppm以下 -
Fe 10 ppm以下 10 ppm以下 -
アルカリ度(Na2CO3として) - 300 ppm以下 300 ppm以下 -
硫酸塩(Na2SO4として) - 3000 ppm以下 3000 ppm以下 -
ヒ素(Asとして) 1 ppm以下 1 ppm以下 1 ppm以下 0.5 ppm以下
銅(Cuとして) - 2 ppm以下 1 ppm以下 2 ppm以下
鉛(Pbとして) - 2 ppm以下 2 ppm以下 2 ppm以下
カドミウム(Cdとして) - - - 0.5 ppm以下
水銀(Hgとして) - - - 0.1 ppm以下
YPS:フェロシアン化ナトリウム

6.自然塩とミネラル

 近頃、話題になっている自然塩とはどんな物であろうか。通常考えられるのは天日製塩法で作られた塩であるが、その品質はある決まった組成の塩しかできないことは、すでに述べたとおりである。純度はかなり高い。よしんばにがりが多く付着していて純度が低く、カルシウムが多く含まれているとしても、そのカルシウムは前にも書いたとおり硫酸カルシウムとなっており、容易に溶ける物ではないので、体内に吸収利用されることはない。にがりをさらに濃縮すると、にがり成分の硫酸マグネシウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム等が析出してくるが、連続的に組成は変化していくので、安定した組成をもったミネラル豊富な塩を作ることはできない。
 次に考えられるのは岩塩であるが、この品質は産地によってまちまちであり、通常、そのまま食用にできる品質の岩塩は非常に少なく、大半は道路の融氷雪用に使われる9)。ただし岩塩の一部は溶解されてソーダ灰やカ性ソーダを加えてカルシウム(CaCO3)やマグネシウム(Mg(OH)2)を除くかん水の精製工程を通して後、塩を再結晶させる形で岩塩は食用塩となる。したがって、このような工程で得られた塩は非常に純度が高い。
 ところで海水にはあらゆる成分が含まれており、それを原料にして作られた塩にも微量ではあるが、それらが含まれているはずであり、健康によい塩であると言われる。はたして体に必要なミネラルを塩からどのくらい摂取でき、それが人間に必要な量のどれくらいに当たるかを4に示した。ヒトが1日に必要としている量と通常の食事で一日に摂取している量を示し、それに対して塩からどれくらい摂れるかを示している。塩については、入り浜式塩田時代の塩(昭和11)と流下式塩田時代の塩(昭和37)、それにイオン交換膜時代の塩(昭和59)の三種類である。入り浜式塩田時代のミネラルが多い昔の塩でも、ミネラル摂取を塩に期待するのは無理であるようだ。たとえ塩10 gを作るのに必要な海水量約400 mlを摂取したとしても、期待できるのはマグネシウムぐらいであることがわかる。

表4. 塩からのミネラル摂取量
元素 一日必要量 一日摂取量 食塩10 g中の量 海水100 ml中の量 海水組成のままで作った塩10 g中の量(海水として約400ml)
昭和11年 昭和37年 昭和59年
(国内塩) (食塩) (食塩)
カルシウム   600 mg   (所要量)*    531 mg   (平成2年度) 38 mg 9 mg 3 mg 40 mg 160 mg
リン Caとほぼ当量*    0.002 mg 0.008 mg
カリウム     2-4 g    (目標摂取量)* 21 mg 6 mg 13 mg 38 mg 152 mg
ナトリウム     3.9 g    (目標摂取量)*     5 g   (平成2年度) 3.77 g 3.91 g 3.98 g 1.05 g 3.93 g
マグネシウム    300 mg    (目標摂取量)* 50 mg 7 mg 3 mg 135 mg 541 mg
    10 mg    (所要量)*    10.9 mg  (昭和58年度) 0.0017 mg 以下 0.0005 mg 0.002 mg
亜鉛 10 mg程度* 6-27 mg 0.0012 mg以下 0.001 mg 0.004 mg
1-3 mg 0.78-4.7 mg 0.0006 mg以下 0.0003 mg 0.001 mg
クロム 0.29 mg 0.18-3.32 mg 0.000005 mg 0.00002 mg
ヨード 0.1-0.14 mg 1-4 mg 0.004 mg以下 0.006 mg 0.02 mg
コバルト 0.02-0.16 mg 0.002-0.045 mg 0.00001 mg 0.00004 mg
セレン 0.03-0.06 mg 0.1-0.2 mg 0.00004 mg 0.0002 mg
マンガン 0.7-2.5 mg 5.5-10.4 mg 0.0002 mg 0.0008 mg
モリブデン 0.1 mg 0.15 mg 0.0006 mg 0.002 mg
第四次改訂日本人の栄養所要量より

 ごく最近、東京都消費生活総合センターがミネラル豊富と表示されている塩も含めて、市販の国産塩、輸入塩を合計52種類について分析し、1日当たりわずかな摂取量(調味料としての塩1.2 g程度)から摂取できるカルシウム(貝カルシウム添加品の場合)は所要量600 mg2.8%にすぎず、いずれのミネラルも塩からの効果的な摂取は期待できないと述べている。10)

7.塩の品質と食品加工・調理

 塩の品質としては、粒度、粒形、かさ密度、溶解速度といった物性上の品質と純度、組成、添加物といった化学上の品質が考えられる。塩事業センターが販売している塩の品質規格は5に示す通りである。

表5.塩事業センターの塩の規格
種  類 品  質  規  格 備考(生産方法)
純 度 粒   度 添加物
食卓塩 NaCl 99%以上 500〜300μm 85%以上 塩基性炭酸マグネシウム基準0.4% 原塩(天日塩)を溶解し再製加工した物
ニュークッキングソルト 同上 同上 同上 同上
キッチンソルト 同上 同上 同上 同上
クッキングソルト 同上 粒度500〜180μm 85%以上 同上 同上
特級精製塩 NaCl 99.8%以上 同上 同上
精製塩1kg NaCl 99.5%以上 同上 塩基性炭酸マグネシウム基準0.3% 同上
精製塩25kg 同上 同上 同上
新家庭塩 NaCl 90%以上 600〜150μm 80%以上 イオン交換膜海水濃縮法によるかん水を煮詰めた物
さしすせそると NaCl 98.5%以上 同上 リン酸水素二ナトリウム基準0.3%         塩基性炭酸マグネシウム基準0.4% 同上
食塩 NaCl 99%以上 同上 同上
並塩 NaCl 95%以上 同上 同上
つけもの塩 同上 リンゴ酸基準0.05%   クエン酸基準0.05%    塩化マグネシウム0.1%   塩化カルシウム規準0.1% 洗浄した粉砕塩に添加物を加えた物
原塩 同上 外国から輸入した天日塩
粉砕塩 同上 原塩(天日塩)を粉砕したもの

 食品加工で塩を使う場合、通常、純度の高い塩が使われる。組成が安定しているために、味のコントロールが容易であるからである。原料の品質が変われば、加工食品の品質の安定性が損なわれるので、できるだけ安定した品質の原料を使うことになる。
 前節で述べたように、自然塩は製造上、本質的に品質を一定に保持しにくい塩であるので、食品加工に使われることはあまりないと考えられる。しかし、家庭やレストランにおける調理の面では、味がまろやかになるとか、深みがあるとかいうことで使われることはある。
 食塩と塩化マグネシウム1.57%入りの塩を使って水溶液系、ゲル系、牛乳系、希釈卵系、マッシュポテト系で味を比較した結果によると、呈味性については、後者の方が味がまろやか、あまい、と表現する人もいたが、すっきりした味の食塩を好む人もおり、噂好は一定ではなかった。使われる対象の調理素材によっては塩化マグネシウム入りの食塩の方が好まれた。結局、種々の物性を持つ調理食品では、一部の味覚感度の高い人を除いては、呈味性の差異は大きくないし、優劣をつけられない、と言う結論であった11)
 松本らは市販食用塩5種類の呈味性が異なることから、塩の呈味性はNaClと共存する各種イオンの種類と濃度およびそれらのバランスによって変化することを明らかにした。そのことから食塩と、海水から作ったにがりを含む塩の組成に合わせるようにして試薬の塩化ナトリウムに塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化カリウムなどのにがり成分を添加して作った塩と、にがり成分を2倍に増加して添加した塩について、各成分が塩味の強度や味質にどのような影響を及ぼすのかについて検討した12)
 漬物に使用したときの味では、前田は食塩と特殊製法塩3種類を使い、なす浅漬、きゅうり浅漬、白菜漬、大根・きゅうりもみ漬、ぬか味噌漬けの官能検査結果では、4種類の塩で差異の判定が全くできなかった物と、若干の特徴を識別できる物があったことを報告した13)。また、塩田時代の並塩の2倍のにがりを含む塩を含めて別の塩3種類を使って白菜漬、乾燥たくあん、しば漬の官能検査結果は、味覚、色調、歯切れに対する影響はほとんどなく、白菜漬の一部を除いてまったく識別できなかった。現在の漬物はすべて調味されているので、食塩の違いが漬物の品質に現れることは少ない、と言う結論であった14)。前述の東京都消費生活総合センターの調査では、都民30人を対象に「塩」、「ごはん」、「すまし汁」、「漬物」で食味テストを行っている。その結果によると、例えば食塩とマグネシウムが一番多く含まれている(0.77)塩との比較で、「塩」、「ごはん」、「すまし汁」については、塩味の違いを見分けられず、「漬物」については27人中19人が見分けられた。見分けられた人の味の感じ方については、食塩は「塩辛い」、「甘い」がほぼ同数で、マグネシウム入りの塩は「塩辛い」が多めで、キャッチフレーズの「まろやかな美味」を感じた人はそれほど多くなかった。さらに「漬物」について好ましさの結果はほぼ半々で、どちらの塩が好ましいとはいえなかった、と発表している。

8.塩と高血圧症

 塩が高血圧症の原因ではないかと疑われ始めたのはダールが7を発表してからである15)。このデータは非常にきれいな相関を示しているが、取り上げたデータの条件が不明確であるようだ。しかし、南米のヤノマモ族は無塩文化を持った民族と言われ、食塩摂取量が一日当たり1グラム以下でも生存でき、高血圧症はなく、加齢に伴う血圧上昇もないことから、単純な比較でわれわれが彼等の10倍以上も摂取しているのはあまりにも過剰であり、減塩すべきであるとの論旨で、塩の過剰摂取論が取り上げられた。

      

 ダールはこのデータから、塩は高血圧症を引き起こすとの仮説を立て、それを証明しようとしてラットに塩を食べさせる実験を始めた。その結果、塩を食べさせても高血圧症にならないラットと、なるラットがいることを明らかにした16)。前者を食塩抵抗性ラット、後者を食塩感受性ラットと名付けた。その後、いろいろな研究が精力的に行われ、人間でも食塩感受性の人とそうでない人がいることが明らかにされた17)。それらの経過を6に示す。

表6.食塩と高血圧に関する研究の歴史
成                 果
1954 ダールの疫学調査で因果関係推定
1962 ダール、塩感受性ラットと塩抵抗性ラットを発表、高血圧の遺伝性推定
1963 岡本、青木、自然発症高血圧ラットを発表、高血圧の遺伝性確定
1973 岡本ら、脳卒中易発生自然発症高血圧ラットを発表、高血圧症研究のモデル動物開発
1978 川崎ら、人間で塩感受性と非塩感受性を発表
1988 大規模疫学調査のインターソルト・スタディで塩との関係弱いことが判明

 食塩と高血圧症との関係は生理的、臨床的に完全に解明されているとは言えないと言われる。また、ダールに始まって、その後いくつもの疫学調査が行われたが、条件が統一されていないため比較できず、結果も再現性がなかった。そこで、厳密に統一された手法を用い大規模な疫学調査18)により関係を明らかにしようと、国際的に数多くの国と場所、被験者で行われたインターソルト・スタディの結果が発表された19)(32カ国におよぶ52センターで総被験者10,079人の結果)
 しかし、その結果は8に示すように、塩との関係は弱く、肥満やアルコール摂取量の方が強いというものであった。

      

 インターソルト・スタディの結果が発表されてから、国民全体に減塩を勧める程にはデータが揃っておらず、減塩の効果もないので、一律の減塩を疑問視し、食塩感受性の人々だけに勧めるべきである、という意見がアメリカやヨーロッパで出始めた20,21)

9.減塩

 減塩の勧めは良く聞かされるが、どれくらい減塩すればどれくらいの効果があるかについては、まだはっきりしていない。
 減塩は一般的にマイナスの効果はないと言われているが、減塩の効果は正規分布で現れ、ほとんどの人々は血圧は変わらず、血圧が下がる人々と同じ程度に血圧が上がる人々がいることをミラーらは示した22)(9)。ワインバーガーらは正常血圧者と高血圧者について減塩の効果を調べ10の結果を発表している23)

       


      

 この結果は正規分布しており、正常血圧者では26%が減塩により10 mmHg以上の血圧低下を示す食塩感受性者であり、58.4%が5 mmHg以上の血圧上昇を示す食塩抵抗性者であることを示している。高血圧者については、前者の比率が51%に増加し、後者の比率が33.3%に低下しているが、高血圧者で減塩すると半数の人は血圧が下がっても、1/3の人は逆に上昇するので、このことは重要視されるべきである

<まとめ>

「なぜ、いま自然塩なのか」という問題を考えるとき、専売制度が外され、塩の情報が少なく、または、反面いろいろな情報が飛び交う社会を背景に、誰もが願う健康志向に応えようとして自然塩としてさまざまな塩が盛んに出回るようになったと考えられる。
 塩についての正確な情報が流れると、消費者はその判断材料によって「体によい」「味がよい」「ミネラルが摂れる」といったことについて、正しい判断を下していくものと考えている。
 塩と健康の問題にしても同じような状況で、塩がすべての人々にとって欠かすことのできない食品であり、その良し悪しについても、塩と人との関係についての研究が進展するにしたがって次第に明らかにされてきているようだ。塩の摂取量を意識しながら、食生活をおくってきた人々の大部分は、気にしなくても大丈夫のようであるが、現在のところ、塩のとりすぎを気にしなければならない人々(食塩感受性をもつ人)を簡単に見分けられないこともあり、「減塩」が依然として問題となる環境が続いているものと思われる。
 食塩感受性を簡単に見分ける方法が最近開発されたという情報もあるので、その方法が普及するのも遠くないであろう。よって塩の摂取量についての考え方も近々整理されてくるものと思われる。

<引用文献>

1) 日本専売公社、塩業近代化の背景とその方向 一 昭和46年塩業審議会答申の解説、

(1971)

2) 日本専売公社塩業近代化本部:第四次塩業整備事績報告、日本専売公社、(1973)

3) Encyclopedia Universalis20, p.856, Encyclopedia Universalis France S.A. (1989)

4) 橋本壽夫:塩のある話.調理科学、23No.2, 132-145 (1990)

5) 村上正祥:塩の組成と品質.日本海水学会誌、38, 236-251 (1984)

6) ibid

7) 橋本壽夫:食塩の種類と品質.保健の科学、36, 121-126 (1994)

8) 橋本壽夫:塩味料:福場博保、小林彰夫編集:調味料・香辛料の事典.p.81朝倉書店

(1991)

9) 日本化学会:化学便覧、第5版、応用化学編Ip.I-649 丸善、(1995)

10) 東京都消費生活総合センター商品テスト課:いろいろな「塩」─ 塩とミネラルとキャッチフレーズ.(1998.6)

11) 川嶋かほる:市販各種食塩の呈味性に関する研究.ソルト・サイエンス研究財団平成元年度助成研究報告集、p.407-417 (1989)

12) 松本仲子、川嶋かほる、赤羽ひろ、渾山茂:共存成分を異にする食塩の呈味性に関する研究.ソルト・サイエンス研究財団プロジェクト研究助成報告書、p.1-32 (1993)

13) 前田安彦:漬物の味覚・発酵・変色に対する食塩の影響.ソルト・サイエンス研究財団平成2年度助成研究報告集、(T生理学・食品科学編)p.139-147 (1990)

14) ibid,平成3年度助成研究報告集、(U生理学・食品科学編)p.151-163 (1991)

15) Dahl L.K.: Possible role of salt intake in the development  of essential hypertension. In: (Eds) Cottier P. and Bock K.D., Essential Hypertension, An International Symposium. Springer-Verlag, p.53 (1960)

16) Dahl L.K, Heine M. and Tassinari L.: Effects of chronic excess salt ingestion. Evidence that genetic factors play an important role in susceptibility to experimental hypertension. J. Exp. Med., 115, 1173-1190 (1962)

17) Kawasaki T., Delea C.S., Bartter F.C. and Smith H.: The effect of high-sodium and low-sodium intake on blood pressure and other related variables in human subjects with idiopathic hypertension. Am. J. Med., 64, 193-198 (1978)

18) The INTERSALT Co-operative Research Group: INTERSALT Study An international co-operative study on the relation of blood pressure to electrolyte  excretion in populations. 1. Design and methods. J. Hypertens., 4, 781-787 (1986)

19) Intersalt Cooperative Research Group: Intersalt: An international study of electrolyte excretion and blood pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. B. M. J., 297, 319- 328 (1988)

20) Moore T.J.: How doctors oversell the risks of high blood pressure. Washingtonian, 25, 64-67, 194-204 (1990)

21) Bader J.M.: Hypertension: 1a fin du regime sans sel. Science & Vie, 878, 68-75 (1990)

22) Mi11er J.Z., Weinberger M.H., Daugherty S.A., Fineberg N.S., Christian J.C. and Grim C.E.: Heterogeneity of blood pressure response to dietary sodium restriction in normotensive adults. J. Chron. Dis., 40, 245-250 (1987)

23) Weinberger M.H.,  Luft F.C., Miller J.Z., Grim C.E., Fineberg N.S. and Christian J.C.: Genetics aspects of blood pressure sensitivity to sodium. In: (Eds) Rettig R., Ganten D. and Luft F.C.: Salt and Hypertension. p.121-127, Springer-Verlag (1989)

 

<筆者紹介>

 

 橋本 壽夫(はしもと としお)

昭和15年生まれ

昭和38年 鳥取大学農学部農芸化学科卒業

昭和38年 日本専売公社入社(中央研究所塩部門配属)

昭和60年 日本たばこ産業塩専売事業本部 塩技術調査室室長

平成5年  同海水総合研究所所長

平成7年  財団法人ソルト・サイエンス研究財団参与

平成10年 同専務理事