たばこ塩産業 塩事業版 1998.07.25
塩なんでもQ&A
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
自然塩とミネラルについて
このごろ自然塩にはミネラルが多く入っており、体に良いとのことで新聞や雑誌でよく見られるようになりました。ただ、塩を販売していながらお客様に尋ねられると、その内容を明確には答えられません。具体的にどのようなミネラルがどれくらい入っており、それらのミネラルが体の中でどのような働きをしているのでしょうか?
[小山市:栃木塩業(株)社員]
塩専売制時代にも自然塩と称して、あるいは自然塩とのイメ−ジを打ち出してミネラルが多いことをキャッチフレ−ズにした製品がありました。昨年の春に専売制度が廃止されてから、国内で生産されるそのような塩も多くなりましたが、自然塩であることを謳い文句にして海外から輸入されてくる製品も多くなりました。しかし、それらの塩はいずれもどのようなミネラルがどのくらい入っているかを明らかにしていません。たとえ入っていても、はたして体に良いと言えるほどの量であるかどうかも定かではありません。でも海水を蒸発させて作った自然塩であれば、海水の組成から計算して塩に入っている量を大雑把に推定することはできます。また、体が必要とするミネラルやおよその量も分かっています。これらのことから、はたしてどのような結果になるか考えて見ましょう。
体が必要とするミネラルの量と役割
人体が必要とするミネラルはカルシウムやカリウムのように非常に多い物からクロムやコバルトのようにごくわずかな物までいろいろと沢山あります。体内の存在量によって多量、少量、微量、超微量ミネラルと分けられています。それらを表1に示しました。
表1 人体に必要なミネラルの量と役割 |
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ミネラル |
体内存在量 |
一日必要量 |
役 割 |
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(体重70kg中) |
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多量ミネラル |
カルシウム |
1.05 kg |
600 mg |
骨の成分、その他 |
少量ミネラル |
カリウム |
140 g |
2-4 g |
細胞内液成分、浸透圧調整、その他 |
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ナトリウム |
105 g |
3.9 g |
細胞外液成分、浸透圧調整、その他 |
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マグネシウム |
105 g |
300 mg |
骨の成分、酵素の活性化、その他 |
微量ミネラル |
鉄 |
6 g |
10 mg |
ヘモグロビン成分、その他 |
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亜鉛 |
2 g |
15 mg |
酵素成分、その他 |
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マンガン |
100 mg |
2.5-5.0 mg |
酵素成分、その他 |
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銅 |
80 mg |
2-3 mg |
酵素成分、その他 |
超微量ミネラル |
セレン |
12 mg |
0.05-0.2 mg |
酵素成分 |
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モリブデン |
10 mg |
0.15-0.5 mg |
酵素成分 |
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クロム |
2 mg |
0.05-2.0 mg |
酸化還元 |
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コバルト |
1.5 mg |
0.1-0.2 mg |
ビタミンB12成分 |
カルシウム
カルシウムはヒドロキシアパタイトの形で骨の中に約99%ありますが、約0.9 %は細胞内にあって主に神経伝達、細胞分裂、血液凝固、酸素輸送、酵素の活性化などの調節機構に関与しています。残りの0.1 %は血液中にあってタンパク質と結合しています。
カリウム
カリウムは細胞内にあって浸透圧を維持したり、タンパク質の合成を制御しています。
ナトリウム
ナトリウムは細胞外にあって細胞内の浸透圧と同じになるように細胞外の浸透圧を維持します。消化液の成分となったり、体内液を弱アルカリ性に維持したり、神経の伝達に関与しています。
マグネシウム
マグネシウムの60-65 %は骨に、27%が筋肉に、残りが組織や細胞外液中にあり、300 種類以上の酵素反応で酵素の活性化に関与したり、タンパク質の合成を調節する作用も果たしています。
微量ミネラル
微量ミネラルの領域になる鉄はヘモグロビンの成分であり、酸素を運こぶ役割を果たします。他に鉄−イオウタンパク質として脂肪酸を水に溶けやすくしたり、呼吸に関与しています。
亜鉛は100 種類以上もの酵素の成分で、タンパク質を分解する働きをしているものが多くあります。亜鉛を含むタンパク質には遺伝に関する機能を調節している物もあることが分かりました。
マンガンは酵素やタンパク質と結合して触媒作用を調節する役割をしています。また、性質のよく似た他の金属イオンの代わりとなったり、他の金属の本来の作用を抑制する性質を持っています。
銅は酵素に含まれたり、タンパク質と結合して活性酸素を消去させたり、酸素を運ぶ役割を果たします。
超微量ミネラル
超微量ミネラルであるセレン、モリブデンはいくつかの酵素成分として役割を果たしており、クロムは酸化還元反応に関与しており、コバルトはビタミンB12の成分です。
自然塩からのミネラル摂取量
海水中にはごく微量であるとは言え、あらゆるミネラルが含まれています。したがって海水から得られた自然塩にも、あらゆるミネラルが入っているはずである、と考えるのは当然かもしれません。人体の中にも多くのミネラルが含まれており、前述したように重要な役割を果たしていることが分かりました。この二つを組み合わせると自然塩が体によいと考えても間違いなさそうです。しかし、問題は人体の必要量に対して自然塩からどれくらいのミネラルが摂れるか、と言うことです。
そこで、それでは究極の自然塩(つまり海水成分を総て含む塩)を考えてみて、そこからどれだけのミネラルが摂れるか、さらに、海水中から作った氷の中に塩分が含まれないように、塩にするということは、塩(塩化ナトリウム)の中には他のミネラルは含まれてこないため、自然塩と言えども結晶に付着した形でしかミネラルは含まれません。また、塩の摂取量は厚生省の発表によりますと一日当たり13 g程度ですが、購入してきた塩を家庭で実際に使用する量は1.5-2.0 g(約1/10に減少)ぐらいなものです。これらのことから計算して、塩からのミネラル摂取量が一日当り必要摂取量のどれくらいになるか、を推定した結果が表2です。
表2 自然塩−からのミネラル摂取量の推定 |
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ミネラル |
海水中の濃度 (mg/l) |
究極の自然塩中の含有量(塩10g当たり) |
一日当り必要量に対する(%) |
自然塩からの推定摂取(%) |
カルシウム |
400 |
160 mg |
27 |
0 |
カリウム |
380 |
152 mg |
7.6-3.8 |
0.038-0.019 |
ナトリウム |
10500 |
3.93 g |
100 |
100 |
マグネシウム |
1350 |
540 mg |
180 |
0.9 |
鉄 |
0.01 |
0.004 mg |
0.04 |
0 |
亜鉛 |
0.01 |
0.004 mg |
0.027 |
0.00014 |
マンガン |
0.002 |
0.0008 mg |
0.032-0.016 |
0.00016-0.00008 |
銅 |
0.003 |
0.0012 mg |
0.06-0.04 |
0.0003-0.0002 |
セレン |
0.0004 |
0.00016 mg |
0.32-0.08 |
0.0016-0.0004 |
モリブデン |
0.01 |
0.004 mg |
2.7-0.8 |
0.014-0.004 |
クロム |
0.00005 |
0.00002 mg |
0.04-0.001 |
0.0002-0.000005 |
コバルト |
0.0001 |
0.00004 mg |
0.04-0.02 |
0.0002-0.0001 |
備考 |
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海水約400 mlを濃縮 |
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究極の自然塩とは海水そのものを総て蒸発させて作った塩と考えていますので、海水中に塩(塩化ナトリウム)が2.5 %あるとすると、塩を10 g作るためには海水が400 ml要ることになり、その中に含まれるミネラル量を総て表したものです。通常の製塩法による自然塩ににがりが5 % 付着していると仮定しますと、そのミネラル量の5 % が塩に付着していることになります。しかし、その塩は一日当たりの摂取量の約1/10しか摂りませんので、結局0.5 %に当たるミネラル量が摂取できることになります。ただし、海水がにがりとなって濃縮されてくるまでに酸化鉄や炭酸カルシウム、硫酸カルシウムはほとんど析出してしまいますので、にがり中には鉄とカルシウムはないことになります。
以上のように考えてくると、通常の自然塩から摂取できるミネラル量は、一番多いミネラルであるマグネシウムでも人間が一日当りに必要とする量の1 %以下であり、他のミネラルはほとんど期待できないことが分かります。
この6月に東京都消費生活総合センタ−は、市販されている52銘柄の塩(センタ−塩、特殊製法塩、輸入されている自然塩を含む)の分析値から、効果的なミネラル摂取を塩に期待することはできない、と発表しました。この報告の中でナトリウム以外のミネラルで分析値の最大は貝カルシウムを添加して強化した塩のカルシウムですが、この場合でも所要量の2.8 %にしかならなかったからです。
結局、ミネラルは体の中に微量あって重要な働きをしておりますが、塩から摂取できるのは微々たる量であり、むしろ塩を上手に使い美味しい料理にして、いろいろな食べ物をバランスよく偏食しないように食べることで、必要なミネラルを摂取することが重要であると思います。
参考までに、ご質問にあります「自然塩にはミネラルが多く入っており、体に良い」といった表示で販売されている商品については成分量表示が義務付けられておりますし、自然・天然という表現については根拠がなく安易に使われていることから、総合センタ−としては適切な表示基準の検討を国に要望しているようです。
(参考図書「金属は人体になぜ必要か」桜井弘著・講談社)
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