たばこ産業 塩専売版 1996.01.20
「塩と健康の科学」シリーズ
(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与
橋本壽夫
高血圧の異質性
高血圧の原因は食塩の食べすぎではないかとの考えから、食塩と高血圧との関係が幅広く調査されたが、食塩が高血圧の直接的な原因であるという結果はなかなか得られず、原因となる場合でも、全体的にみればわずかな比率であることが明らかにされてきた。大半は原因不明で、いろいろな要因が関係しており、単純に食塩摂取量だけで議論しても問題は解決しない。1960年にページは高血圧の原因について多くの要因がモザイク様に絡んでいると発表した。以来、いろいろな観点から血圧の上昇に及ぼす因子の多様性、異質性が諌論されている。
ページのモザイク説
図1に示すように血圧を規定するいろいろな因子(円内)とその関連国子(斜線部)の影響によって血圧は決まってくることをページは1960年に発表した。それら諸因子の異常の総和が血圧を上昇させ、本態性高血圧症を発症させるのではないかとの仮説を立て、モザイク説と呼ばれた。この中に食塩も関連因子として入っているが、これだけで血圧が決まってくることはなく、他に多くの因子があることをこの図は明確に示している。
図1 血圧に影響を及ぼす因子
藤田「食塩と高血圧」より引用
栄養素からみた異質性
高血圧と栄養素との関係で評価が決まっているかにみえるものはナトリウムである。しかし、ナトリウムは血圧を上げると一般的に考えられているけれども、大半の人には血圧上昇とは関係なく、一部食塩感受性の人についてだけ血圧を上げる。ところが、一般的に考えられていることとは正反対に、ナトリウム摂取量を減らすと血圧が上昇する場合もあり、なぜそうなるかは分かっていない。
塩化カリウムは少なくとも、部分的な例ではナトリウム排雅量を増加させることによって降圧効果を発揮し、降圧剤服用量を減らせるといわれている。最近の報告では、野菜を沢山食べてカリウム摂取量が増えた高血圧患者で薬剤投与量を減らすことができた。また、短期間、カリウム摂取量を極端に減らしたことにより正常な人が食塩感受性になった報告もある。しかし、このようにカリウムと血圧との関わりはあっても、カリウム剤投与で予防や降圧治療を施す使用指針を作成するほどのデータはまだ揃っていない。
正常血圧者に比べて高血圧者では尿中カルシウム排泄量が多く、多量の塩化ナトリウム摂取量はカルシウム排泄量を多くするとか、この場合、カルシウム摂取量の多少によって血圧が上下するという報告がある。一部の高血圧症例では、カルシウム摂取量の増加により血圧が低下するといわれ、22件の介入試験で9件は有意に降下した。このようなことから、少なくとも1日必要摂取量のカルシウムを摂取することが勧められている。
ナトリウム、カリウム、カルシウム摂取量は相互作用によって血圧に影響を及ぼすが、マグネシウムも同様の働きをするといわれており、ある研究ではカリウムやカルシウムの効果と区別できなかった。マグネシウム欠乏が高血圧発症にどのような役割を果たしているか、あるいは本態性高血圧に対してマグネシウム投与が有効かどうかを決めるデータはなく、一層の研究が望まれている。
リンの摂取量も血圧に関連しているらしく、ラットではリン添加食が降庄を促進しているが、人間による試験データはない。肥満という観点から炭水化物、タンパク質、脂肪といった食べ物の摂取量、カロリー摂取量、アルコール摂取量、運動によるエネルギー消費量といった要因も関連している。
以上のような要因は誰にでも同じように働くというわけではない。高血圧の異質性といわれる所以である。
環境と遺伝からの異質性
前述した栄養素因子は環境要因であり、高血圧の発症は環境要因によるものか、それとも遺伝要因によるものか、議論されている。図2に示すように血圧は二つの環境要因(ストレスと食塩摂取量)と血圧を上下させる遺伝要因(その多くはホルモン)によって影響を受けるとゴードンは言っている。遺伝的に血圧を上下させるこれらの物質の生成や濃度は遺伝子によって支配されるため、これらの多くの因子が個別に個々人の中でどのようになっているかで、遺伝因子により血圧は影響され、高血圧に多様性、異質性が関与してくる。
食塩だけが悪者で血圧を上昇させるようなことが一般的にはいわれているが、前述したようなことから食塩だけが高血圧の原因であると単純に考えるべきではない。
図2 血圧に影響を及ぼす諸因子
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