たばこ産業 塩専売版  1993.11.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

高血圧の遺伝性(2)

高血圧の遺伝標識を求めて

 高血圧は遺伝性の病気であるといわれている。高血圧になる家系に生まれて高血圧になる遺伝子を受け継いでいるかどうか、それが判れば子供の頃から高血圧を予防するためにいろいろな手段を講ずることができる。例えば、肥満にならないようにする、食塩摂取量を控える、といった具合である。現在、高血圧となる遺伝標識を明らかにするための研究が盛んに行われている。

高血圧の遺伝因子と環境因子の区別

 家系的に高血圧になる家族があり、その家族の血圧は類似しているといっても、よく観察すると家族は共通の環境下で生活していることから、高血圧になるには遺伝的な寄与と環境的な寄与が混在していると解釈された。
 したがって高血庄発症に対する遺伝的因子と環境的因子のそれぞれの相対的な寄与度を明らかにする必要がある。
 それには一卵性双生児と二卵性双生児との類似性を比較したり、一卵性双生児の家族を研究して二つの因子を区別する。
 一卵性双生児同士が結婚して子供ができた場合、いくつかの形で独自の相関性を持った二つの家族ができる。
  一卵性双生児は遺伝的に同一であることから、その子供たちは独自の遺伝子のほぼ50%を双生児の各親から受け継いでいるので、遺伝的には半分兄弟のようなものである。
  一卵性双生児がお互いに無関係な配偶者と結婚すれば、双生児ではない二名の配偶者間の関係はお互いに遺伝的に関係していない個人同士の関係である。このような二つの家族の構成員間で血圧の類似性を厳密に評価することにより、環境因子と遺伝因子を区別することができる。
 血圧に及ぼす遺伝因子を明らかにするもう一つの方法は、生後まもなく別々の環境に置かれて育てられた一卵性双生児の研究である。同じ遺伝子を持った者が環境の相違によって血圧に変化をきたせば、環境因子を明らかにできる。

遺伝因子と環境因子の寄与度

前述のようにして遺伝因子と環境因子の寄与度を区分けするための研究によると、収縮期血圧と拡張期血圧のほぼ60%が遺伝的寄与による結果と考えられ、残りの40%は血圧に影響を及ぼす環境因子あるいは後天的な異常によるものと考えられた。
 高血圧は大半が遺伝因子によることが示されたわけであるが、遺伝的に血圧を決定するのは単一の遺伝子であるのか、多数の遺伝子に関係しているのかについて論争されたが、環境因子と結合あるいは連携して高血圧の原因となる種々の遺伝子が人間の本態性高血圧の発症や持続に関与していると考えられている。
 例えば、食塩摂取量の高い人が必ずしも高血圧症になるわけではないという事実は、食塩排泄能力を遺伝的に持っており高血圧にはならない人でも、その能力が環境因子で後天的に損傷されたとき高血圧になる可能性があることを示唆している。

高血圧の遺伝標識

 これまで血清、赤血球、白血球、だ液、尿などの試料を用いて遺伝標識としてABO式血液型、ヒト白血球抗原適合性、および血清、だ液、尿、細胞に含まれるタンパク質や酵素の電気泳動の変化などによって特性が調べられてきた。しかし、まだ遺伝標識を明らかにすることには成功していない。
 新しい技術として、遺伝子が組み込まれているDNAの配列を読み取ることができるようになった。現在、世界的な規模でヒト遺伝子の地図を作成する作業が進められている。
 コンピューター・ネットワークで結ばれた分子生物学者たちの努力により、全ヒト遺伝子に分布する特異遺伝標識の登録数が増加している。
 この計画の第一目線は十分な数の遺伝標識を納めた図書館を作り、ほとんどの遺伝病について遺伝子連鎖の検索を可能にすることであり、第二目標は疾患を起こす遺伝子の正確な位置をつきとめて、その遺伝子のDNA暗号の様々な変異(DNA配列の相違)を明らかにすることである。
 遺伝子がどのような形として現れるか、例えば肥満、ナトリウム感受性、抵抗性といったことで現れる遺伝子と表現型の関係について研究されているところでは、ナトリウム感受性の表現型はハプトグロビン1-1と関連している可能性が高いとされている。ハプトグロビン1-1はナトリウム感受性の人の標識となるのではないかというわけである。そうであるとすれば、ナトリウム感受性の人は食塩の過剰摂取で高血圧になる可能性が高いので、ハプトグロビン1-1は遺伝標識の一つであるともいえる。
 とにかく高血圧症はいろいろな因子が関連して生ずる疾患で、所在の明確ないくつかの単一遺伝子、融合した多数の遺伝子、家族が共有する環境、個人的環境など複数の因子によって引き起こされると考えられている。
 複雑な本態性高血圧発症の原因と機構も少しずつ解き明かされている。