たばこ産業 塩専売版 1987.10.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長
橋本壽夫
ナトリウムはどのくらいまで摂れるか
一日50グラムも塩を摂れば血圧上昇
ナトリウムの摂りすぎは高血圧につながるとの考え方から、食生活において、できるだけ塩分を摂らないように、と水くさくて美味しくない料理を我慢にして食べている人も多いのではなかろうか。
健康な人では、どのくらい食塩を過剰に与えると高血圧になるのだろうか。これについては、いくつかの実験があり、大量の食塩を与えた場合だけ、健康な人でも血圧が上がることは分かっているが、これらの実験はいずれも短期間のもの。この実験で血圧上昇が認められたからといって、単純に食塩の過剰摂取により高血圧になるとは必ずしもいえない。
8人の健康な人に食塩を一日0.6グラム、約12グラム、約24グラムを4週間ずつ与えた実験では、血圧の上昇は認められなかったそうである。別の実験では、8人の健康な人に食塩を一日に0.6グラム、17.6グラム、47.0グラム、88.2グラムと三日毎に増やして与えたところ、平均血圧は82.6、83.8、89.5、99.2 mmHgとなり、健康な人でも47.0グラム以上の食塩を与えると、血圧が上がることが初めて示された。
腎臓のナトリウム排泄機能が低下していたり、正常な排泄能力以上のナトリウムを体内に加えると、ナトリウムの排泄が間に合わなくなり、ナトリウムが体内にとどまる。そうなると、体内のナトリウム濃度を一定に保とうとして、水が欲しくなり、水を飲むことによって体重が増加し、体液量(細胞内液と血液、間質液等の細胞外液)が多くなって血圧が高くなるといわれている。
先程の実験でも、血圧の上昇とともに体重が増加してきたことから、食塩の摂りすぎによりナトリウムが体内に蓄積されてきたことが分かる、と述べている。正常な人では、腎臓がナトリウムを排泄できる能力は、食塩にして約50グラム前後ではないかといわれている。
塩の摂取量を調節する機能を持つ人体
しかし、通常の食生活で一日に50グラムも食塩を摂ることは考えられない。味つけが塩辛くては自然に食べられなくなるからだ。私たちの健康な体は、自らの身体を守るために都合よくできていて、塩が不足すれば塩辛いものが欲しくなり、塩味を美味しいと感じるし、塩が十分であれば、塩辛くてまずいと感じ、自然に塩を摂ることを避ける。
すなわち、私たちの舌が果たす役割は重要で、味を見分ける力がその人の健康を保つといえる。塩味の見分けによって、塩分の欠乏や過剰に対して実際的な自己防衛をはたしている。
厚生省が毎年行っている国民栄養調査によると、ナトリウムを塩分に換算して60年度で12.1グラムを摂っているが、これは平均的な値で、通常これにプラスマイナス数グラムの幅がある。このようなことから考えると、健康な人は塩分の摂取量に対して神経質になることはないと思う。
減塩食で血圧が下がる人は10%
塩の摂取量が問題となるのは、一応高血圧の人、または先々高血圧になるかも知れない人たちだ。日本には高血圧の人たちが10%ぐらいいる。すなわち10人に1人ぐらいの割合となる。どのような人が先々高血圧になるかということは難しい問題だが、高血圧は遺伝的な要素が強いので、両親、祖父母に血圧の高い人がいる場合には気を付けた方が良いだろう。
ここで一応といったのは、高血圧の人でも塩の関係がある人(塩に感受性がある人)、いいかえると塩の摂取量を制限すれば血圧の下がる人は、比較的少ないことが分かってきた。青木先生(名古屋市立大学助教授)の話の中にも、高血圧患者の中で1日5グラムの減塩食で血圧が下がる人は1人いるかいないかの程度ということである。
したがって、高血圧の人はすべて減塩食にしなければいけないというのは、行きすぎだと思うが、自分が塩に対して感受性があるかないか分からないので、一応という言葉を使い範囲を広げてみた。
それでは高血圧の人はどれくらいまでナトリウムを摂れるのだろうか。もちろんこれについてのデータはない。このような研究はナンセンスであるからだ。逆に、どこまで減塩すれば安心だろうか。これについてはいくつかの研究がある。しかし、絶対安心というレベルまでの実行は文化人にとって不可能であり、かえって悪い影響が出ることを知っておかなければならない。
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