たばこ塩産業 塩事業版 2007.03.25
塩・話・解・題 24
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
耐塩・好塩微生物の性質と応用
−食生活を豊かにする微生物たち−
伝統的な味噌、醤油は耐塩・好塩微生物を応用した食品である。その他にもこれらの微生物を応用した食品は数多くあり食生活を豊かにしている。しかし、中には加工食品で品質を悪くし、食中毒を起こして食品衛生の面から問題となることもある。耐塩性と好塩性の違いは何であろうか、基本的なことではあるが、曖昧に混同して使われているように思われる。この分野の書籍はほとんどなく、増井正幹らの「好塩微生物」が唯一の本のようだ。この図書を参考にして解説してみよう。
生存の仕組みは−
塩がないと増殖できない好塩性
好塩微生物には表1に示すように増殖する食塩濃度にしたがって3種類ある。好塩性と言われるくらいであるから、塩が好きなのである。塩がないと増殖できない。食塩の濃度が薄い、中位、濃い環境でそれぞれ良く増殖できることで分類されている。
表1 好塩性菌・耐塩性菌の分類 | |||
分 類 | 食 塩 濃 度 と 増 殖 | 事 例 | 発育可能な水分活性(Aw)の下限 |
非好塩性 | 1.2%食塩で最も良好に増殖 | 多くの真性細菌、淡水産の微生物 | 0.932(大腸菌)、0.949(枯草菌) |
低度好塩性 | 1.2〜2.8%食塩で最も良好に増殖 | 多くの海洋細菌 | |
中度好塩性 | 1.2〜12.8%食塩以下で最も良好に増殖 | ビブリオ・コスチコラ、パラコッカス | 0.86〜0.98 |
高度好塩性 | 12.8〜26%(飽和)食塩で最も良好に増殖 | ハロバクテリウム、ハロコッカス | 0.75〜0.88 |
耐塩性 | 1.2%食塩以下で最も良好に増殖するが、1.2%食塩以上でも増殖する | スタフィロコッカス・アウレウス、耐塩酵母、藻類 | 0.86〜0.88 |
増井ら、好塩微生物、医歯薬出版、1979より |
耐塩性とは塩がなくても増殖できて、しかも食塩濃度がある程度高くても、それに耐えて増殖あるいは生存できることを表す。好塩微生物でも増殖に最適な食塩濃度以上になると耐塩性を示すので、結局、塩がないと生育できるか出来ないかが、好塩性菌と耐塩性菌を分けるポイントとなる。
その様子を図1に示す。様々な細菌名で耐塩性に違いがあるが、非好塩細菌でも相当な濃度まで耐塩性を持っていることが分かる。ちなみに食塩濃度はM(モル)で表されているが、%濃度で示すと1Mが大体5%に相当するので、4Mともなれば20%という高濃度になる。
細胞内浸透圧を外部とバランス
このような好塩性や耐塩性を示して生存できる仕組みはどうなっているのであろうか?通常、食塩濃度が高くなると浸透圧が高くなるので細胞内の水分は脱水されて増殖や生育が出来なくなり極端な場合には死滅する。
それに耐えるには細胞内に浸透圧を高めて外部の浸透圧とバランスできる物質がなければならない。非好塩細菌でみるとこの物質はカリウム等である。指数関数的に分裂増殖する時期には細胞内のカリウム濃度は高くなるが、増殖が止まったところではカリウム濃度が減り、ナトリウム濃度が細胞外濃度に近くなる。他に細胞内のアミノ酸濃度も高くなることで外界の浸透圧とバランスさせて耐塩性を示している。
高度好塩細菌ではカリウム濃度も高いが、ナトリウム濃度もかなり高く、増殖時期による濃度変動もあるが細菌間でも大きな変動がある。
また高度好塩細菌では細胞膜にもいくつかの特徴があるようで、様々な対応策により過酷な環境でも増殖できるようになっているようだ。
味噌・醤油・魚醤類で
味噌・醤油の製造では多くの耐塩性酵母が関与して糖類を同化(生体物質の合成)・醗酵して多価アルコール(三価アルコールのグリセロールや四価アルコールのエリスリトール等)や香気成分を生産し、製品特有の風味を与える製品にしている。また耐塩性・好塩性の乳酸菌も味噌・醤油の諸味の中でよく増殖し、乳酸を生成することによりpHを低下させるので他の雑菌の増殖を抑え、酸敗を防ぐことが出来る
。表2に示す魚貝類の醗酵食品にも耐塩性・好塩性の微生物が関与している。食塩により腐敗細菌の増殖を抑え、保蔵性を増大し、魚介が持っている自己消化酵素を利用したタンパク質の分解が進み、呈味成分や特有な風味が産出してくる。
表2 水産醗酵食品の食塩濃度 | ||
種 類 | 水 分(%) | 食 塩(%) |
くさや漬汁 | 91〜96 | 2.6〜5.0 |
イカ塩辛 | 64 | 17.2 |
ウニ塩辛 | 40〜45 | 15〜18 |
カツオ塩辛 | 60 | 21.0 |
ショッツル | 57〜71 | 24〜29 |
増井ら、好塩微生物、医歯薬出版、1979より |
醗酵がさらに進んで液状になった物をろ過すると魚醤油になる。表3に示すように日本だけでなくアジア、ヨーロッパでも製造されている。その地方独特の調味料として使われている。その土地を訪れて独特の味を知り、気に入ればインターネットと通販の盛んな今では、ある程度容易に入手できる。
表3 各地の魚醤油 | ||
魚 醤 油 | 国・地方 | 原 料 |
ショッツル | 秋田県 | ハタハタ、イワシ、小アジ |
イシル | 石川県 | アミ、コウナゴ、スルメイカ内臓 |
いかなご醤油 | 香川県 | イカナゴ |
鮭醤油 | 北海道 | 鮭 |
パティス | フィリピン | イワシ類、雑魚 |
テラシ | インドネシア | イワシ類 |
ナンプラ | タイ | イワシ類、雑魚 |
ニョクマム | ベトナム、カンボジア | イワシ類、小アジ類 |
ナンパー | ラオス | 淡水魚 |
ジャジャン | 中国 | エビ、アミ類 |
アンチョビ・ソース | ヨーロッパ | セグロイワシ |
塩分濃度と水分活性値
好塩性菌・耐塩性菌の発育可能な水分活性の下限値(最高塩分濃度)を表1に示したが、食品の塩分濃度と水分活性値との関係を表4に示す。
表4 食品の塩分濃度と水分活性 | ||
塩分濃度(%) | 水分活性 | 食 品 |
0〜8 | 1.00〜0.95 | 塩漬の缶詰野菜、フランクフルトソーセージ、レバーソーセージ、マーガリン、バター、低食塩ベーコン |
8〜14 | 0.95〜0.90 | プロセスチーズ、パン類、生ハム、ドライソーセージ、高食塩ベーコン |
14〜19 | 0.90〜0.80 | 熟成チェダーチーズ、ハンガリアサラミ、マーガリン |
19〜飽和 | 0.80〜0.75 | 高濃度の塩蔵魚 |
John A.Troller他、 食品と水分活性、 学会出版センター、 1981より |
塩分濃度が高くなるにつれて水分活性は低くなり、食品の保存性は高くなる。水分活性が低いと言うことは、微生物が生育に利用できる水分が少ないことを表す。
ココアでは0.4、クラッカーでは0.3となる。この表は海外のデータから抜粋したので、日本の食品には該当しない物もある。例えば日本ではこのような高塩分濃度のパン類はなかろう。
有害な耐・好塩性菌も
天日塩には1g当たり105〜108個の赤色高度好塩菌がおり、貯蔵条件によっては塩中に数ヶ月ないし数年も生存し、湿度の高い所では増殖するので乾燥条件下で貯蔵が望ましい。
この天日塩に由来して塩蔵食品が赤く着色することがある。例えば塩蔵魚では湿度、温度、通気などの条件が適当であれば増殖して赤いスポットを生ずるだけでなく、赤い粘着性の物質が魚を包むようになり、魚肉が軟化して吐気を催す不快臭を発し、腐敗を起こして塩蔵魚産業に大きな損害を与えることがあるという。
せんごう塩や岩塩には好塩菌は存在しないが、貯蔵中や使用中に汚染されることがあるので、取り扱いに注意すべきである。
食中毒を起こす細菌には多くの種類がある。例えば、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌、サルモネラ、病原性大腸菌、ボツリヌス菌等である。本書では好塩細菌として腸炎ビブリオを、耐塩細菌としてブドウ球菌を取り上げて詳しく紹介している。
腸炎ビブリオが発見されたのは昭和25年に関西でシラス食中毒事件が起こり、20名の死者を出した時の原因追求で明らかにされたとのことである。その後も魚介類およびその二次製品で毎年数百件の食中毒が起こり、死者も出てきた。
ブドウ球菌では黄色ブドウ球菌が作り出す毒素によって起こる食中毒である。食中毒事例から原因食品として最も多いのは“にぎりめし”であり、“いなりずし”、カスタードクリームを使った“洋菓子”、“きなこ”、“すあま”、および煮豆を原料とした“和菓子”、“ポテトサラダ”、“コロッケ”、ハム・スキムレスソーセージなどの肉類練製品などであるという。これらは身近な食品であり、食品衛生の上から十分に注意して購入、貯蔵、消費するように心掛けなければならない。
◇ ◇ ◇
以上、好塩性菌、耐塩性菌の多様性による食品産業への利用と食品衛生上の注意点を述べた。