たばこ塩産業 塩事業版 1999.10.25
塩なんでもQ&A
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
天日塩の中に好塩性微生物?
先日、ちょっと気になる話を耳にしました。塩が昔から食品の保存用に使われてきたのは、塩が雑菌の繁殖を抑えるからと思っていたのに、細菌やバクテリアの中には、好塩性微生物といって、かなり高濃度の塩分環境でも生育できるものがいるそうですね。しかもそれらは、今、なにかと人気の高い天日塩の中に生息していることが多いのだとか(イオン交換膜製塩法の塩は、イオン交換膜がフィルターの役目をして好塩性微生物を通さないので、微生物はいないとの話でした)。考えてみれば、味噌や醤油の製造も微生物の働きを利用したものであり、安全なものなのでしょうが、この好塩性微生物とはどんな性質を持っているのでしょうか?また、危険性はないのですか? (塩元売会社)
私達が考えられないような過酷な環境でも生息している微生物がいます。例えば深い海の底には地球の中から熱いガスがもくもくと吹き出している所があります。地表でもたちどころに火傷をしてしまうような熱い温泉の湧き出ている所があります。そのような所でも微生物は生息しています。ですから塩分濃度の非常に濃い環境でも好んで生育する微生物がいてもおかしくないのです。実際にいるそのような微生物を好塩性微生物といいます。好塩性微生物は人間の食生活に関わっていることが多いのです。
増殖する特殊な微生物
通常、微生物は塩分濃度の高いところでは生育できません。キュウリの塩もみでキュウリから水分が引き出されるように、塩には水分を引き出す脱水作用があるからです。
塩によって微生物細胞内の水分は引き出され、微生物は死んでしまうからです。
塩の濃さによって脱水作用は異なり、塩分濃度が高いほど脱水作用は強くなります。しかし、微生物の中には塩による脱水作用を受けないで、濃い塩分濃度の状況下でも増殖する微生物がいます。
このような微生物を好塩性微生物と言います。好塩性微生物はむしろ塩分がないと増殖しないという特殊な微生物です。このような微生物は細胞内に高い濃度のカリウムを保持しており、細胞外のナトリウム濃度と浸透圧をバランスさせていますから、脱水作用も受けず生きていけるのです。
3種類の微生物
微生物には細菌、酵母菌、カビといった種類があります。細菌では、生育するのに最適な塩分濃度の濃さによって高度好塩菌(20%以上の塩分濃度で生育が最適)、中等度好塩菌(5-18%の塩分濃度で生育が最適)、微好塩菌(1.5-5%の塩分濃度で生育が最適)、耐塩菌(10%までの塩分濃度で生育できる)に分けられます。酵母菌やカビでも同様に好塩性の種類がありますが、発酵食品に利用されるもの以外は細菌ほど研究されていなようです。
防腐剤として古い歴史
塩の防腐作用は、前に述べたように塩の脱水作用による微生物の生育抑制や死滅作用によるものです。 その効果の強さを水分活性という言葉で表します。水分活性値は真水を1として、値が小さくなるほど塩分濃度が高くなることを表しており、26%の飽和食塩水の水分活性値は0.7位になります。塩分濃度が高いほど微生物が育ちにくくなるので防腐作用が強くなるというわけです。
水分活性値を小さくする作用は砂糖にもありますので、砂糖漬けで防腐効果を持たせている食品があります。しかし、砂糖で塩と同じ水分活性値を得るには塩よりも沢山使わなければなりません。防腐剤としての歴史は塩の方がずっと古く、塩よりも価格が高いし、砂糖漬けが副食になることも少ないので、防腐作用といえば塩を思い出すのでしょう。(本紙「塩と食中毒菌」1997.10.25参照)
繁殖しない限り問題なし
塩の中には当然、好塩性微生物がいます。
特に天日塩は塩田で作られますので、微生物が育つのに必要な水分、栄養分があり温度も高いので、塩田は好塩性微生物が繁殖するのに適した環境にあります。したがって時には塩田が好塩性微生物の色によって赤くなることがあります。
しかし、天日塩は収穫された後で洗浄されますので、よほどのことがない限り塩に色が着くことはありませんが、産地によっては輸入された塩にうすく色が着いていたこともありました。
イオン交換膜法で作られる国内の塩は、微生物が通れない膜によって塩が濃縮されますし、その後の加熱によって微生物は死滅しますので、微生物は入っていないと考えられます。しかし、製塩工程は無菌状態で管理されているわけではありませんし、包装工程は解放ですので、空気中に浮遊している微生物が塩の中に入ってきます。
でも繁殖できる環境ではありませんので全く心配しなくてもよいのです。
私たちは微生物が沢山浮遊している環境の中で生活していますし、水道水にも微生物はいますが、増殖して数が多くならない限り問題になることはありません。
有害細菌の汚染に注意
好塩性微生物は通常、人体には危害を及ぼさないと考えて良いと思いますが、食中毒を起こす腸炎ビブリオ菌などがいますので気を付けなければなりません。
天日塩田で製塩するときに腸炎ビブリオ菌が繁殖することはありませんが、天日塩が貯蔵中に汚染されますと、その塩を使って食品を加工した場合には危険となる可能性はあります。
それよりも好塩性微生物で注意しなければならないのは、ワカメや魚などの塩蔵で品質を悪くし商品価値を落とすことがあることです。
塩蔵魚では赤い斑点ができたり、赤い粘着性の物質が魚を包むようになると、魚肉が軟らかくなり不快な臭いを出して腐敗しますので注意する必要があります。
加熱殺菌された天日塩を使えばそのようなことはなくなります。
耐塩性微生物には食中毒を起こす有害なものがありますので気を付けなければなりません。ブドウ球菌やサルモネラ菌です。また、ひところ食中毒で話題となった大腸菌のO-157は6%位の食塩濃度でも生育し、8.5%位でも生存できる耐塩性がありますので、塩辛い食品だからといって安心できません。食品製造や保存では有害な細菌に汚染されないように衛生面に気を付けることが大切です。
微生物数の国際規格なし
食用塩の国際規格案の中にも、塩の中の微生物数を規格に取り入れようとして検討したことがありました。
釜で煮詰めるせんごう塩では問題ありませんが、天日塩では産地によって数値は相当バラツキますし、天日塩を使ってその中の好塩性微生物によって人体が被害を被ったということはありませんので、微生物数を規格案の中に入れることは現実的ではない、ということで微生物数の規格は入っておりません。
食品の加工にも利用
塩辛い発酵食品では好塩性微生物が働いています。味噌とか醤油、塩辛とかくさやは好塩性微生物の働きによってタンパク質が分解され、それぞれ独特の香りやうま味を示す物質を作り出します。漬物も乳酸菌との働きで独特の風味を作り出します。
塩辛いチーズとしてブルーチーズがありますが、発酵した時の気泡で作られる隙間に青カビが生えているのが見られます。
耐塩性遺伝子の利用へ
耐塩性を示す大腸菌から耐塩性の遺伝子を取り出して、耐塩性機構が研究されていますが、耐塩性の微生物や植物から耐塩性遺伝子を取り出して遺伝子組み替えにより、稲や麦に耐塩性を持たせると塩害を受けなくなるので、塩性土壌でも稲や麦が栽培できるようになり、食糧の増産に役立つことから研究が続けられています。
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