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たばこ塩産業 塩事業版 2005.08.25
塩・話・解・題 5
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
塩・にがりからのミネラル摂取について
『日本人の食事摂取基準』は国民の健康を維持・増進するために、エネルギー・栄養素の摂取量の基準を示すものである。5年毎に見直し設定されており、第六次改訂の考え方を引き継ぎ、さらに前進させた『日本人の食事摂取基準(2005年版)』が公表された。2009年度まで、管理栄養士・栄養士、彼等の養成に当たる教師はこれらの数値を利用することになる。ここでは、この中でミネラルについて紹介し、塩とにがりからそれらの摂取がどれだけ期待できるか考察してみる。
各種設定指標値ではカリウム上限値も記載すべき
栄養素の設定指標値を定めるに当たり、図1に示す模式図を示している。この図は習慣的な摂取量に対して左軸の摂取量不足のリスクから右軸の過剰摂取量による健康障害のリスクまでを鍋底のような曲線で示している。その間の摂取量を表1に示す各種設定指標として定めている。ミネラルは鉱物性元素であるので数々の元素が含まれる。ところが『日本人の食事摂取基準』ではミネラルをマグネシウム、カルシウム、リンの3種類に限定し、他は電解質(ナトリウム、カリウム)とか微量元素(表2のクロムからヨウ素まで)と言い換えており、誤解を与えかねない表現になっている。それぞれ具体的な数値として年齢・性別に定められているが、ここでは成人についての4段階の年齢区分について表2に示した。
図1 食事摂取基準の各指標(推定平均必要量,推奨量,目安値,上限値)を理解するための模式図
表1 栄養素の設定指標 |
推定平均必要量 |
特定の集団を対象として測定された必要量から、性・年齢階級別に日本人の必要量の平均値を推定した。当該性・年齢階級に属する人々の50%が必要量を満たすと推定される一日の摂取量である。 |
推奨量 |
ある性・年齢階級に属する人々のほとんど(97〜98%)が1日の必要量を満たすと推定される1日の摂取量である。 |
目安量 |
推定平均必要量・推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に、ある性・年齢階級に属する人々が良好な栄養状態を維持するのに十分な量である。 |
目標量 |
生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量(または、その範囲)である。 |
上限量 |
ある性・年齢階級に属する人々のほとんどすべての人々が、過剰摂取による健康障害を起こすことのない栄養素摂取量の最大限の量である。 |
表2 ミネラル・微量元素・電解質の食事摂取基準 (男性用の値/女性用の値) |
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元 素 |
年 齢 |
推定平均必要量 |
推奨量 |
目安量 |
目標量 |
上限量 |
元素 |
推定平均必要量 |
推奨量 |
目安量 |
目標量 |
上限量 |
マグネシウム (mg/日) |
18〜29歳 |
290/230 |
340/270 |
− |
− |
−# |
銅 (mg/日) |
0.6/0.5 |
0.8/0.7 |
− |
− |
10/10 |
|
30〜49歳 |
310/230 |
370/280 |
− |
− |
−# |
|
0.6/0.6 |
0.8/0.7 |
− |
− |
10/10 |
|
50〜69歳 |
290/240 |
350/290 |
− |
− |
−# |
|
0.6/0.6 |
0.8/0.7 |
− |
− |
10/10 |
|
70歳以上 |
260/220 |
310/270 |
− |
− |
−# |
|
0.6/0.5 |
0.8/0.7 |
− |
− |
10/10 |
カルシウム (mg/日) |
18〜29歳 |
− |
− |
900/700 |
650/600 |
2,300/2,300 |
亜鉛 (mg/日) |
8/6 |
9/7 |
− |
− |
30/30 |
|
30〜49歳 |
− |
− |
650/600 |
600/600 |
2,300/2,300 |
|
8/6 |
9/7 |
− |
− |
30/30 |
|
50〜69歳 |
− |
− |
700/700 |
600/600 |
2,300/2,300 |
|
8/6 |
9/7 |
− |
− |
30/30 |
|
70歳以上 |
− |
− |
750/650 |
600/550 |
2,300/2,300 |
|
7/6 |
8/7 |
− |
− |
30/30 |
リン (mg/日) |
18〜29歳 |
− |
− |
1,050/900 |
− |
3,500/3,500 |
セレン (μg/日) |
25/20 |
30/25 |
− |
− |
450/350 |
|
30〜49歳 |
− |
− |
1,050/900 |
− |
3,500/3,500 |
|
30/20 |
35/25 |
− |
− |
450/350 |
|
50〜69歳 |
− |
− |
1,050/900 |
− |
3,500/3,500 |
|
25/20 |
30/25 |
− |
− |
450/350 |
|
70歳以上 |
− |
− |
1,000/900 |
− |
3,500/3,500 |
|
25/20 |
30/25 |
− |
− |
400/350 |
クロム (μg/日) 暫定値 |
18〜29歳 |
35/25 |
40/30 |
− |
− |
− |
ヨウ素 (μg/日) |
95/95 |
150/150 |
− |
− |
3,000/3,000 |
|
30〜49歳 |
35/25 |
40/30 |
− |
− |
− |
|
95/95 |
150/150 |
− |
− |
3,000/3,000 |
|
50〜69歳 |
30/25 |
35/30 |
− |
− |
− |
|
95/95 |
150/150 |
− |
− |
3,000/3,000 |
|
70歳以上 |
25/20 |
30/25 |
− |
− |
− |
|
95/95 |
150/150 |
− |
− |
3,000/3,000 |
モリブデン (μg/日) 暫定値 |
18〜29歳 |
20/15 |
25/20 |
− |
− |
300/240 |
ナトリウム(食塩相当量) (g/日) |
1.5/1.5 |
− |
− |
10未満/8未満 |
− |
|
30〜49歳 |
20/15 |
25/20 |
− |
− |
320/250 |
|
1.5/1.5 |
− |
− |
10未満/8未満 |
− |
|
50〜69歳 |
20/15 |
25/20 |
− |
− |
300/250 |
|
1.5/1.5 |
− |
− |
10未満/8未満 |
− |
|
70歳以上 |
20/15 |
25/20 |
− |
− |
270/230 |
|
1.5/1.5 |
− |
− |
10未満/8未満 |
− |
マンガン (mg/日) |
18〜29歳 |
− |
− |
4.0/3.5 |
− |
11/11 |
カリウム (mg/日) |
− |
− |
2,000/1,600 |
2,800/2,700** |
− |
|
30〜49歳 |
− |
− |
4.0/3.5 |
− |
11/11 |
|
− |
− |
2,000/1,600 |
2,900/2,800** |
− |
|
50〜69歳 |
− |
− |
4.0/3.5 |
− |
11/11 |
|
− |
− |
2,000/1,600 |
3,100/3,100** |
− |
|
70歳以上 |
− |
− |
4.0/3.5 |
− |
11/11 |
|
− |
− |
2,000/1,600 |
3,000/2,900** |
− |
鉄 (mg/日) |
18〜29歳 |
6.5/9.0* |
7.5/11.0* |
− |
− |
50/40 |
|
|
|
|
|
|
30〜49歳 |
6.5/9.0* |
7.5/10.5* |
− |
− |
55/40 |
注:# 通常の食品以外からの摂取量の上限量は成人 で350mg/日。 |
|
50〜69歳 |
6.0/9.0* |
7.5/10.5* |
− |
− |
50/45 |
* 女性の場合は月経あり |
|
70歳以上 |
5.5/9.0* |
6.5/10.5* |
− |
− |
45/40 |
** 高血圧の予防を目的としたカリウム量 |
表1では上限値を過剰摂取による健康障害を起こすことのない栄養摂取量の最大限の量としている。しかし、過剰摂取により健康障害を起こす恐れのあるカリウムについては表2で上限値が設定されていない。食塩代替物としてカリウムが50%入った塩が販売されている。この塩の危険性については本紙1999年5月版で述べ、危険な表示がしてあったことから、表示の変遷について2005年4月版で述べた。現在では危険性を回避した表示となっている。このようなことからカリウムの上限値を記載すべきであると考える。
「日本人の食事摂取基準」より
「ミネラル豊富」も数桁違いの少量しか期待できず
塩からのミネラル摂取量については本紙1986年4月版、1998年7月版で、ナトリウム以外のミネラル摂取量は到底期待できないことを述べた。その後、塩の専売制度が廃止になり、海水を濃縮して製造した様々な塩が販売されるようになった。特にミネラル豊富をキャッチフレーズにした海水を瞬間的に蒸発濃縮させて乾固した製品が市場に出てきた。それらを含めて塩10 gからの微量ミネラルの摂取量を表3に示した。
表3 塩10 g からのミネラル摂取量 |
ミネラル |
銘 柄 ま た は 塩 種# |
|
|
食 塩 |
平釜塩*1 |
海水乾燥塩*2 |
ナトリウム g |
3.9 |
3.35 |
2.86 |
マグネシウム mg |
1.5 |
71 |
321 |
カルシウム mg |
2.2 |
66.8 |
44 |
カリウム mg |
8.8 |
26 |
105 |
クロム μg |
- |
1 |
26.8 |
モリブデン μg |
|
|
マンガン μg |
- |
0.65 |
17.9 |
鉄 μg |
- |
19.4 |
123 |
銅 μg |
- |
0.85 |
5.18 |
亜鉛 μg |
- |
2.93 |
159 |
セレン μg |
|
|
ヨウ素 μg |
|
|
# 新野らの資料(調科誌、Vol.36,305(2003))から数点の |
平均値。空欄は分析値なし。 |
*1 海水を蒸発させて得られた製品。 |
*2 海水を瞬間的に蒸発乾燥させた製品。 |
厚生労働省が毎年発表している食塩摂取量は12-13
g/日である。これは食べた食事中のすべてのナトリウムを食塩換算した値であり、そのうち調味料として家庭で使われる塩は約10%である(本紙1993年9月版)から、表3の数値を1/10にした摂取量と表2の数値を比較して評価しなければならない。
その結果、海水をそのまま乾燥した塩といえども、せいぜいマグネシウムで推奨量の10%程度で、他の成分になると数桁違いに少ない量しか期待できないことが判る。
にがりからのミネラル摂取量についてはどうであろうか?これについても既に本紙1999年9月版と2003年11月版で検討し、マグネシウム、カリウムについてはミネラル・サプリメントとしての効果があることを述べた。
しかし、微量成分のミネラルについては検討していない。にがり1ml中からの微量ミネラル摂取量について表4に示した。表には海水濃縮からの計算値と市販されている商品の分析値からの摂取量を示した。表2の数値と比較すると、いずれのミネラルも数桁低い摂取量にしかならず、到底期待できないことが判る。
表4 にがり中の濃度と微量元素摂取量 |
ミネラル |
濃 度 |
にがり1mlからの摂取量 |
|
海水* |
にがり# |
にがり# |
市販にがり## |
|
(mg/l) |
(mg/l) |
μg |
μg |
クロム |
3×10-4 |
1.05×10-2 |
1.05×10-2 |
モリブデン |
1×10-2 |
0.35 |
0.35 |
0.082-0.39 |
マンガン |
3×10-5 |
1.05×10-3 |
1.05×10-3 |
0.0004-0.28 |
鉄 |
5.5×10-5 |
1.93×10-3 |
1.93×10-3 |
<5-0.27 |
銅 |
1×10-4 |
0.35×10-2 |
0.35×10-2 |
0.012-3.5 |
亜鉛 |
5×10-4 |
1.75×10-2 |
1.75×10-2 |
0.085-9.2 |
セレン |
2×10-4 |
0.7×10-2 |
7.0×10-2 |
ヨウ素 |
6×10-2 |
2.10 |
2.10 |
* Seawater: Its Composition, Properties and Behaviour, Second Ed., P.86 |
The Open University (2002) |
# 海水の35倍濃度とした計算値
##芳賀らの資料(調科誌、Vol.38 281 (2005))。空欄は分析値なし。 |
数値は比重で補正されていない。 |
市販にがりの数値には大きな幅がある。これは、にがり製品とはいえ、にがりの領域まで濃縮されていない製品が多いからである。この件に関しては本紙2004年7月版で紹介した結果と同じであった。
にがりでマグネシウム、カリウムが「ある程度」
以上、厚生労働省がこれからの食生活目標として新しく発表した『日本人の食事摂取基準』におけるミネラル摂取基準について紹介し、塩やにがりから摂取することがどれだけ期待できるかを検討した結果、塩では期待できず、にがりではマグネシウム、カリウムについてある程度期待できるだけで、他のミネラルについては期待できないことが判った。
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