海外メディアが報道する減塩論争の最新動向
はじめに
確たる根拠のない中で1977年にアメリカが塩摂取量8 g/d(5g+天然食材からの3g)を決めてから40年間が経過した。日本では2年後の1979年に10g/dが設定され、30年ぶりに引き下げられ、現在では男性8.0 g/d、女性7.0 g/dとなっている。この間、全ての人々に一律に勧める減塩政策に疑問を持ち、減塩推進派と反対派の学者が論争しており、無害と考えられてきた減塩が有害であるとの研究が発表されて以来、論争はますます激しくなってきた。この様子は日本のメディアでは流されないが、海外メディアでは減塩の危険性や論争の内容が報道される。
最初に塩が生命維持のために果たす生理学的役割を述べ、その塩が悪者にされて減塩政策が勧められてきたが、減塩に危険性があることが分かり、減塩政策に対する論争が始まった。それを海外メディアは報道し、減塩推進の必要はなく、全ての死因を含めて一番死亡率が低いのは現状の塩摂取量(6.7-12.6 g/d)であり、それよりも低くても高くても死亡率は高くなるとの研究報告まで出てくるようになってきた。
塩の生理学的役割
塩(NaCl)にはナトリウム・イオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)に下記の生理学的役割があるため、塩は生命の維持に不可欠な物質となる。
1.細胞外液の浸透圧を維持:ナトリウム・イオン濃度は腎臓により一定に維持される
2.体液のpHを7.35-7.45に維持:炭酸水素ナトリウムの緩衝作用で酸・塩基平衡
呼吸による酸素の炭酸ガス化で体液が酸性になることを重炭酸ナトリウム(NaHCO3)の緩衝作用で体液のpHを一定範囲に維持し、病態化を避ける。
3. 消化液の成分:胃液の成分は塩酸。NaClが主成分の消化液。
4. 栄養素の吸収にナトリウムが必要:ブドウ糖、アミノ酸の吸収。
5. 神経伝達にナトリウムが必要
塩を悪者にした減塩政策の始まりとそれに反する根拠が出現してきた経過
1.1960年にダールの疫学調査結果により高血圧症の原因物質として塩が疑われた。
下記の図は表の中の幅広い塩摂取量の平均値と高血圧発症率との関係をプロットしたものであるが、データの出所が不明である。再掲載論文によると聞き取りの数値もある。つまり、図では塩摂取量と高血圧発症率は非常に高い相関関係を窺わせるが、全く信頼性はない。しかし、この図から食仮説を立て、ラットでそれを証明する過程で塩感受性が明らかにされた。つまり、減塩で血圧が下がるのは塩感受性ラットだけであった。
2.1977年にアメリカの議会で塩摂取量8 g/d(添加5g +自然3g)を決定。減塩運動のきっかけとなる。
3.1979年に日本で塩の目標摂取量10 g/dを設定。
4.1980年にアメリカ医学会誌で塩感受性ラットの現象は人でも当てはまることを発表。
塩感受性の人は30%、高血圧者では50%と言われている。つまり、減塩しても半数は血圧低下を示さない。
5.1980年版の「アメリカ人の食事ガイドライン」で初めて多過ぎるナトリウム(塩)摂取量を避けるために5点の注書きを加えた。全ての人に減塩を勧める運動が始まった。具体的な数値を設定したのは2005年版から。
アメリカ人の食事ガイドライン (塩摂取量) |
|
年 |
記 述 |
1980年版 |
多過ぎるナトリウムを避ける:5点の注書き |
1985年版 |
多過ぎるナトリウムを避ける:7点の注書き |
1990年版 |
塩とナトリウムの使用をほどほどに:4点の注書き |
1995年版 |
塩とナトリウムがほどほどの食事を選ぶ:4点の注書き |
2000年版 |
少ない塩含有量の食品を選び、調製する |
2005年版 |
5.8 g/d、高血圧者、黒人、中年者、老人は3.8 g/d |
2010年版 |
塩摂取量 5.8 g/d以下、51歳以上とアフリカ系アメリカ人、高血圧者、 糖尿病者、慢性腎臓疾患者は3.8 g/d |
2015年版 |
塩摂取量 5.8 g/d以下 |
6.1982年にアメリカのTIME誌にカバー・ストーリーとして「塩:新たな悪者?」が掲載された。内容は塩を悪者にしている保健政策に対して疑問を呈している。
7.1987年の「慢性疾患誌」で正常血圧者の減塩に対する血圧応答が示され、減塩によって血圧が下がる人はいるが、逆に上がる人もおり、変化しない人が一番多かったことが発表された。この時には減塩が有害である人もいることは強調されなかった。その結果、2年後に同じグループの研究者が高血圧者でも同じであることを発表した。
8.1988年のBMJ誌に統一された厳密な方法論で32ヶ国、52ヶ所における1万人以上の被験者によるインターソルト・スタディの結果が発表され、塩摂取量と高血圧発症率との関係は弱いことが分かった。下図で左下4点のプロットは無塩文化の原始社会。
9.1990年にフランスの雑誌「Science et Vie(科学と生命)」で記事「高血圧:減塩療法に別れを告げよう」を発表。高血圧にとって塩分は悪者だろうか?適量の塩分であれば、害はないことは証明されているのに、医者も保健所も一般の人々も塩を悪者と決めつけている、と批判している。風刺漫画を挿入しながら、「減塩運動という振り上げた拳を笑いものにされないで降ろすにはどうすればいいのか」とアメリカ心臓研究所栄養部長の言を引用している。
10.1991年にイギリスの「食品・栄養政策の医学面に関する委員会(COMA)」で塩摂取量4 g/dを参考摂取量として設定し、減塩運動を推進。
11.1992年のアメリカ高血圧学会誌で42ページにわたる「塩と血圧に関する総合レビュー」が発表され、塩摂取量と血圧との関係はまだ完全には解明されていないとした。
12.1995年にアメリカの「高血圧」雑誌で減塩は高血圧治療中男性で心筋梗塞の危険性増大と関係していると発表。
13.1996年にイギリスでCOMAを引き継いで「塩と健康に関するコンセンサス活動(CASH)」が始まり、塩摂取量6 g/dを設定し、減塩運動を推進。
14.1998年にアメリカの科学雑誌Scienceでガリー・トーブスは論文「(政治的な)塩の科学」で全ての人に減塩を勧める科学的根拠がないことを指摘。
15.2005年に国際的に塩摂取量5 g/dを勧める減塩運動を進める組織「塩と健康に関する国際活動(WASH)」を設立。95ヶ国から527人が参加。日本からは13人の学者が参加。会長はWASHの会長を兼務しているグラハム・マッグレガー。
16.2010年に「アメリカ人の食事ガイドライン」で塩摂取量 5.8 g/d以下、51歳以上とアフリカ系アメリカ人、高血圧者、糖尿病者、慢性腎臓疾患者は3.8 g/dを設定。
17.2012年にWHOが塩摂取量5 g/d以下を設定。
18.2012年にニューヨーク・タイムズのオピニオン・ページでガリー・トーブスは論文「塩、我々は皆さんを誤らせた」を寄稿。全ての人々への減塩根拠の仮説を事実に昇格。
19.2013年に全米科学アカデミー医学研究所は減塩のメリットは科学的に必ずしも確立されておらず、3.8 g/dまで減塩することは有害となる可能性があると発表。
20.2014年にアメリカ高血圧学会誌で全死因による死亡率と心血管疾患罹患率から見て現状の塩摂取量(6.7 – 12.6 g/d)が一番適正と発表。
以上の経過から、全ての人に一律に減塩を強いる保健政策には科学的根拠がないにもかかわらず、実際には盛んに減塩運動が勧められ、現在でも続けられていることが分かる。
海外マスメディアが報ずる減塩運動に懸念・警告または反対する記事
海外では減塩を勧める記事が報道されるとともに、減塩の危険性を指摘する学術的根拠が発表されると、それを受けて一律に減塩を勧める保健政策に警告を発し、反対する記事も報道され、読者が減塩政策に対する善悪を判断できる情報を提供している。
新聞記事
〇 New York Times
2011.05.03 減塩食は無効と研究で判明 多くの矛盾
2012.06.03 塩、我々は皆さんを誤らせた
2013.05.14 減塩についての疑い 医学研究所発表に対する論説委員の意見
2013.05.14 減塩には利益がない 医学研究所発表に対するタイムズ記者の寄稿
2016.05.25 低塩食は心臓に悪いかもしれない
週刊誌記事
〇 TIME
2014.06.18 食品医薬品局は減塩を望む これは良いことか?
2014.09.10 塩は高血圧の原因にはならない?と新しい研究は言う
2015.01.19 老人はこれまで考えていたよりも多くの塩を食べても良いかもしれない
科学雑誌記事
〇 Science
1998年5月 (政治的な)塩の科学
2000年8月 塩論争におけるデータのDASH(Dietary Approach to Stop Hypertension)食
〇 Scientific American
2011年7月 塩戦争を終える時
2011年7月 激しく論争続く塩戦争
ニュースレターやウェブサイトの記事
〇 Medscape 〇 Medical News Today(MNT) 〇 MEDPAGE TODAY
〇 MedicalXpress 〇 LiveScience 〇 Clinical Advisor など