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資料                                    2014.5.21

於:飯田橋レインボービル

いま求められる減塩政策の見直し

はじめに

 生命の維持に不可欠な塩がどうして悪者にされるようになったのだろうか?塩そのものは悪いわけではなく、摂り過ぎが悪いと言うわけだ。本当であろうか?確かに取り過ぎが体に悪い影響を及ぼす人はいるが、その比率は少ない。どうして少ない人と同じような食生活をしなければならないのだろうか?人が必要としている摂取量に比べてその何倍も多く摂取する必要はない。したがって、予防医学的に取り過ぎを減らせというわけだ。減らせば効果はあるのだろうか?効果がある人もいるが、大半はない人で、逆に悪い効果を示す人もいる。それにもかかわらず保健政策は減塩指導一点張りだ。このような情況が是か非か。減塩政策についてはエビデンスに基づいて個別の対応策を判断できる情報を提供するよう見直してもらいたい。

 

1.どうして塩が悪者にされ、減塩政策が始まったのだろうか?

雑誌「Time」の1982515日号のカバー・ストーリーとして「塩:新たな悪者か?」という記事が掲載された。この背景には1960年に発表されたダールの疫学調査の結果がある1)。それは下図に示すように極めて分かり易い結果であった。しかし、今ではこの結果を導き出した条件が不確定で、同一でなかったため信頼されていない。


この図からダールは、塩が高血圧を発症させる原因となっている物質に違いないと塩仮説を立てて、それを証明しようとラットに塩を与えて高血圧を発症させようとした。しかし、高血圧を発症させるラットといくら塩を与えても高血圧にならないラットがいることを発見した。つまり仮説は証明されなかった。しかし、学術的には仮説でも、保健政策上は確定的と考えて、塩を悪者とする保健政策が取られるようになった。

 この図から、減塩すれば血圧は下がるはずだと言う減塩神話が生まれた。1969年には生涯にわたる高い塩摂取量と高血圧発症との関係が食品栄養と健康に関するホワイトハウス会議で注目されるようになった。アメリカで減塩に向けての努力が始まった。1972年には消費者に対しての減塩教育が始まり、1977年には塩の目標摂取量を1日当たり5 gに加えて3 gが自然に食品素材から入ってくるとして8 g/dに定めて、本格的な減塩政策が始まった。

 なお、アメリカの保健政策を参考にして日本でも減塩運動が始まり、塩の適正摂取量が定められたのは1979年のことであった。この時、日本の食生活を勘案して、とてもアメリカなみには塩摂取量を下げられないので、とりあえず10 g/dが設定され、30年ぶりに目標摂取量として男子9 g、女子7.5 gに下げられた。

 

2.減塩すれば誰でも血圧は下がるのだろうか?

 ダールの塩仮説を証明しようとしたラットの実験で減塩すれば血圧が下がる塩感受性ラットと、いくら塩を食べさせても血圧が上がらない塩抵抗性ラットがいることを明らかにした。その後、岡本らは自然に高血圧を発症させるラットがいることを発表し、高血圧が遺伝性の疾患であることが分かった。さらに高血圧になった上で必ず脳卒中を引き起こすラットがいることも示した。塩感受性や塩抵抗性はヒトでも当てはまることを川崎は示した。下図は川崎の後で藤田が具体的に示した試験結果である2)


塩と高血圧に関する研究経過を下表に示す。

 ここで塩感受性が問題となった。塩感受性の定義については下表に示すように研究者によって異なっている。一般的には10%以上の血圧低下を示す場合に塩感受性があるとしている。塩感受性の比率もバラバラであるが、50%以下のように見える。さらに塩感受性になり易い要因としても下表のように整理されている3)




 以上のことから、減塩で血圧が下がるのは塩感受性の人だけであり、半数以下の人だけしか下がらないと言える。ここで問題は塩感受性を簡便に判断する方法がないことである。

 ダールの疫学調査のデータについては同じ条件による結果ではなく、また、その後行われた多くの疫学調査でも収集データの条件がバラバラであったことから、得られた結果にも再現性がなかった。この問題を解決するために同一の条件で多数の被験者からデータを採取して整理すれば、必ず塩と高血圧との関係が明らかにできるはずだと考えて行われた国際的な疫学調査をインターソルト・スタディと称し、32か国、52か所で1か所200人程度、延べ10,079人で行った結果を下図に示す4)。この図で無塩文化グループとはブラジルのヤノマモ・インディアンのように塩を摂取しないで生活する文化を持っているグループだ。

 このグループ(伝統社会)を除いた場合と全体の場合で塩と血圧との相関係数を田中は整理して下表に示している。相関係数は高くなく、無塩文化グループを除くと(Bの場合)負の相関係数になっていることが多い。つまり、塩摂取量が多いほど高血圧発症率は低くなることを表している。厳密な試験条件で行った結果が上図のように大きくバラついていることから、ダールが示した結果が如何にでたらめであったかが分かる。


3.減塩に対して血圧はどのように応答するのであろうか? 

 減塩に対する血圧の変化は血圧応答という形で下図に示すように現れた5)

 この図によると、減塩に対して高血圧者は正常血圧よりも減塩の効果が高いが、曲線の形としては類似しており、減塩に対して血圧応答は正規分布を示している。減塩に対して多くの人は血圧に変化はなく、血圧が下がる人と同程度に逆に血圧が上がる人がいることを示している。減塩に対してこのような応答は子供に対する試験でも示されている。減塩で血圧が上昇する人にとって減塩は危険な行為であることになる。

 

4.減塩には危険性はないのだろうか? 

 減塩に対する危険性については、前節で述べたように減塩に伴って血圧が上昇する人が

いること以外に、下図に示すように心筋梗塞の罹患率が高くなると言う報告がある6)

 日本では厚生労働省が毎年発表している塩摂取量と人口動態統計特殊報告の疾患死亡率を組み合わせて表すと下図のようになり、塩摂取量の増加に伴って脳血管疾患、脳出血の死亡率は増加している7)

しかしながら、塩摂取量と患者調査による各疾患の入院患者と外来患者を組み合わせると下図8)のようになり、塩摂取量とは関係ない姿が現れてきた。死亡の死因は診断書によって決まり、疾患との関係は曖昧なところがある。診療中の疾患は現に治療中の疾患であるので精度が高い。データが古いのは厚生労働省が地域別に発表していた塩摂取量のデータを発表しなくなり、整理できなくなったためである。

 1990年、1993年について5歳刻みの年齢別に整理してみると次の図9)のように塩摂取量の増加に伴って入院、外来の患者数は減っている傾向になっている。つまり減塩すると脳血管疾患疾患の患者数が増加する傾向に見え、減塩は危険かもしれないことを示している。

一般的には減塩による美味しくない食事では食欲がわかず、重要な栄養素を十分に摂取

できない、という考え方がある。美味しい食事を楽しく食べることにより、重要な栄養素も摂れ、免疫力も増加するものと考えている。睡眠パターンに異常が現れ、睡眠障害が起こる。熱中症を起こしやすく、熱中症や発熱に対する抵抗力も弱くなる。ラットでは妊娠中の胎児の発育が悪くなる。加工食品では減塩のために保存性が悪くなることを避けるために防腐剤、保存剤などの食品添加物が加えられ、それらによる危険性もある。

最近では、51歳以上の老人、アフリカ系アメリカ人(黒人)、高血圧者、糖尿病患者、慢性腎臓疾患患者では心臓血管疾患死亡率が高くなるとの報告がある10)

減塩手段の一つとして塩代替物を用いることがある。塩代替物としては塩化ナトリウム()と塩化カリウムを半々に混ぜた商品がある。欧米の高血圧専門家は減塩のためにこの商品を使うべきではなく、野菜や果物を多く食べて、カリウムを摂取するように勧めている。この商品はアメリカで開発され、健常者が医師の監督下で使用するように注意書きがされており、さらに利尿剤を使用している人は使ってはいけないとオーストラリアの商品には記載されている。ところが日本の製品では「健康な方の健康管理用に、又医師に食塩摂取制限を指示されている方(高血圧、全身性浮腫、心臓・腎臓疾患、妊婦、肥満体など)におすすめする減塩です」とまったく反対のことが記載されている。非常に危険なことだ。

 多くの塩化カリウムを摂取すると、血液中の低いカリウム濃度が高くなり、高カリウム血症となって心臓を停止させる。動物の薬殺に塩化カリウム注射を用いるほどである。阪神大震災でクラッシュ症候群による死亡が話題になった。家具や柱に挟まれて血液循環が止まっていた人が助け出されると、押し潰された(クラッシュされた)細胞内のカリウムが血液中に入り、高カリウム血症となって循環が再開され心臓に到達すると元気な人が心臓停止を起こして死んでしまう事例が多く発生した。以後、このようなケースで救出した時には心臓停止を防ぐ緊急処置をするようになった。

 

5.減塩にはどれくらいの効果があるのだろうか?

 マスメディアは減塩すれば血圧が下がると喧伝するので、厚生労働省の減塩政策に従って一律に減塩しようとの意識を持たされており、減塩すると血圧が下がると思っている人々が多いのではなかろうか。これまでに述べたことから減塩しても血圧が下がらない場合があることを認識したことだろう。多くの学者達も減塩すれば血圧が下がると思い、減塩試験を行ってきた。13件の研究結果をまとめた結果を下表に示す11)。試験条件がまちまちであるが、減塩の有意性を確認した事例は13件中3件しかない。この表で100 mmolNa摂取量は5.8 gの塩摂取量に当たる。減塩により血圧がどの程度下がるか見当付けられよう。試験後の血圧低下値は平均値であるから、もっと大きく下がる人もいる。被験者の中にどれだけ多くの塩感受性者がいるかによってこの平均値は変わってくるが、その条件は明らかにされていない。ともかく減塩してもそれほど大きく血圧は下がらないといえる。

 

6.高血圧予防食とはどんな食事で、その血圧低下効果は?

 海外では減塩がなかなか進まないことから高血圧予防食(DASH)が推奨されている12)。これは果物や野菜(カリウム摂取量の増加につながる)と低脂肪乳製品(カルシウム摂取量の増加につながる)を多く食べる食事で、これにより高血圧発症を予防しようとするもの。下図に示すように、減塩食であるコントロール食よりも果物野菜食で血圧低下が大きく、両方を組み合わせると一層大きな血圧低下効果を期待できる。


7.海外の減塩政策はどのようになっているか?

 海外で減塩政策を始めたのはアメリカが一番早く、1から2ページにかけて書いてある経緯で減塩政策が始まった。しかし、国民の塩摂取量は下図に示すように50年間変わっていない。

 国際食品情報会議(IFIC)は塩摂取量に関する消費者の意識調査を行った。それによると減塩政策に対するアメリカ人の関心度は下表に示す通りで、塩摂取量に関しては半数以上が関心を持っていない。

 

表1 塩摂取量の関心度 (%)

 

2009年 n=1005

2011  n=1003

非常に関心が強い

11

9

多少関心がある

30

33

あまり関心がない

18

18

関心がない

23

23

まったく関心がない

19

18

IFIC, Consumer Sodium Research 2011

 

 塩摂取量に対して関心が薄く、さらに減塩に対しては現在どのような行動を取っているかを聞いた結果は次の表に示すように、全体的には減塩してない人が過半数である。しかし、45歳以上の高齢者ではほぼ半数以上が減塩を試みている。

 

表8 塩摂取量に対する現在の行動 (%) 2011年調査

 

年             齢

全体

 

18-24

25-34

35-44

45-54

55-64

65-74

75歳以上

被験者数

137

184

196

200

154

90

42

1003

減塩していない

29

26

31

18

13

33

16

24

減塩に関心ない

15

10

13

13

8

10

6

11

減塩に関心あるがまだ始めていない

24

26

22

16

14

7

13

18

減塩したことあるが今はしていない

7

6

5

4

1

1

2

4

現在、減塩を試みている

24

32

30

50

63

49

63

42

IFIC, Consumer Sodium Research 2011

 

 イギリスは2003年の9.5 gから2010年に6 gに下げた。EUのヨーロッパ委員会は減塩政策を進めるためにEU諸国の減塩政策に対する取り組みを調査し、2008年に草案を発表した13)。それによると1日当たり58 gを推奨量としている国が多いが、スェーデンが2007年より減塩5ヵ年計画を実行中であるくらいで、具体的な減塩政策を実行しているまでには至っていない。

 

8.減塩政策を見直押そうとしている国はあるか?

減塩政策はアメリカで一番古くから始まっており、ヨーロッパではこれからという段階である。アメリカでは減塩政策の笛を吹けども50年間国民は踊らず、そんな中で全米科学アカデミーの医学研究所は20135月に報告書「集団のナトリウム摂取量 実態調査」10)を発表した。専門委員会の委員長はプレスリリースで「新しい研究は一般の人々で5.8 g/d以下の減塩を支持しておらず、3.8 g/dの厳しい制限値に従うように勧告されている51歳以上の人々、アフリカ系アメリカ人、高血圧、糖尿病、慢性腎臓疾患を患っている人々(合わせるとアメリカの人口の50%以上を占める)では危険性が増加するかもしれない」と述べたことから、医学専門誌で健康に及ぼす減塩の影響について論争され、マスメディアでも減塩の危険性を論じる寄稿が見られるようになった。このことから2015年に改訂された「アメリカ人の食事ガイドライン」では目標値を見直される可能性がある。

以上の情報は日本では流されていない。一律の減塩を強いるのではなく、個人の体質に合わせて減塩を勧める保健政策を採ってもらいたい。

 

引用文献

1)    Dahl LK: Possible role of salt intake in the development of essential hypertension. In: Essential Hypertension, An International Symposium, edited by Cottier P and Bock KD, Springer-Verlag, 1960, p.53

2)    Fujita Toshiro et al., Factors Influencing Blood Pressure in Salt-Sensitive Patients with Hypertension. Am J Med, 1980;69:334

3)    橋本壽夫、塩と健康 (1) 塩は高血圧に関係しているか? 海水誌、1999;53:356

4)    橋本壽夫、ibid

5)    Weinberger MH, et al., Genetic aspects of blood pressure sensitivity to sodium. In Salt and Hypertension, Edited by Rettig R. et al., Springer-Verlag, 1989, p.121

6)    Alderman MH. et al., Low urinary sodium is associated with greater risk of myocardial infarction among treated hypertension men. Hypertension, 1995;25:1144

7)    橋本壽夫、その後の食事摂取量と疾患死亡率および受療率との関係(2)、塩と健康の科学、塩事業センター技術部、1998, p.125

8)    橋本壽夫、食塩摂取量と脳血管疾患患者数、ibid, p.135

9)    橋本壽夫、食塩摂取量と脳血管疾患とは関係なさそう、ibid, 138

10) Institute of medicine of the national academies, Sodium Intake in Populations, 2013

11) Grobbee DE and Hofman A., Does sodium restriction lower blood pressure? BMJ, 1986;293:27

12) National Institute of Health, NIH Publication No. 06-4082, Your guide to lowering your blood pressure with DASH, 2006

13) European Commission, Collated information on salt reduction in the EU, 2008

 

付属資料

ホームページ「橋本壽夫の塩の世界」(http://www.geocities.jp/t_hashimotoodawara/)の中で減塩に関する記事は下記の通りです。

雑誌記事

減塩の効果と危険性

減塩の遵守性

減塩に降圧効果はあるのか?また減塩は可能であり、危険性はないか? 

新聞記事

減塩の効果と危険性

減塩風潮に疑問を持つ人びと (1)

減塩風潮に疑問を持つ人びと (2)

減塩風潮に疑問を持つ人びと (3)

減塩で高血圧症、脳血管疾患死亡率は減少したか

減塩に危険性はないか

減塩教育の一例とその実態

介入試験(1)高血圧者の減塩または増塩効果

介入試験(2)正常血圧者の減塩効果

介入試験(3)集団社会単位の減塩介入

減塩の危険性(1)

減塩の危険性(2)

減塩運動の見直し論

減塩懐疑論者の意見(1)

減塩懐疑論者の意見(2)

高血圧と減塩について

アメリカ人の食事ガイドラインにおける塩摂取量と摂取量調査 減塩政策の効果あがらず

減塩の効果はあるのか?

減塩推進を巡る論争(1) 反減塩推進論者の主張

減塩推進を巡る論争(2) 減塩推進論者の主張

減塩推進を巡る論争(3) 第三者の意見とオルダーマンの反論

愛の神アフロディテと減塩の問題点

ニューヨーク市長の減塩政策

英国・減塩政策に異議の声

食生活脅かす減塩政策

EU 様々な減塩政策

米国 進まぬ減塩

減塩食品用調味料について

塩に関する海外マスメディアの報道 ①「消費者に誤った判断」-減塩政策に異議!

塩に関する海外マスメディアの報道 ②塩を振り掛けるべきか否か

塩に関する海外マスメディアの報道 ③減塩政策巡り論争勃発

進化する特殊製法塩

塩に関する海外マスメディアの報道 ④減塩するとなぜ危険なの

どうして海の水は塩からいの?

塩に関する海外マスメディアの報道 ⑤豪州減塩政策に警告

塩に関する海外マスメディアの報道 ⑥降圧薬処方の現状と課題

塩に関する海外マスメディアの報道 ⑦厳しい減塩には利益なし

米国の高血圧予防策 減塩による血圧低下は限定的

塩は味方か敵か 米国医学研究所の減塩推進政策と論戦

減塩に関する正しい情報を

アメリカ人の減塩への意識 大半が関心を示さず摂取量変化乏しく