戻る

保健の科学 第35巻 第8  580-582ページ 1993

連載8 食塩と高血圧

食塩摂取量と死亡率、罹患率との関係

      橋本壽夫
                                              日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

はじめに

 厚生省は国民栄養調査の一環として食塩摂取量を毎年発表している。1979年に目標摂取量を一日10グラムと定めてからは、それを達成しようといろいろな機関を通じて栄養指導を行なっている。その効果で毎年少しずつではあるが減少してきた。しかし、1987年の11.7グラムを最低にそれ以後増加しはじめ、1991年には12.9グラムまで増加し1980年の値と同じになってしまった。最近の増加率は高いので今後どのように推移するのか興味のあるところである。一方、人口動態調査による脳血管疾患、心疾患、高血圧などの死亡率は減少の一途をたどっている。したがって、食塩摂取量の増加を気にする必要はないとも考えられる。このようなことから、はたして食塩摂取量と疾患死亡率との関係、さらには、羅患率との関係はどうなっているのであろうか。今月はこの問題に取り組んでみる。

食塩摂取量

 国民栄養調査は全国300カ所から6,000世帯を選び、約20,000人を対象に連続3日間の食事に基づいて行なわれる。摂取した食物の重量とその中のナトリウム分を食品成分表から求めて総ナトリウム量を算出し、それを2.54倍して食塩量に換算する。
 1に食塩摂取量の変遷を疾患死亡率の変遷とともに示す。前述したように、最近では食塩摂取量は増加しつつある。食塩摂取量の最高地区は東北で、最低地区は近畿Tであるが、東北では一般的に低下しつつあり、近畿Tでは一般的に上昇傾向で、両者の差は次第に縮まってきている。

         
  食塩摂取量とは直接つながらないが日本たばこが集計した食塩消費量から見ると、日本では食用に年間約140万トンの食塩を消費している。これは家庭で消費される食塩をはじめ、味噌、醤油、漬物、水産加工品等を含めた量で、最近の15年間で消費量は約4%増加しているのに対して、人口は13%増加しているので相対的に一人当たりの消費量は減少しており、1988年の統計値では一人当たり11.6 kgの消費量であった1)。また、2 kg以下の包装品の塩(主として家庭で消費されると考えられる)の消費量は1975年以来あまり変わらず、人口はその後の14年間で10%増加しているので一人当たり消費量は10%減少していることになるが、これはちょうど厚生省発表の食塩摂取量が同じ期間に10%低下しているのとよく一致している2)

疾患死亡率との関係

 図1の脳血管疾患、心疾患、高血圧の減少は減塩運動の浸透によって達成されたようなことが書かれていることがある。素人目には非常に分かりやすく、説得力があるように見えるが、図のように食塩摂取量と一緒に記載するとそれは誤解であることが解る。死亡率は減塩運動が始まる前から低下し始めており、しかも、ほとんど直線的に低下している。目標摂取量が設定された後や、食塩摂取量があまり下がらなくなってからも、低下率は変わらない。この減少は戦後20年経過して生活が安定し、タンパク質摂取量の増加による食生活の改善3)や医療活動の改善普及による結果と考えられる。
  東北と近畿Tでは心疾患、高血圧による年齢調整死亡率については食塩摂取量の少ない近畿Tの方がむしろ高く脳血管疾患、脳卒中については東北の方が高い4)。これらの疾患死亡率と食塩摂取量との関係を示すと2のようになり、脳血管疾患と脳卒中だけが食塩摂取量の増加とともに増加する傾向を示している。しかし、5歳刻みの年齢階級別年齢調整死亡率で整理すると80歳以上の高齢者では脳卒中による死亡率は食塩摂取量とは関係なく、むしろ食塩摂取量が高くなるはど死亡率が減っていく傾向さえ見られた4)

        

羅患率との関係

死因の統計値は必ずしも疾患と連動しているわけではない。高血圧症でも死因には別の病名が付けられることがあるからである。この点から考えると患者調査により疾患は明確に把握される。厚生省では3年毎に患者調査を行なっており、このデータと食塩摂取量のデータを組み合わせて脳血管疾患の外来患者、入院患者の曜患率を整理してみると、食塩摂取量とはいずれも関係ないことが解った2)。ここでは入院患者について3に示す。死亡率で関係のなかった高血圧疾患は患者調査でも関係がなかった。

         

おわりに

食塩摂取量がいろいろな疾患の原因のようにいわれ、減塩を推奨する風潮が強いが、ここに示したように、食塩摂取量と死亡率、羅患率との関係はないと言える。
 しかし、食塩摂取量が低下しないことから、どうしても10g/日を達成させるためにタンパク質の摂取量を減らすことも考慮した食生活の変更を提唱する意見もある5)。これは食塩摂取量がタンパク質摂取量と正相関にあるからという理由によっている。こうなると、角を矯めて牛を殺すようなものである。私は食塩が角だとは思わないが、角だとしてもタンパク質摂取量を減らしてまで減塩しようとするのは大変危険で、本末転倒した考え方のように思える。

引用文献

1)  橋本壽夫:塩のある話.調理科学、23;138-145, 1990
2)  Hashimoto T: Statistical analysis of the relationships between salt intake, hypertension and heart diseases       based on national surveys in Japan. In: Kakihana H, Hardy Jr. R, Hoshi T and Toyokura K, Seventh symposium     on Salt, EIsevier Science Publishers, Amsterdam, Vo12, pp.241-247, 1993.
3) 芦田 淳:食生活と栄養.同文書院、1991
4) 橋本壽夫:塩味料.福場博保、小林彰夫編集.調味料・香辛料の事典.朝倉書店、1991. pp. 81.
5Sakata S and Moriyama M: Japanese dietary intake of salt and protain - Relating to the strategy of salt        restriction -. Tohoku J Exp Med 162;293-302, 1990.