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たばこ塩産業 塩事業版  1999.12.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

そもそも「イオン交換膜」とは?!

 

食塩や並塩はイオン交換膜製塩法で作られており、それらの製造方法についてはパンフレットやこの新聞でも説明されていますが、そもそもイオン交換膜とはどんな物なのでしょうか?何からできていて、どんな構造で、どんな性質があり、どんなところで利用されているのでしょうか? 
                                    (福島県・塩販売店)

イオンの交換と交換樹脂

 イオン交換膜のことをお話する前に、イオン交換とイオン交換樹脂についてお話ししましょう。
  イオン交換とは読んで字のごとく、イオンを交換することです。イオンとは、例えば食塩が水に溶けたときにできるナトリウムイオンや塩化物イオンのことです。イオンにはプラスに帯電しているナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオンなどと、マイナスに帯電している塩化物イオン、硫酸イオン、炭酸イオンなどの2種類があります。
 イオン交換機能を持っている物はイオン交換体と呼ばれ、例えば自然界には粘土があります。粘土はイオン交換作用を示すマイナスに帯電しており、プラスに帯電したイオンを引きつけて吸着します。しかし、吸着されたイオンは、周囲に濃度の高いイオンがありますと、そのイオンと入れ替わります。つまりイオンを交換します。
  例えばカルシウムイオンが吸着している粘土に塩水を流すとカルシウムイオンが追い出されて代わりにナトリウムイオンが吸着されます。
 イオン交換樹脂は、このようなイオン交換機能を持たせるように合成された樹脂です。
  イオン交換樹脂の用途では、例えばボイラー給水の軟水化(カルシウムやマグネシウムが入っている硬水を、それらを除くことによって軟水にすることをいいます)があります。給水中のカルシウムイオンをイオン交換樹脂の水素イオンと交換吸着させて除き、イオン交換樹脂の再生段階で、それをナトリウムイオンで交換し(これがイオン交換樹脂の再生に塩が使われる理由です)、さらにナトリウムイオンを水素イオンに代えて元に戻し(再生)、再びカルシウムイオンが除去されるようにします。
 イオン交換樹脂ではイオンを吸着させる力はイオンの濃度によって決まります。イオン交換(樹脂)膜はイオン交換樹脂を膜状に成形したものです。

特殊な機能を持つ分離膜

 次に膜について少し説明しましょう。膜のことで良く耳にする言葉は鼓膜とか細胞膜ではないでしょうか。鼓膜はともかく細胞膜は人間を構成している60兆箇もの細胞を包んでいる膜で、生体膜と呼ばれます。
  塩の成分であるナトリウムイオンや塩化物イオンもこの膜を通過しますが、それにはチャンネルと呼ばれるイオンが通過する孔があり、通過するにはエネルギーを必要とする特殊な膜です。
 このような生体膜とは別に紙やセロファン、ビニール、ポリエチレンのような膜があります。そのような膜にいろいろと特殊な機能を持たせて、ある目的のために利用する膜を機能性膜と言い、いろいろな種類があります。イオン交換膜もイオンを分離するために作られた機能性膜の一つです。そのような分離膜としては図−1の下の方に示すようにいろいろな膜があります。上の方に書かれているように分離したい物の大きさの違いによって、いろいろな膜を使い分けます。機能性膜の孔径、分離対象物、膜分離法、分離膜の種類との関係                                                 
                    図−1 機能性膜による分離

孔を通り抜ける程度に差

 イオン交換膜は分離対象欄の左側の方に書かれているイオンを分離するための膜で、大体10から100オングストローム(長さの単位で1千万分の1ミリメートルを言います)くらいの大きさの孔が縦横無尽にスポンジの孔のように開いています。それをイラストで書くと図−2のようになります。イオン交換膜には陽イオンを通す陽イオン交換膜と陰イオンを通す陰イオン交換膜の2種類があります。
イオン交換膜をイオンが通過する概念図
              図−2 イオン交換膜をイオンが通過する概念図

 両端に電極をおいて直流電流を流すと、陽イオンは陰極側に、陰イオンは陽極側に孔の中を通って移動します。ところが孔の壁は、陰イオン交換膜では無数のプラスに帯電した手(N+)、そして陽イオン交換膜ではマイナスに帯電した(SO3-)手で覆われています。それらは異種のイオンが通過するのを助けますが、同種のイオンが通過するのを妨げます。
  したがって、陽イオン交換膜は陽イオンを通し、陰イオンを通しませんし、陰イオン交換膜は逆に陰イオンを通し、陽イオンを通しません。
  はじめにイオン交換のところで述べましたが、イオン交換する力はイオンの濃度ですが、イオン交換膜では吸着されたイオンが電気の力で引き剥がされ、同じ種類のイオンと交換しながら孔の中を移動していくと考えられます。
 陰イオンや陽イオンにはいろいろな種類があり、大きさや構造が少しずつ違いますので、孔を通り抜ける程度に差が出てきます。
  例えばナトリウムイオンはカルシウムイオン等よりも通りやすく、塩化物イオンは硫酸イオンよりも通りやすいのです。この性質を利用して、できるだけ効率よくナトリウムイオンや塩化物イオンが通るように工夫した膜を製塩では使います。

膜の厚さは約0.1 mmの極薄
  ところでこのような膜の構造はどのようにして作るのでしょうか?イオン交換膜を作るには、スチレン(取手付きの提灯をイメージして下さい)とジビルベンゼン(取手が上下にある提灯をイメージして下さい)という二つの物質を混ぜ合わせて作ります。この場合、スチレンとジビニルベンゼンが(上の取手同士で)手を繋ぎあって横糸の役割をしながら広がっていきます。スチレン(提灯の下部)にはイオン交換機能を持った手を付けます。ジビニルベンゼンは横糸を(上下の取手で)つなぎ止める縦糸の役割を果たします。そしてイオンが通り抜ける孔の大きさは、イオン交換機能を持った手の数とか、つなぎ止める縦糸の数等によって決められます。
 ところでビニールやポリエチレンのようにそれ自体で破れない強い膜であればよいのですが、イオン交換膜はそれほど強い膜ではありません。
  また、膜の厚さは薄いほど膜を通過させるエネルギーが少なくて済みますので、出来るだけ薄く作りたいのです。したがって、イオン交換膜の場合には一工夫が必要です。強度を持たせるために芯材として布を使い、その布に二つの物質を混ぜ合わせた物をしみ込ませて、その後、いろいろな反応工程を経てイオン交換機能を持たせたイオン交換膜とします。このようなことから膜の厚さは芯材の布の厚さによって決まり、現在のところ厚さが0.1 mm程度となっています。

多くの分野で利用中─その主産業は「製塩」

 イオン交換膜は、製塩の他にいろいろな分野で使われております。製塩の場合のように溶液から有用な物を回収して利用する例では、食塩電解によるカ性ソーダと塩素の生産、硫酸・塩酸・カ性ソーダなどの回収があります。脱塩によって有用な資源にするとか、廃水処理の一工程として利用する例では、塩水の淡水化(飲料水製造)減塩醤油の製造、チーズホエーの脱塩、化学工場・金属精錬工場・水産加工工場・メッキ工場・精糖工場などの廃液処理があります。エネルギー貯蔵とかエネルギー発生に利用する例では、蓄電池とか燃料電池があります。
 このようにイオン交換膜は既に多くの分野で利用されています。現在のところイオン交換膜を一番多く利用している産業は製塩であり、次に食塩電解ですが、これからエネルギー分野、その他でますます利用分野が拡大されていくものと思われます。