たばこ塩産業 塩事業版  2001.03.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

いろいろな用法で使用されるイオン交換法・交換樹脂

 

 イオン交換膜による海水濃縮の理論は、パンフレットや本欄の記事などでなんとなく理解できるようになりました。ただ、貴紙の別の記事によると、イオン交換樹脂は「乳児用の粉ミルクや果汁からの酸味の除去などにも使われているとのこと。どんな方法が取られているのでしょうか?また、イオン交換膜・交換樹脂は、その他にどんな用途に用いられ、さらに今後、どんな使用法が期待されていますか?そもそも、イオン交換膜はいつ頃、どんな目的で開発されたのでしょうか?イオン交換膜製塩法は世界に誇る技術だと伺っていますが、膜や樹脂の開発は日本でなされたのですか?   (茨城県・塩販売店)

イオン交換現象の研究とイオン交換樹脂合成の歴史

 イオン交換という現象に初めて気付いて発表したのはフックスという人であると言われています。1833年のことで、粘土を石灰水(水酸化カルシウムCa(OH)2)で処理するとカリウムやナトリウムが出てくることに気付いたのです。つまり粘土鉱物に結合しているカリウムやナトリウムが石灰水中のカルシウムと置き換わって出てきたのです。カルシウム、カリウム、ナトリウムは水中ではいずれもイオン(電荷を持った原子、Ca2+, K+, Na+のように表す)として存在しております。粘度鉱物のカリウムイオンやナトリウムイオンがカルシウムイオンと交換したのです。この場合、粘度鉱物はイオン交換体と呼ばれます。
イオン交換膜電気透析装置
 1850年にトンプソンとウエイは土壌でこのイオン交換現象を組織的に研究して発表しました。土壌中のある化合物がイオン交換現象を示し、イオン交換されるものは当量的で、イオンは選択的に交換され、イオンによって交換され易さに順序があり、これは物理吸着とは異なった現象であり、このようなイオン交換体は合成できる可能性があることなどを発表しました。
 その後、イオン交換体のイオン交換は可逆性であることが解り、1880年頃からアメリカのニュージャージー州で採れるグリーンサンド(カイリョク石というイオン交換体を含んでいる)で硬水(カルシウムイオンやマグネシウムイオンを多く含む水)を軟水(カルシウムイオンやマグネシウムイオンをあまり含まない水)にすることに利用されるようになりました。このような無機イオン交換体は合成ゼオライトとして合成されるようになりました。これまでは無機イオン交換体の話でしたが、有機イオン交換体として1934年にイギリスのアダムスとホルムスは有機化合物のフェノール、ホルムアルデヒド、アニリンを使って陽イオン交換現象(Ca2+, Mg2+, K+, Na+の交換)を示す陽イオン交換樹脂と陰イオン交換現象(Cl-, SO42-の交換)を示す陰イオン交換樹脂を合成し、それらを組み合わせることにより水の中の塩分を33 ppmから1 ppmに脱塩できることを発表しました。
 1944年にアメリカのド・アレリオはスチレン、ジビルベンゼン、濃硫酸でスチレン系イオン交換樹脂である強酸性陽イオン交換樹脂を発明しました。続いて1950年頃から濃硫酸の代わりにクロルメチルエーテル、アミンを使い強塩基性陰イオン交換樹脂を完成させ、今日使われているイオン交換樹脂が完成しました。これらの樹脂は粒状に成形され、容器に詰めて利用されます。

イオン交換膜とその利用法の歴史

 1950年にアメリカのジュダがフェノールスルフォン酸樹脂を膜状に成形することに成功してから、イオン交換膜として使用する方法が発展してきました。アメリカや各国ではイオン交換膜電気透析法により海水やかん水を脱塩して飲料水や工業用水の製造に利用することを考え、数多くの脱塩装置が設置され稼働するようになりました。
 一方、日本では逆に海水を濃縮して製塩に利用することが研究され実用化されました。
  その歴史を振り返ると、粒状イオン交換樹脂の研究が1941年から始められ、1942年にはダイヤイオンのKとかAという商品名で販売されました。そして早くも1950年からイオン交換膜電気透析法による海水濃縮の研究が始められました。1960年には実用規模の装置ができ、実用化試験が始まりました。その結果、実用化の見通しが得られ、1972年には海水濃縮法が天日塩田法からイオン交換膜電気透析法に全面的に転換され、現在に至っています。

イオン交換樹脂、膜の利用法

 イオン交換体は基本的に水溶液中でイオン化している物資を抽出、分離、回収、濃縮、精製、除去、電解、加水分解するために利用されます。したがってイオン交換樹脂や膜の利用法は意外に多いのです。利用法を考えるには、前述の工程を進める力が、イオン交換体の選択性、溶けている物質の濃度拡散(拡散透析)、通電(電気透析)などであることを考えますと分かりやすいと思います。
 例えば、選択性では硬水成分(カルシウム、マグネシウム)の除去による軟水化水処理があります。ボイラー給水の処理、外国では飲料水の処理、最近では洗剤の泡立ちをよくするために電気洗濯機にイオン交換樹脂容器を設置している商品が販売されています。
 濃度拡散では酸やアルカリの拡散透析による分離、回収があります。硫酸、塩酸、硝酸といった無機酸やクエン酸、アミノ酸のような有機酸の分離や回収です。
 拡散透析の効率をよくするために通電して電気透析法を採用することがいろいろな分野で行われています。例えば、食品分野では醤油の脱塩による減塩醤油の製造、ジュースやワインの酸味除去による味のマイルド化、脱脂乳やホエイの脱塩による乳児ミルクの製造、肉汁やアミノ酸液からの調味液製造などです。医薬品、薬品では脱塩による精製、その他の産業では、写真現像液の廃液を脱塩して現像液を再生させたり、ニッケルメッキ洗浄液を回収したり、工業廃液やゴミ焼却灰処理水からの酸や有用成分の回収を行うといったことで利用されます。
 イオン交換膜を利用する面白いこれからの技術として燃料電池やレドクスフロー電池があります。
 燃料電池は陽イオン交換膜を通して水素と酸素が反応して水ができるときのエネルギーを電気として取り出すものです。水素が燃える時の熱エネルギーを利用して発電する場合の効率が
40-50%であるのに対して、60-80%の効率で電気エネルギーに変換でき、燃料を連続的に供給すれば充電しなくても電気が得られるという特徴があります。人工衛星用の電源として研究され、使われた事績もあるようです。 レドックスフロー電池は陰イオン交換膜を挟んで両側に陰極液と陽極液で満たされた陰極室と陽極室がそれぞれあり、それぞれの液はそれぞれの貯蔵槽との間を循環しています。例えば鉄−クロム系レドックス電池では、充電された陰極液の主成分は塩化第一クロムで、陽極液の主成分は塩化第二鉄です。この他に塩酸が含まれています。放電で塩化物イオン(Cl-)が陰イオン交換膜を通って陰極室に移り、塩化第二クロムとなり、陽極室の塩化第二鉄は塩化第一鉄になります。充電ではこの反応が逆になります。クロムや鉄の酸化還元反応で電流が流れ、電気を取り出すことが出来ます。
 鹿島石油化学コンビナートでは鹿島北共同発電
()がオリノコタールを燃料として発電していますが、排ガス処理でバナジウム(V)を回収し、バナジウム・レドックスフロー電池の開発に向けて実用化レベルの研究が進められています。充電時には陽極液でV4+ V5+に酸化され、陰極液ではV3+V2+に還元されますが、放電時には逆になり陽極液ではV5+からV4+に還元され、陰極室では V2+からV3+に酸化されます。たまたま見学する機会があり、デモンストレーションとしてバナジウム電池利用の電気自動車がありました。
  イオン交換樹脂や膜は脱塩や製塩、ソーダ工業における食塩電解で利用されますので、使用量も多いのですが、他の用途では使用量がまだまだ少ないことが一つの問題点です。用途が拡大すると、イオン交換樹脂のコストも安くなり利用しやすくなるでしょう。