たばこ塩産業 塩事業版  1999.06.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

焼塩 その特徴と利用方法

 

この間、知人からお土産で「焼塩」というものをいただきました。いつも使っている塩に比べてサラサラしている感じですが、「焼塩」というぐらいですから、炒った塩が使われているのでしょうか?この塩にはどんな特徴があって、どんな具合に使えばいいのでしょうか?そういえば昔、塩が固まるのを防ぐのだといって、母が炒ったお米を塩の容器の中に入れておりましたが、何か関係がありますか?
                                      (佐賀県・主婦)

塩を焼く加工法
入浜式塩田と平釜の組合せでつくった塩

 昔、入浜式塩田と平釜の組合せでつくっていた頃の塩はにがりを多く含んでいて品質が悪い(にがり成分が乾物として6%程度含有されており、この中に塩化マグネシウムが1/3あります)ので、できるだけにがりを少なくするため長い間、塩を積んでおいて自然ににがりが抜けて少なくなったものを上質の塩(にがり成分が3〜4%まで低下)としました。
  このようににがりが多く含まれてモサッとした塩を塩壺に入れておくと、吸湿してベトベトになって使いにくく、味も悪かったものでした。
 そこで使いやすくするために、このようにモサッとした塩を乾燥させてサラサラにしましたが、十分に加熱して乾燥させた塩は湿気を呼ぶこともなく何時までもサラサラしていることに気付き、塩を焼いて焼塩にするという加工法を思いついたものと思います。

焼くと性質が変化
吸湿性がなくサラサラ状態に

 塩(塩化ナトリウム)は無機物ですし、にがり(塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、硫酸カルシウムなどの混合物)も無機物ですので、塩を焼いても、塩は焦げて色が着くわけでもなく、見た目には何も変わりません。塩を焼くと、塩に含まれている水分はなくなりますので、にがり中の成分が結晶となります。
  この時、例えば硫酸マグネシウムは、最初に結晶水といって水が硫酸マグネシウムと結合した形で結晶となりますが、やがてその結晶水もなくなります。
  ところがにがり成分の中には水だけの問題ではなく、化合物そのものが変わる物があるのです。しかも、にがり成分の中ではその化合物の含有量が一番多く、その化合物が変わることによって吸湿性が変わります。
  このようなことから、塩を焼くと吸湿性がなくなってサラサラとした状態が維持されるわけです。   その役割をするのはマグネシウム化合物です。にがりの中には塩化マグネシウムが一番多くありますが、この化合物は吸湿性が高く、空気中の水分を吸湿しますから、塩の中に塩化マグネシウム(にがり)が多くあると吸湿して塩がベトベトになってくるのです。この塩化マグネシウム(MgCl2)も結晶水を持っていますが、600700℃で焼かれることによって酸化マグネシウム(MgO)や水酸化塩化マグネシウム(MgOHCl)に変わります。つまり化学変化を起こすわけです。これらのマグネシウム化合物には吸湿性はありません。加熱温度が200300℃でも吸湿性の減少は見られます。これが塩を焼く理由なのです。ちなみに、酸化マグネシウムは耐火煉瓦の成分です。
 熱を加えた時の化学変化を身近な場面で考えてみますと、砂糖(C12H22O11)に熱を加えて燃やすと酸素と化合して炭酸ガス(CO2)と水(H2O)になります。物が燃えると言うことは熱化学反応を起こしていることです。人間の体内に摂取された砂糖が分解されて酸素と結合し、エネルギーを出しながら最終的に炭酸ガスと水になって排泄されますが、砂糖が体内で燃える時のエネルギーを利用して人間は活動していると考えられます。

イメージ向上などで市販
焼塩の必要性?!

 現在、イオン交換膜法と真空缶の組合せで作られている塩(塩化マグネシウム含有量は0.02%程度)や輸入されている天日塩の中に含まれている程度の塩化マグネシウム量(0.05%程度)では、吸湿して塩がベトベトになって使いにくくなることはありません。したがって、塩を焼く必要性はないと考えられますが、何かの理由で塩化マグネシウムが多かったり、たとえ少なくても商品イメージの向上とか、新商品の投入、品揃えという観点から焼塩が市販されているものと考えられます。

ある程度の固結防止も
塩自身にも吸湿性あり

 塩化マグネシウムは吸湿性しやすいことから、昔の塩のように塩の中に多く含まれていると問題であることを述べましたが、実は塩自身にも吸湿性があります。ただし、塩の吸湿性は、梅雨時期や夏場のように空気中の湿度が75%以上にならないと現れません。したがって塩がベトベトになるという問題は起こりません。
  しかし、別の問題が起こります。それは、長い間には塩が固まって石のようになってしまう、ということです。湿度が高くなって塩が吸湿して溶け、湿度が低くなって塩が放出して析出すると言う過程を何回も繰り返しますと、細かい塩の結晶と結晶がくっついてしまいます。これを塩の固結現象と呼んでいますが、使い勝手が悪くなり困った現象です。
  焼塩にしますと塩の結晶表面が酸化マグネシウムである程度覆われますので、塩の固結現象がその分妨げられますが、完全に覆い尽くさない限り、固結現象は進んでいきます。

吸湿剤としての働き
炒った米の効用

 炒った米を塩振り出し器の中に入れておくことがあります。この効用の程や機構について筆者には科学的データに基づいての説明はできません。経験的に効果があるとすれば、考えられることとしては、炒った米が塩化マグネシウムよりも強い吸湿剤として働くとか、炒った米が塩を砕く槌の役割をして塩を振った時に固まりかけている塩を砕く働きをする、といったことが考えられます。科学的に説明できる方、経験的に防湿の効果がどの程度あるかを知っている方がおられれば教えて下さい。

塩は昔から神聖な物
伊勢神宮の堅塩

 焼塩と言えば、古くから伊勢神宮では、堅塩と称する焼塩を作って、神事に使ってきました。
  夏場の日差しの強い頃、五十鈴川のほとりにある塩田でかん水を採り、平釜を使ってかん水を薪で焚き上げて荒塩が作られます。
  荒塩を200 cm3入る三角錐型の土器にかたく詰め込んで入れ、かまどの中に並べて、焚口から薪を燃やして一定の温度で日中焚き続け、翌朝、焼き上がった塩入の土器を取り出します。その後、土器から塩を取り出して三角錐型の堅塩としています。
 神事に使う塩としては、何時までも品質が変わらず、持ち運び、取り扱いが容易なことが必要であったのでしょう。ヨーロッパでも塩は物を腐敗させないで形を長く維持させることから、塩は神聖な物とされました。
伊勢神宮の御塩殿祭の神事