たばこ産業 塩専売版  1995.01.20

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

食塩と健康との係わり

 慢性疾患の危険性を少なくするために、どのように食事に気をつければよいかについて全米科学アカデミーは食事と健康と題する700ページ以上に及ぶ報告書を1990年に出した。食事に気をつける理由として過去10年間の研究で得られた科学的事実を吟味して、それを基にして慢性疾患予防の観点から食事ガイドラインを設定している。この中では、食塩に関係する慢性疾患として高血圧と胃がんが取り上げられている。食塩や他のミネラル摂取について記載されていることを紹介する。

ナトリウム
 食物の中でナトリウムは主として塩化ナトリウム(食塩)として存在する。食塩の10%は食品に含まれる自然の塩であり、75%は加工食品や製造食品からであり、15%は調理や食卓で加えられる塩である。汗と便にでる食塩は全排泄量のわずか25%で、残りは尿中に排泄される。成長期の人と大人のナトリウム必要量は食塩として1日当たり0.5グラム以下である。

カリウム
 有史前の人類や原人は狩猟と植物採取により少量のナトリウムと大量のカリウムを食べていた。今日の狩猟民族は1日に7.811.0グラムのカリウムを食べており、アメリカの都市部に住む白人は2.5グラムしか食べていない。黒人はさらに低く、0.981.17グラムである。

塩 素
 高血圧の発症にはナトリウムと塩素の両方が必要であると思われるが、まだ解明されていない。

高血圧
 アメリカでは高血圧発症率は年齢とともに増加し、30歳以上の約15%が高血圧である。高血圧に最も強く影響を及ぼすミネラルはナトリウムとカリウムである。食塩摂取量の最適範囲は確立されていない。習慣的な高い食塩摂取量は高血圧発症の危険率を増大させるかもしれない。しかし、その結果として、どれぐらいの人が高血圧になるかを確かめたり、かかりそうな人を見つけ出す方法はまだない。カリウム摂取は高血圧に良い効果をもたらす。これは血圧を下げ、血管損傷や脳卒中に対する保護作用があ
る。

胃がん
 食塩自体が胃がんの発がん性物質であるという事実はないが、高食塩摂取は胃粘膜を刺激し傷つけ、それにより発がん性物質による細胞の変異が起こり、がんの発生を強めるらしい。

結 論
 食塩やカリウムと慢性疾患との関係から次のような結論が出されている。
血圧値は食塩の摂取習慣と強く正相関している。一日に6グラム以上の食塩摂取量を継続している
集団では、年齢とともに血圧が上昇し、高血圧症は頻繁に現れる。
4.5グラム以下の集団では、年齢に伴う血圧上昇はわずかか、ほとんどなく、高血圧症の頻度も低い。一度高血圧になると食塩摂取量をさげ
ても
(4.5グラム以下)十分に治るとは限らないことを臨床研究は示している。
   ある人々は他の人々よりも食塩で誘引される高血圧になりやすいことが臨床的、疫学的研究で示されているが、個々人の反応を予測する信頼性にある指標はない。黒人、高血圧家系の人、55歳以上の人々は高血圧になる危険率が高いことを疫学的事実は示している。
 脳卒中に関連した死の危険率は血圧値全域にわたってカリウム摂取量と逆相関にあることを疫学や動物実験は示しており、相関関係は摂取量に依存しているように思われる。低ナトリウムと高カリウム摂取量の組合せは、個々人や集団の血圧低下や脳卒中の低下と関連している。ナトリウム摂取量の低下とカリウム摂取量の増加の効果は、ある人々ではなかったり、小さいかもしれないが、脳卒中に関連する集団の死亡率は大きく減少する。
   疫学や動物実験で高食塩摂取量は萎縮性胃炎と関連しており、高食塩摂取量や塩蔵食品の頻繁な消費は、胃がんの発症率を増加させることと関係がある。これらの食品の中で特に原因となる物質は十分には分かっていない。

委員会の食事勧告
 世界各地の集団研究によると、16グラム以上の食塩摂取は血圧上昇と関連していることが示され、多くのアメリカ人は習慣的にこの量を上回っている。
 遺伝的に食塩誘因性高血圧になりやすいことは確からしいが、信頼できる遺伝標識はまだ確認されていない。したがって、食塩で高血圧になりそうな人々や、この勧告で最も利益を得られそうな人々をまだ特定できない。
 勧告値は集団全体に有害な効果をもたらすものではない。食塩摂取量をもっと減らす方(例えば、4.5グラム以下)が多分、現在の勧告値よりも大きな健康的利益をもたらすものと委員会は思っているが、より容易に達成できる最初の目標値として6グラムを選び、次のように勧告する。
● 1日の食塩摂取量を6グラム以下に制限すること。調理で食塩を使うことを制限し、食卓で食べ物に食塩を加えないこと。塩辛い物、高度に加工された塩辛い物、塩蔵品、食塩を用いた漬物は控えめにすること。
  以上、アメリカの食事ガイドライン設定における食塩についての背景を紹介した。
  減塩メリットの決定的事実がまだ明確でない中で、食塩だけを目の敵にして、未開文明社会の食生活にすれば事が解決されるかのような政策が取られているように思えてならない。