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たばこ塩産業 塩事業版  2013.12.25

塩・話・解・題 105 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

減塩に関する正しい情報を

 

 長期的に見て過ぎたる減塩は危険であることを前回2回にわたって紹介した。これについては減塩に注意すべき人を予測できる。短期的に見ても減塩が危険となる人がいる。それは減塩に対する血圧応答で分かる。しかし、それには実際に入院して調べなければならず、あらかじめ注意すべき人を予測することはできない。また食塩代替物で減塩することにも危険性がある。

 

血圧上昇招くことも

 減塩に対する血圧応答は図1に示すように正規分布の形(鐘の形をした曲線であることからベルカーブとも言われる)で表れる。減塩しても血圧が変わらない人の頻度が一番多く現れ、その左右に対称的になだらかな曲線を描いて減塩すると血圧が下がる人、逆に血圧が上がる人が現れる。これは血圧を下げようとして減塩しても逆に血圧が上がり危険になる人がいることを表している。
減塩に対する血圧応答

この図から分かることは減塩しても血圧低下の効果が期待できる人は意外に少なく、大半は血圧に影響を受けることはなく、逆に血圧が上がる人が血圧低下を示す人と同程度にいるということだ。高血圧者でも同じで、この現象は成人だけでなく子供でも表れる。

 減塩で血圧低下が現れると、塩感受性があると判断される。しかし、塩感受性の定義は確立されておらず、普段の血圧より10%以上の低下があれば塩感受性があると一般的に言われている。減塩で血圧が上昇することがあることについての警告はほとんどされない。

 塩感受性を簡単に判断できる方法は今のところない。判断するには2週間程度の入院が必要となる。したがって、減塩が危険な人を簡単には予測できない。2週間程度の入院をしなければならない機会があれば、その際、医師に相談して減塩食を食べ、塩感受性を確認すると良い。筆者の経験では、既に高血圧の薬剤治療を受けておれば、入院時に申告するので減塩食を給食されるかもしれない。

この際、どれくらいの減塩レベルか、それを尿成分検査で確認しているか、血圧測定値を教えてもらえるかを確認しておくと良い。筆者の場合、血圧計を持ち込んで起床時、就寝時に測定した結果変化はなかったが、尿検査でナトリウム排泄量を確認していないので、病院から減塩レベルを知らされても確認されていない。塩感受性ではないとは判断しているが確証はない。

 

健康への効果は不確定

 減塩の危険性を警告している元米国高血圧学会会長のアルダーマン博士は米国高血圧学会誌(2012;25:727-734)に「塩摂取量と心臓血管疾患死亡率:論争は決着したか?」と題する論文を発表した。それによると、『減塩は少なくとも半世紀のあいだ勧められてきた。多数の研究は、減塩が1 ? 10 mmHgの範囲で平均収縮期血圧を下げることを明らかにした。この効果は個人間で幅広く変動しているが、一般的に老人、黒人、高血圧者で大きい。167件のランダム化された試験の2012年コクラン解析は、7.37 g/d(11.43から4.06 gへ−64%減)の平均的な減塩はこれらの血圧低下を生じさせたことが分かった。アメリカ人の塩摂取量は過去50年間に9.14 g/dと比較的一定であった。健常な腎臓は血圧を変化させないで塩摂取量の5倍まで適応できる。したがって、ほとんどの人々は実質的な減塩に応答してほとんど、または全く血圧の変化を経験しない。

最初、減塩についての基本的な理由は加齢に伴う血圧上昇を遅くし、高血圧を予防することであった。しかし、今では万人の減塩は心臓血管疾患の罹患率や死亡率を予防するために進められている。万人への減塩を主張する者は、塩摂取量と疾患や疾患でもたらされる結果(死亡)との間には直線関係があると主張し、一方、懐疑論者は、塩摂取量と罹患率や死亡率についてデータはJ型曲線関係によく一致している、と主張している。しかし、科学的証拠が蓄積されてくるにつれて、万人への減塩の勧めに対する健康効果は不確定であることが高くなってきた』

 J型曲線を示す根拠については次のように述べている。『塩摂取量と心臓血管疾患による死亡とを関係付た23件の観察研究(36万人以上で26千人以上の死亡)は矛盾した結果をもたらした。11.43 g/d以下の平均塩摂取量の被験者では、ほとんどは摂取量と心臓血管疾患死亡との逆相関を示した(著者注:以下原報のナトリウムを塩に換算して表示、塩摂取量と血圧との関係ではない)11.43 g/d以上の平均塩摂取量の被験者では、ほとんどは直接的な関係を報告した。結局、2つの関係からJ型曲線が明らかにされた。これらの確かな一連の証拠は万人の減塩を支持していない』

アルダーマン博士論文の根拠の一つとなっているアメリカ医学協会誌(JAMA. 2011;306:2229)に発表されたオドンネルらの論文は次のように結論を下している。『推定塩排泄量と心臓血管疾患との関係はJ型曲線であった。1日当たり10.16 ? 15.21 gの基準となる塩排泄量と比較すると、1日当たり17.78 g以上の塩排泄量は全ての心臓血管疾患の危険率増加と関係しており、7.62 g以下の塩排泄量は心臓血管疾患死亡と鬱血性心不全による入院の危険率増加と関係していた』。彼等が発表しているJ型曲線を図2に示す。文字Jのように最適な塩摂取量の時、危険率は最低になる。この図で見てナトリウム排泄量が5 g/dの時を最低と読むと、塩摂取量は12.7 g/dとなる。以外に大きな値である。

減塩の危険率はJ曲線を示す

長期間にわたって厳しい減塩(食事ガイドラインに従って3.81 g/d)をした時に危険性が増加する人々は51歳以上の老人、アフリカ系アメリカ人(黒人)、高血圧者、糖尿病患者、慢性腎臓疾患患者とされており、これらの人々はアメリカの人口の半数以上を占め、過度の減塩が悪い結果をもたらす場合があるので減塩については気を付けなければならない。ただし、日本人についてのデータはないので何とも言えない。

 

カリウムで心臓停止も

 減塩で塩味が薄くなり、美味しくないので食欲がわかず、食べる量が少なくて十分な栄養が摂れないことから減塩が健康に悪いと一般的に言われる。しかし、学術的なデータはない。スポーツ選手のトレーニングの場となっている国立スポーツ科学センターで選手の食事を管理している栄養士の話では、減塩という考え方はなく、如何にして選手に沢山食べさせるかを重要視していた。

 美味しく食べるには塩味が不可欠である。しかし、塩が健康に悪いということで塩に代わり塩味を示す商品が塩代替物として市販されている。実は塩以外に塩味を示す物質はない。しかし、嫌味のある味を示すが、塩味を補強する物質として塩化カリウムがある。市販されている塩代替物の商品の多くは塩(塩化ナトリウム)に塩化カリウムを50%混合した物だ。塩専売制が廃止になってアメリカから輸入された商品が最初で、その後、国産品が多数出回るようになった。

 アメリカのこの製品の歴史は長く、早くも1970年に発売された。これは健常者用の商品で、医者の監督の下に使用するようにと表示に注意書きされている。決して高血圧者に減塩用の塩として勧めてはいない。どうしてであろうか?実は塩化カリウムは危険な物質であるからだ。カリウムはナトリウムと同様に人体にとって不可欠なもので、主として野菜や果物から摂っている。野菜や果物を食べるように勧められるのはカリウムを補給するためだ。塩代替物はカリウム補給のために使われるのではなく、塩味を得るために使われる。海外の医学専門誌で医学者はカリウム補給に塩代替物を使うべきではなく、果物・菜食からカリウムを補給するように注意している。

 カリウムが危険である理由は、カリウムには心臓を停止させる作用があるからだ。血液中のカリウム濃度が高くなると心臓は止まってしまう。このため動物の薬殺には塩化カリウム溶液を注射する。アメリカでは薬殺による死刑執行の際には最後の止めとして塩化カリウム溶液が使われる。

 血液中のカリウム濃度は腎臓により一定に維持されているが、濃度は低くナトリウムの30分の1くらいしかない。その代り、細胞の中では濃度比は逆になってカリウム濃度がずっと高くなる。血液中のカリウム濃度が低いことは、カリウムの吸収によって血液中のカリウム濃度が高くなり易いことを表す。カリウムが素早く腎臓で排泄されるか、細胞内に吸収されない限りカリウム濃度は容易に高くなる。医学者が塩代替物を使用しないように注意するのはこのためだ。

 アメリカから輸入された塩代替物が日本で販売された時、厚生労働大臣は特別用途食品である低ナトリウム食品として許可した。それには「健康な方の健康管理用に、又医師に食塩(ナトリウム)摂取制限を指示されている方(高血圧、全身性浮腫、心臓・腎臓疾患、妊婦、肥満体など)におすすめする減塩です。」とまったく米国とは反対に表示していた。全身性浮腫や腎臓疾患者に勧めるとはとんでもないことだ。現在ではこの表示は変わっており、許可された低ナトリウム食品でもなくなった。

 これらのことは一般的に消費者には分からない。腎臓を専門とする医者や学者は塩代替物の使用については警告を発してもらいたい。