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たばこ塩産業 塩事業版  2013.11.25

塩・話・解・題 104 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

塩に関する海外マスメディアの報道 7.極端な減塩には危険性が

 

 先月は極端な減塩には危険性があることを医学研究所が発表したことに対して、医学専門誌ランセットの論評とそれに対する専門誌上での批判を紹介した。この危険性があることについて新聞紙上では情報を提供しながら、関係機関や学者の意見を聞いて論評していることを紹介する。

 

厳しい減塩には利益なし

 医学研究所が過度な減塩の危険性を発表すると、すぐさまニューヨーク・タイムズは2013514日付けで科学・医学記事担当者のコラタ氏(二度ピューリッツー賞候補者になり、他から数々の受賞がある)による「食品中の塩に関する厳しい制限には利益がない」と題する記事を発表した。

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 アメリカ人の半数以上を構成する50歳以上の中高年、黒人、高血圧、糖尿病、慢性腎臓疾患の各患者については、アメリカ人の食事ガイドラインで勧められている1日当たりナトリウム1,500 mg(塩として3.8 g)までの減塩は、心臓発作や脳卒中の危険性を予防すると思われていたが、多くのアメリカ人がそこまで減塩した時の健康状態を調査すると減塩効果はない、と政府が招集した権威あるグループは言っている。それにもかかわらず、心臓協会はこれまでの考え方を再確認している。

 しかし、疾患管理予防センターの要請で医学研究所が調査を委任した専門委員会は、アメリカ人の食事ガイドラインが定めている5.8 g/d以下を目標値とする基本的な理由はないと言った。調べてみると摂取量が5.8 g/dから下がるにつれて健康に益するデータがなくなり、心臓発作の増加や死亡率が増加してくるといった被害が出てくる集団があることが示唆されたとも委員長は言っている。

 

減塩推進 不都合な結果が

2006年までは、ほとんどすべての研究は減塩すればわずかに血圧を下げられると言う良く知られた事実に依存していた。その事実と心臓発作や脳卒中の危険性と血圧を関係付けている他の研究から、研究者達は減塩すればどれくらい多くの命を救えるかを示すモデルを作った。ところが最近になって、血圧値だけでなく心臓発作、脳卒中、死亡の各比率と様々な塩摂取量による実際の疾患との関係を調べて見てみると、減塩を推進する上でそれには危険性があるという不都合な結果が出てきた。

 アルダーマン博士(著者注:減塩の危険性を警告している)は、これまで減塩の効果をすべて血圧で考えてきたことに対して、専門委員会の報告は最終的な健康状態で考えるという考え方を変更したことを評価している。

しかし、減塩を推進している公益科学センターのリーブマン栄養部長は、塩は問題ではないと社会に間違ったメッセージを送るのではないかと心配している。これにはアメリカ心臓協会のアントンマン会長も同意して、「1日当たり3.8 g/dの塩摂取量を目標にすべきである。専門委員会が取り上げている研究には方法論に欠陥があり、目標値は疫学データと血圧に及ぼす塩摂取量の影響を調査した研究に基づいている」として専門委員会の結論を拒否している。

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 以上、減塩推進の賛否それぞれの立場の意見を紹介しながらも、記事の表題では厳しい減塩には利益なし、とコラタ氏は断定した。

 

減塩の結果の「健康状態」に焦点

 同紙・同日付けのオピニオン・ページの編集委員会は表題にそって次のような内容の論説を発表している。

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 心臓発作や脳卒中を減らすため、減塩するように警告が出されて何年か後に、減塩は健康とって本当に良いという事実はほとんどないことが分かって困惑している。集団のいくつかのグループでは、あまりにも低い摂取量が有害であるという新しい事実がある。

 アメリカ人の現在の平均塩摂取量は約8.6 gである。食事ガイドラインが勧めているのは、集団全体で塩摂取量を5.8 g/dに、50歳以上の中高年、アフリカ系アメリカ人、高血圧、糖尿病、慢性腎臓疾患を持つ各患者を含む比較的高い危険性があると思われる集団については3.8 g/dに減らすことである。減塩が高血圧を減らし、減塩は心臓血管疾患や脳卒中の危険率を下げるとして幅広く受け入れられていた研究に基づいて設定された目標値であった。しかし、近年になって、多くの研究は血圧値ではなく、結果として表れる健康状態に焦点を置くようになった。

 疾患予防管理センターの要請で医学研究所は新しい研究をレビューする専門委員会を設置した。事例は少ないが結果として表れる健康状態のデータは、危険性があるグループについて設定された3.8 g/dまで塩摂取量を下げることを支持しておらず、その水準では悪い影響があることも分かった。しかし、それでもアメリカ心臓協会は非常に低い水準を支持している。

 専門委員会は現在の平均塩摂取量である8.6 g/dが必ず危険であるとは結論付けなかった。その代わり、社会を惑わせる問題を明確にするためにもっと強力な研究を呼び掛けた。

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 以上の内容は塩摂取量を血圧値と関連させるのではなく、減塩の結果として表れる健康状態との関係で考察した2005年以降の新しい研究に基づいた医学研究所の報告書から、減塩の危険性を警告したことを評価している。

 

塩摂取量の測定法に問題

 同じ日にロサンジェルス・タイムズも科学記事担当のモハン氏が「塩摂取量についてのいくつかの結果に疑問を呈する」と題する記事を発表した。内容は医学研究所の報告書を支持している前述したニューヨーク・タイムズの論説と同様の主旨。したがって、重複する記述内容を避けて紹介する。

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 医学研究所の専門委員会は、食品中の高塩分が脳卒中や心臓血管疾患の危険率増加と関係している事実を再確認した。しかし、最近の医学研究で他の事実、例えば、高い塩摂取量と胃癌との関係については結論を出せないことが分かった。医者や栄養学者は、5.8 g/d以上の塩摂取量は高血圧と関係し、間接的には心臓血管疾患と関係していると言うメッセージを流し続けてきた。その結論は有効であると思える。しかし、全集団またはいくつかの集団では、最低の目標値である3.8 g/dに向けて塩摂取量を段階的に下げることに報告書は疑問を呈している。

 さらに、5.8 g/dの閾値以下に下げることは、心臓がうまく収縮しない鬱血性心不全の人々に対して危険性があるという事実があることをレビューは明らかにした。

 結局、最近の研究は塩摂取量の測定法に一貫性がないことを委員会は明らかにした。ある研究報告は摂取量を過小報告し、一方では過大報告し、なお他では塩摂取量を測定する尿試料が適正に集められていなかった。データを収集する方法が違うことは研究間の比較を難しくした。したがって、専門委員会は塩摂取量の測定法を標準化することを勧め、ランダム化されたコントロールのある試験が必要であると述べた。

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 以上、医学研究所の報告書が、減塩に対して危険性がある集団があることを紹介するとともに、その結論に至った研究報告の方法論に問題があったことを強調して紹介していることにこの記事の特徴がある。

 

塩摂取量巡り専門家が論争

 20139月に、過度な減塩には危険性があるとの医学研究所の報告書を巡って保健専門家たちが論争していることを、シカゴ・トリビューンはブルームバーグ・ニュースのコルツェ氏の記事を少し変えた表題で転載した。

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健康に良い食生活にとって塩は、どの程度が多すぎるのか少なすぎるのか、意見が一致しない政府機関と保健助言者との間で論争となっている。

最低の勧告値まで減塩することは健康を改善しないで有害になることもある、と医学研究所が発表してから4か月経ち、米国疾患予防管理センターはそれには同意しないと言った。減塩を勧めている国の努力は無益であり、潜在的に危険であることを意味する結果を医者やニュース機関が示唆してから、医学研究所の報告書は論争を巻き起こした。医学研究所の報告書を要請した疾患予防管理センター、ニューヨーク市保健部、その他機関は減塩を勧める政策を再促進させようとしている。疾患予防管理センターは現在の平均塩摂取量である8.6 g/dを目標値である5.8 g/d3.8 g/dまで持って行きたいとしている。

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 一方、いろいろな機会に減塩の危険性を述べているアメリカ高血圧学会誌の主任編集者であるアルダーマン博士に電話インタビューした内容を紹介している。アルダーマン博士は次のように言っている。「その目標は危険かもしれない。心疾患と塩摂取量との関係はJ型曲線であり、低くても高くても危険となる。30 ? 50%の減塩は中程度に血圧を下げる。血圧低下は心臓を守ることが多くの研究で証明されてきた。したがって、減塩は心臓を守るだろうと人々は最初に仮定した。しかし、この仮定を支持するデータがないことが問題である。血圧を下げるに必要な程度まで減塩すれば、心臓発作、脳卒中、死亡を増加させることを含め、様々な他の影響が出てくる。単純なことではない。摂り過ぎることも、摂り過ぎないことも問題で、それらの量を完全に明らかにするにはもっと研究が必要である。」

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 以上、減塩を勧めてきた公的機関は危険性を無視し続けようとするなかで、減塩の危険性を警告してきた学者の意見を聞いて紹介し、読者に情報を提供している。

日本では情報提供進まず

 減塩運動が始まったアメリカでは、ほぼ50年間も塩摂取量が変わらないと言われているなかで、マスメディアは減塩の危険性に関する情報を社会に提供し、それを巡って論争されている問題を報じて読者の判断に役立てている。一方、日本ではそのような情報は一切報道されず、減塩の勧めと減塩レシピだけが報道されている。減塩が進んでいる日本にこそ情報提供が必要だと思うのだが…