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たばこ塩産業 塩事業版  2013.10.25

塩・話・解・題 103 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

塩は味方か敵か

米国医学研究所の減塩推進政策と論戦

 

 全米科学アカデミー医学研究所は20104月に報告書「米国の減塩戦略」を発表した。その後、20135月には疾病集団の実態を調査した結果を報告書「集団のナトリウム摂取量 実態調査」として発表し、その中で過度な減塩には危険性があるかもしれないことに言及した。これについて医学専門誌で論争されている経過を紹介する。

 

減塩推進国 米国の実態は…

 議会は2008年に「アメリカ人の食事ガイドライン」で勧められている塩摂取量(5.8 g/d、ナトリウム摂取量2300 mg)まで減らす戦略を提案するよう医学研究所に要請した。アメリカ人の平均塩摂取量(8.6 g/d)は食事ガイドラインで勧められている量をはるかに上回っている。アメリカで過剰な塩摂取量が問題とされるようになり、1977年に議会で塩の目標摂取量を5 g + 3 gと決めた。ここで3 gは食べ物の中に自然に入っている量で調整できないとしている。食品加工や調理・食卓で加える量は調整できるので、そのことによる塩摂取量の目標値を5 gとした。現在では合わせて6 gとされている。

 「米国の減塩戦略」の中で当時から現在までの塩摂取量の変遷を図1のように報告している。これによると1970年代前半で男性の摂取量は約7 g(図ではナトリウム量で表示されており、その値に係数2.54を掛けると塩量となる。報告書では全てナトリウム摂取量で報告されているが、ここでは分かり易いように塩摂取量に換算した)であった。ところが目標摂取量が設定された年代の後半では約9 gまで上昇している。その後1990年前後には11 g近くまで上昇している。その後ほとんど変化はなく、ほぼ同じ値を示している。この傾向は子供でも女性でもおなじである。

米国における約30年間のナトリウム摂取量の傾向

 

国民は無関心

 減塩が叫ばれているアメリカの実態が予想はずれの現実の姿を見ると、筆者としては奇異に感じる。政府が減塩の笛を吹けども、国民は踊らず、むしろ反対方向に作用し、あるいは聞き流している様子がうかがえる。

このような状態にアメリカの保健政策関係者は危機感を持ち、その上、近年では消費者は脂肪のような他の栄養素に関心を持ち、減塩にはあまり関心を示していないと分析している。この結果は加工食品やレストランの食事で高い塩含有量に慣らされて来たことが原因で、全人口が減塩すれば年間10万人以上の死亡を予防できると推定して医学研究所は2010年に「米国の減塩戦略」を発表した。その骨子は、塩味嗜好は変えられることを前提として、食品中の塩含有量を消費者に気付かれない程度にゆっくりと少しずつ減らしていけば目標は達成されると考えており、塩摂取量や味覚嗜好の変化の様子をよりよくモニターすることが重要としている。

 

過度な減塩 健康に悪影響も

 「アメリカ人の食事ガイドライン2010」は全集団の減塩目標値を5.8 g/dに設定しているとともに、比較的危険性の高いグループ(アフリカ系アメリカ人、51歳以上の老人、高血圧、糖尿病、慢性腎臓疾患の人々)では3.8 g/dの目標値を設定している。しかし、減塩が健康に悪い結果をもたらすのではないかという疑問に対して、疾患管理予防センターは医学研究所にアメリカ人全体と高血圧患者、前高血圧患者、51歳以上の老人、アフリカ系アメリカ人、糖尿病患者、慢性腎臓病患者、鬱血性心不全患者の各グループについて塩摂取量と健康結果に関する最近の研究を調べるように要請した。

 それを受けて医学研究所は20135月に報告書「集団のナトリウム摂取量 実態調査」を出した。それによると、「減塩が高血圧、心臓血管疾患、脳卒中の危険率を下げることを実態は示しているが、最近の研究では、特にいくつかのグループでは低い塩摂取量が健康の危険率を増加させるらしいことが示唆されている。しかし、塩摂取量の測定法が統一されていないなどの問題がある。アメリカ全体で5.8 g/d以下の塩摂取量が心疾患、脳卒中、全ての死因の危険率を増加させるか、減少させるかのいずれであるかを決定するには、健康結果に関する研究は質的には矛盾しており、量的には不十分である。塩摂取量を3.8 g/dまで下げる努力を支持する健康結果の実態はない」と結論付けている。

 

減塩の効果 検証進まず

 この報告書に対して医学研究所は「研究は過剰な塩摂取量を下げる集団の努力を支持しているが、あまりにも少ない塩摂取量による潜在的な有害性について疑問が上がっている」と題して514日にプレスリリースで発表している。それによると、「新しい研究は5.8 g/d以下の減塩を支持していないと明言している。51歳以上の人々、アフリカ系アメリカ人、高血圧、糖尿病、慢性腎臓疾患を患っている人々(合わせるとアメリカの人口の50%以上を占める)3.8 g/dの厳しい制限値に従うように勧告されている。新しい研究は、非常に高い摂取量から中程度に減塩することは健康を改善すると言うこれまでの結果を支持している。しかし、あまりに減らし過ぎることはいくつかの健康問題の危険性を実際に増加させるかもしれないことも示唆している」と専門委員会の委員長は述べている。

 

医学専門誌で論争過熱

 医学研究所の報告書に関して医学専門誌「ランセット」は525日号(3811790)「塩:味方か敵か?」と題する論説を掲載した。それには次のように述べられている。『20135月に医学研究所は最近の実態(39)をレビューし、非常に低い塩摂取量では、少なくとも心疾患の危険率は前に考えていたほどには下がらず利益がないかもしれない、と報告した。5.8 g/d以下の塩摂取量でも血中脂質やインシュリン抵抗のようないくつかの心臓血管疾患になる危険因子を増加させ、心臓問題の引き金を引く可能性がある。さらに、どの疾病集団でもごく少量の塩摂取量(3.8 g/d以下)の利益を示唆する事実はなかった。

 レビューした研究の質が揃っていない(著者注:条件や方法)ので、健康結果に及ぼす減塩の効果が必ずしも常に食事全体の変化による結果と区別できないことから正確な結論を出すことは難しい。

報告書を用心深く解釈する必要がある。すなわち、人々が塩を自由に使ってよいことを示唆しているわけではない。高い塩摂取量と心臓血管疾患の危険率増加との間には関係があり、平均摂取量を減らす必要があることに研究所は同意している。しかし、非常に低い塩摂取量についての結果は公衆保健メッセージ (例えば、「アメリカ人の食事ガイドライン」が2015年に更新される時)で明らかにさせるようにし、願わくは健康結果の改善に役立てたい。』

 イギリスのウォリック大学医学部のカプチーオら(著者注:減塩推進者グループ)は同誌の824日号(382683)でこの論説は非常に誤解させる、と批判している。何を誤解させるのであろうか?

論評では以下のように述べている。『塩摂取量は1日当たり6 g以下に減らすべきであるが、1日当たり6 g以下ではほとんど結果を示す事実はなかった、と医学研究所は強調している。

しかし、まったく明らかでないという理由で、医学研究所の委員会は血圧に及ぼす減塩の効果を考察しなかった−それは驚くべきことである。委員会は1センターからの心不全における減塩試験のメタアナリシスに大きな信頼をおいていたが、研究が根拠としているデータの信頼性が実証されていないという理由で、そのメタアナリシスは既に見直されていた。

医学研究所がレビューした他の研究は、減塩が行われずに多数の薬物治療を受けている重症の心臓血管疾患患者の追跡研究であった。しかし、そこでは塩摂取量はその後の死亡率と逆相関していると主張した。これらの研究は塩摂取量の調査に不適切な方法を用いており、説明のつかない混乱因子を含んでおり、非常に強い逆の因果関係を予測させた。』

 

米国の塩摂取量 50年間で増加

 この論評を読むと、医学研究所の報告書そのものを批判しており、読者を誤解されるような論説ではないと思う。しかし、論説は医学研究所の報告書に同意しており、過度の減塩には危険性があるかもしれない、と述べていることに対して消費者を誤解させると考えているようだ。減塩を進めるには食品工業界の協力が鍵となるが、「減塩による売上低下を心配する業界は減塩に本気で取組んでいない」と暗に批判し、「2025年までにすべての国が最終目標値を5 g/dとして、30%減塩すべきであることに世界保健総会(The World Health Assembly)は最近同意した」と最後に減塩推進の支援情報があることで結んでいる。

 米国に倣った形で減塩運動が進められている日本では、ゆっくりとした速度ではあるが着実に減塩が進んでいる。減塩運動の先輩である米国の塩摂取量が約50年間に増えこそすれ減っていない実態を知れば、読者は唖然となるのではなかろうか。