たばこ塩産業 塩事業版 2013.5.28
塩・話・解・題 98
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
どうして海の水は塩からいの? 2
3月号では各地に語り継がれる海の底で塩を挽き出す臼の民話から、海の水が塩からいことを紹介し「塩臼」は海底に延々と横たわっている海嶺であることを現代の科学は明らかにしたことを述べた。海嶺や陸地からは様々な元素が海水に供給されるが、どうしてそれらの中で塩の成分であるナトリウムと塩化物が主成分として残り、海水が塩からくなるか。仮説と併せ、どれくらいの塩が海にあるかを米国内務省鉱山局のコスティック氏の論文を参考にして解説しよう。
かつては「河川から流入」説
どうして海は塩辛くなったのだろうか?という問題は何世紀ものあいだ考えられ続けてきた。わずか約半世紀前までは、その答えは理論的考察に基づく科学的研究のテーマであった。海水中の全塩分は、10億年をかけた岩石の化学的、物理的浸食に由来して、溶解性物質や不溶解性物質が海に運ばれて溜まってきたものとかつては思われていた。
当時は河川からの流入率を用いて、海水中の全塩分はわずかに1200万年間(地質学的時間では非常に短い期間)で持ち込まれたと推定されていた。しかし塩の成分であるナトリウムと塩化物の濃度は河川水では非常に低く、平均0.001%から1.0%と微量成分であるが、海水中では3%から4%の範囲で主要成分となっている。このことから他の要因が関与しており、海はミネラル塩類の蓄積場だけではないことは明らかであった。流入してきたミネラル塩類は反応して鉱物や生物に利用される形で除かれるはずで、海水の塩分濃度が一定で定常状態を維持していくためには、海への物質の流入率と流出率が等しくなければならない。流入率と流出率に関する計算では、少なくとも1億年間、一定の化学組成を示す定常状態であったことを示唆している。
塩が海水の主成分とされる仮説
岩石が風化して各種成分に
現在の理論は、海が約15億年から20億年前に形成されたことを示している。海水濃度、成分が一定の状態にあるだけでなく、海底の堆積物中のミネラルと海水中のミネラルは化学平衡(化学反応では物質が反応して反応生成物ができる方向に進む反応と、その逆に反応生成物が反応物質に分解する方向に進む反応があるが、化学平衡では見かけ上どちらの方向にも反応が進まない状態で停止しているように見える)によってほとんど制御されているらしいことを最近の研究は示している。海水の化学組成は石英、イライト、モンモリロナイト、クロライト、カオリナイト、カルサイト、フィリップサイトなどの鉱物と地球の大気との化学平衡でもたらされる理論的な溶液の組成に近いことを1961年にシレー氏が示した。これらの鉱物は河川水によってもたらされる主要イオンであるカルシウム、シリカ、炭酸塩、硫酸塩を含んでいる。しかし、流入率または流入物質の比率の変化は海水の化学組成に何の影響も及ぼさなかった。
雨水による(炭酸ガスが雨水に溶けると炭酸水となる)堆積岩(石灰岩や岩塩)や火成岩(灰長石、カリ長石、曹長石)の風化作用により、シレー氏が考察した様々なミネラル(ケイ酸、カリウム・イオン、重炭酸イオン、カルシウム・イオン、ナトリウム・イオン)が生成することを示したモデルを1970年にマッキンチレ氏が提示した。カルシウム、カリウム、ナトリウムなどの各長石の風化によりアルカリ溶液(カルシウム、カリウム、ナトリウムがイオンとして溶け出してできた溶液)、重炭酸イオン、水和シリカの懸濁物、カオリナイトに似たアルミノシリケイト(火成岩が風化され破片となった砂)ができる。これらの成分を持った河川水が海に流されて、カリウム・イオンの多い海水環境に置かれると、深海部でアルミノシリケイトは重炭酸イオンとも反応してイライト粘土を形成し、炭酸ガスが発生する。イライト粘土は堆積岩である頁岩になる。浅海部では重炭酸イオンとカルシウム・イオンは海洋生物により炭酸カルシウムとして固定され(生物除去)、炭酸ガスも発生する。海底火山から放出された塩酸は重炭酸イオンと反応して炭酸ガスを生成、後に塩化物イオンを残す。各反応で発生した炭酸ガスは大気中に放出される。
海底火山の塩酸と反応して
深海部では沈積した粘土は頁岩になり、それは熱と圧力の作用でグラナイト(花崗岩)に変成される。海水中に流入してくるイオンを選択的に抽出するこれまでの反応は最終的にナトリウム・イオンと塩化物イオンを後に残し、それらは結合して海水の主成分である塩化ナトリウム(塩)となる。これらのことを簡単に分かり易く図1に示す。
要するに岩石が風化されて各種イオン成分と粘土鉱物などになり、河川水で海まで運ばれると、そこで海底火山から噴出される塩酸とも併せて複雑な反応が起こり、最終的に塩が主成分として海水中に残るので、海の水は塩からくなる。しかし、各種反応を含めて塩が海水の主成分となっていく過程・機構は仮説であり、現実に海水中では各成分は平衡状態で一定に維持されているので、今なお、どうしてそうなるのか研究が続けられている。
海水中には膨大な塩が
塩化ナトリウム(塩)は海水中に最も多く溶解しているミネラル成分である。世界の海には
約3.29億立方マイルの海水があると推定され、その中には図2に示すように約46×1015ショート・トンの塩が含まれている。1立方マイルの重量は47億ショート・トンで、1.1兆ガロンの海水と1.65億ショート・トンの溶存物質を含み、その内の1.39億ショート・トンは塩である。