たばこ塩産業 塩事業版 2013.3.25
塩・話・解・題 96
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
どうして海の水は塩からいの?
海水が塩からいことは誰でも知っている。それでは、どうして塩からいのだろうか。これについては北欧のいくつかの国で似たような民話が伝承されている。日本でも昔話の一つに海が塩からくなった話がある。筆者が非常勤講師として東海大学海洋学部で大学院生への講義で用いたテキストは科学雑誌Scientific Americanに掲載された論文の「海が塩からい理由」であった。
北欧スカンジナビアの各国で語り継がれる同種の民話
海の王の命令で アイスランド
デンマークで二つの大きな石臼が発見された。その石臼はグロッティと呼ばれ、石臼を回す人の願いを叶えて何でも出すことができた。石臼をもらったフロディ王は二人の女中に命じて、王のために石臼を回して黄金、平和、幸福を出させた。休むことなく石臼を回させられた二人はフロディに反抗して新たな主人を求めた。すると海の王ミューシングが現れた。その夜、ミューシングはフロディ王を殺し、多くの略奪品を持って船で逃げた。石臼と二人の女中も連れて逃げたミューシングは、彼女らに塩を挽き出すように命じた。真夜中、二人はミューシングに、塩に飽きたのではないかと聞いたが、もっと挽き出すように言われた。挽き続けるとまもなく船は沈み、石臼の穴に海水が流れ込み、渦ができた。それから海は塩からくなった。
裕福な兄と貧乏な弟 ノルウェー
昔々、裕福な兄と貧乏な弟の兄弟がいた。ある年のクリスマス・イブ、貧しい弟は食べ物をもらいに裕福な兄の家に行くと、兄から「言うとおりにすれば、ハムを1本やろう」と言われた。「何でもするから」と答えると、ハムを渡され「これをやるから、今からまっすぐに地獄へ行け」と追い出された。弟は言われたとおり「約束を守る」といって一日中歩き、夕暮れ時にある場所まで来ると、そこで輝いている光を見た。「ここが地獄かな」とつぶやいて、クリスマス・ファイアー用の木を切っている長く白いあごひげの老人に尋ねた。「そうだよ。地獄に入ると、悪魔がお前のハムを欲しがるだろう。地獄では肉が不足しているからね。でも、扉の後ろにある挽き臼を手に入れられなければ売ってはいけないよ。挽き臼は何でも挽き出せる。地獄から出てきたら、挽き臼の回し方を教えてあげよう」と老人は話した。
弟は礼を言い、地獄の扉を大きくノックして入ると、老人の話のように全てが進んだ。悪魔たちは弟を取り囲み、いろいろな物を売ってハムを買おうとしたが、弟は譲らず、扉の後ろにある挽き臼となら交換してもよいとして挽き臼を手に入れた。弟は老人に挽き臼の回し方を教わり、12時を打ち終わる前に家に着くように急いで帰った。
待っていた妻に挽き臼を食卓に置いて見せ、明かりをはじめ、テーブルかけやクリスマスのご馳走を次々に出した。驚いた妻はどこで手に入れたかを知りたがったが、何も話さなかった。クリスマスの期間中、食べ物や飲み物を出し続け、三日目には友達や親戚を招いてご馳走した。この様子を見た兄は羨ましくなり、弟にこれらの品物をどこで手に入れたかを聞いた。最初は扉の後ろからと誤魔化していたが、酒に酔った弟は挽き臼を持ち出し、この臼からだと言って挽き臼を回してあらゆるものを取り出した。
それを見た兄は臼が欲しくなり、譲るように弟を口説いた。弟は何年分もの必要な物を臼で挽き出してから300ドルで売った。兄は妻を干草畑へ行かせ、昼食の用意をすると言って一人で家に残った。臼を台所の台の上に置き、ニシンとお粥を出せと命じた。臼が回ってニシンとお粥がドンドン出てきて、お皿や桶は一杯になり、溢れて台所の床一面に広がった。兄は挽き臼を止めようとしたが止まらず、お粥で溺れそうになったので、台所の扉を開け、道に押し流された。ニシンとお粥は農場を覆いつくすように流れた。
農場に行っていた妻が昼食作りを手伝おうと帰る途中で、ニシンがお粥と一緒になって流れてきて、その前を夫が命からがら逃げている光景を見た。夫は「お粥に溺れないように!」と妻に叫びながら走り抜けて、弟の家に向かうと、今すぐ挽き臼を引き取ってくれと頼んだ。兄が300ドルを支払うことを条件に、弟は挽き臼を取り返した。弟は立派な家を建て、臼から挽き出した金の板で家を覆った。海岸にあった家はキラキラと輝き、船乗りたちはそれを見にやってきて、臼の噂はあまねく知れわたった。
ある日、挽き臼を見たいと船長が来て、塩を挽き出せることを知ったので、遠くまで塩を運ばなくても済むと思い、渋る弟を口説いて何千ドルも支払って手に入れた。弟の気が変わらないうちにと、急いで臼を持って船に帰った船長には臼の止め方を聞く暇がなかった。沖に出た船長は挽き臼に塩を出すように言うと、臼は塩を出し始めた。船が塩で一杯になったとき、船長は臼を止めようとしたが止まらず、塩の山はうず高くなり、船は沈んでしまった。今でも挽き臼は海の底にあり、塩を出し続けているので、海は塩からい。
船乗りハンスの宝物 デンマーク
昔々、ハンスという名の少年がいた。少年は祖母に育てられ、祖母が死ぬ前に彼女の宝物であるコーヒー・ミル(挽き臼)をもらった。欲しい物をミルに頼めば何でも挽き出してくれた。祖母が亡くなり、一人になったハンスはミルを持って世界に旅立った。食べ物を欲しくなった時にはミルに命じて出させ、食べ物を手に入れると命じて止めた。
大きな港に来て、多くの船を見たとき、もっと広い世界を見られたら楽しいだろうなと思った。そこで船乗りになった。ほかの船乗りたちはハンスをこき使った。ハンスは辛さに耐え、食べ物がなくなるとミルから出して食べた。悪い船乗りたちはハンスに食べ物を少ししかやらないのに、どうして何時も満足しているのだろうといぶかった。ある日、船乗りの一人が船室扉の窓から覗き、ミルから食べ物を出しているのを見た。
船員たちはハンスからミルを買おうとしたが、祖母が残してくれた唯一の宝物だと言って売らなかった。するとある日、悪い船員たちはハンスを海に投げ込んで、ミルを奪った。彼らが塩を必要とした時、ミルに命じて塩を出させた。まもなく十分に得たので、止まるように命じたが止まらなかった。部屋を覗き見した船員は正確な命令を教わらなかったからだ。まもなく船は塩で一杯になり、船はミルとともに沈んで船乗りは溺れ死んだ。ミルはまだ海底にあり、塩を出し続けているため、海水は塩からく、これからも塩からいだろう。
海底に沈み回り続ける魔法の塩臼
止める呪文を知らずに ドイツ
昔々、かわいくて勇敢な少年がいた。彼は盲目の祖母と素直な心以外に何も持っていなかった。学校を卒業すると彼は船乗りになった。少年は初航海の前に仲間の船員が皆高い掛け金で賭博をしているのを見たが、彼には1ペニーもなかった。悲しくて祖母に訴えると、彼女はしばらく考えて、部屋から小さなミルを持ってきた。それを少年に渡し、「呪文を唱えると、欲しい物は何でもミルは回って出してくれるし、止める呪文を唱えると、ミルは回らなくなる。しかし、何も言わなければミルはお前に災いをもたらす」と言った。
少年は船に乗った。仲間たちがお金を賭けて賭博を始めたとき、彼はミルを暗い隅に持ち出して、金貨を出させた。今や彼は仲間の中で一番のお金持ちとなった。仲間たちは彼にどうして欲しい物を手に入れるのかを聞いたが、何も話さなかった。しかし、彼らは責め続けるので、とうとう何もかも話した。
悪い船長がこの噂を聞いて、少年を彼の部屋に呼び、ミルを持ってきて船長のためにチキンを出せ、と命じた。少年はかご一杯のチキンを持ってきたが、船長はミルを持ってくるまでと言って彼を叩き続けたので、少年はミルを持ってきて回す呪文を話した。だが、止める呪文は教えなかった。
その後、少年が一人で甲板に立っていた時、船長は彼を海に突き落とした。船長は部屋に入ってミルに塩を出すように命じた。器が塩で一杯になると、船長はこれで十分と、ミルを止めようとした。しかし、何を言っても止まらないので、海へ投げ捨てようとしたが、よろけて床に倒れた。船長は剣でミルを砕いたが、小さな欠片はどれも小さなミルとなって回りながら塩を出し続けた。塩は船からあふれ出し、全てのミルとともに沈んだ。これらのミルは海底で塩を出し続け、正しい呪文を唱えても、深い海の底にあるので聞こえない。このため海は塩からい。
“塩臼”はあった! 科学が解明
塩を挽き出す臼の話は他の国でもまだまだある。海底にある塩を挽き出す臼に科学的根拠を与えた論文がScientific American(1970年223号104ページ)に発表された。スカンジナビアの古い民話に出てくる海底の魔法の塩臼のように空想的なものではない。地球物理学理論で目に見えるようにされた塩臼は、すべての大洋の海底を4万マイルにわたって蛇行している中央海嶺の亀裂である。地球の地殻はいくつかの堅いプレートに分かれており、プレート間の弱いところが亀裂だ。図に示すようにマントルから新しい玄武岩がプレート間の亀裂を通して湧き出でるにつれて、プレートは1年間に2,3センチメートルずつ動いて離れていく。新しい玄武岩は水と数多くの元素を放出する。大陸の縁(右側)では地殻プレートが下に潜り込んで海溝を形成し、プレートと一緒に堆積物を運んでいく。プレートは再融解し、火山によって大気中に元素やイオンが放出される。それらは雨水で海に流されてくる。それらの元素が海水の塩からさを維持している。