たばこ塩産業 塩事業版 2010.6.25
塩・話・解・題 63
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
塩事業センター「事業仕分け」は妥当か
来年度の予算編成を前に各省庁傘下の事業を見直し、無駄な費用を洗い出して事業の削減・廃止などによる評価で財源を捻出するために行政刷新会議による事業仕分けが行われている。5月20日には塩事業センターの仕分け作業が行われた。その様子はインターネットで国民の前に公開され、行政刷新会議のホームページには評価結果が掲載されている。それを見てこの場合の妥当性を考えてみた。
事業仕分け対象の条件 のべ6919法人が該当
ウィキペディアによる公益法人の項によると、今後徹底的な見直しをすべき事業仕分け対象の法人数は約4,700あるとしている。その条件は次の通り。
1. 2007年度に国または独立行政法人から1,000万円以上の公費を受けている。(1,306法人)
2. 法令に基づき権限の付与を受けている。(598法人)
3. 収入の50%以上を国または独立行政法人からの公費に依存している。(365法人)
4. 官僚の天下りした者および「隠れ天下り」と呼ばれる者を受け入れている。(2,353法人)
5. 10億円を超える財産を保有している。(1,448法人)
6. 内閣総理大臣または府省庁が所管または管理する公益法人であるが都道府県からも公費を受けている。(825法人)
7. 国の事業の行政委託型公益法人であるが、その委託された事業を外部の事業者に再委託している。(24法人)
1から7までの法人数を合計すると6,919法人になるので、複数の条件に該当する法人が相当数ある。問題となりそうな公費を受けている法人が2,496法人、官僚の天下りを受けている法人が2,353法人ある。
事業仕分けの目的は、公費(税金)の無駄遣いをしている事業を洗い出し、事業内容の見直し、事業の廃止、公費の返却、事業の継続、などを判断して財源を捻出することである。
塩事業センターが該当する項目は
では、7項目ある事業仕分け対象条件のうち、塩事業センターはどれに該当するのだろうか?行政刷新会議へ提出されている概要説明書から前掲の7項目で該当する項目を挙げると、2007年度に126,382千円を国からもらっている(1.これは平成18年度から5ヶ年計画で始まった次世代イオン交換膜の開発に向けた基礎研究に対する補助金で、2008年度の120,630千円受け入れで打ち切られている)。1名の官僚天下りを受け入れている
(4)。正味財産は表1に示すように年々積み上がっている(5)。以上の3項目が考えられる。
表1 生活用塩の供給等業務特別勘定の資産の経緯 | |||||
平成の年度 | 正味財産(億円) | ||||
9 | 470.2 | 塩事業法附則第6条 (塩専売事業に係る財産の処分等) | |||
10 | 496.4 | 1 会社*は…センターに対し、会社の同条に規定する | |||
11 | 523.0 | 塩専売事業に係る財産としてあらかじめ大蔵大臣の | |||
12 | 544.8 | 認可を受けたものを、生活用塩供給業務に係る財産 | |||
13 | 558.3 | 又は生活用塩供給等業務に要する費用に充てるもの | |||
14 | 562.6 | として拠出するものとする。 | |||
15 | 567.2 | 3 第一項の規定のより会社がセンターに拠出した財産 | |||
16 | 572.3 | は、政府からセンターに対し拠出されたものとする。 | |||
17 | 578.7 | (*日本たばこ産業株式会社) | |||
18 | 588.2 | ||||
19 | 608.1 | 公益法人担当部局用の資料より | |||
20 | 608.9 | ||||
平成9年度に435億円の拠出 |
センターの「仕分け」論点 収益、財産、制度全般…
事業仕分け人には公益法人担当部局用の資料として次のように記された「論点等説明シート」が配布されている。
○ 生活用塩供給等業務に係る現行制度を前提としても、生活用塩供給等業務における収益
の規模(90億円程度)、経常損益等を考慮すると、生活用塩供給等業務を適切に遂行するための財産として、609億円の正味財産(有価証券として487億円)は過大ではないか。
○ 民間法人の財産であり、一般的にはその返納を強制することはできないが、当該財産に係る下記の経緯及び法律上の制約を考慮する必要があるのではないか。
(1) 平成9年に塩専売事業に係る財産としてJT
から435億円の拠出を受けたものである(他に、専売制度廃止の経過措置期間中の利益等)。
(2)
JT 拠出分については、法律上、「政府から拠出されたものとする」とされている。
(3) 法律上、他の用途に流用ができず、センターの指定取消しの際の生活用塩供給等業務
に係る財産の取扱いについては、「別に法律で定める」とされている。
○ 専売制度の廃止から10 年以上経過する中で、センターの塩販売価格や塩の備蓄水準の在り方などを含め、生活用塩供給等業務に係る制度全般について適切に検証を行っていくことが必要ではないか。
以上の論点ガイドに従って質疑応答が行われた。
評価者の評価シートには様々なコメントが書かれた。保有財産と備蓄量に関する評価だけを選んで下記のように整理した。
【保有財産額と返納について】
● 民間法人であるから、「埋蔵金」の返納を求めるのは困難であろうが、明らかに過大な積立と思われるので、法的に可能であれば返納せしめるべきであろう。
● 生活塩販売事業のコストについて徹底的な見直し、備蓄量の見直しを行い、コスト引き下げを行う。6百億円もプールすべき必要性はなく、運用の必要もない。事業、備蓄量含め見直しをして国庫返納すべき。
● JT時の内部留保について国に返還すべき。
● これまでの専売時代からの過渡的措置として独占的に事業を行っていた時代からの利益は、国民全体のものであり、国庫返納が当然。
● 生活用塩の備蓄量を今年度中に見直し、特に生活塩に限らず広く塩全体を見て緊急時対応を検討する必要がある。生活塩の生産も民間が増加している現状を見れば、生産から撤退も検討。これらの事から、過大と思われる財産を国庫へ返す仕組みを考えるべき。
【塩の備蓄量について】
● 備蓄のあり方については、国において見直すこと。
● 備蓄量を必要性に合わせて見直すべき。
● 備蓄相当額10万トンの根拠がない。
● 塩販売を完全に自由化し、備蓄量及び制度について別途考えるべき。
● ソーダ工業用、食品工業用を含め、食用に転用が可能であり、備蓄を含めた必要性がない。
● 民間の流通用の在庫量があり、法律上強制して備蓄させる意味がどこにあるのかわからない。
● 備蓄量の検証により規模縮小。
● 民間在庫、食料塩への転用可能な在庫の把握がなされておらず、備蓄量算定の前提情報が欠如。早急に情報入手の上、備蓄必要量再検証が必要。
● 備蓄量の適正化は、食用に供しうるすべての商品在庫量の検証をまず行うこと。
以上の評価者コメントを読むと、認識がずれているところが多々ある。
作業グループの評価結果 見直し(過大分国庫返納)
評価結果としては事業廃止が3名、過大分の国庫返納が6名、その他備蓄量の見直しが3名(見直しには重複がある)の内訳となり、事業仕分け作業グループの結論としては「見直しを行う(過大分の国庫返納)」となった。現在の流通経済状況下では事業廃止論が出ることも止むを得ないが、代替品がなく生命維持に必須な塩の特殊性を理解すれば、事業廃止は、海水以外に塩資源のない国が危機管理を放棄することを意味する。
とりまとめコメントを次のように記している。『当ワーキンググループとしては「見直しを行う」を結論とし、現在、積み立てている分の正味財産のうち、過大分を国庫返納していただきたい。評価者の方々は、「備蓄の意味、備蓄量の10万トンの根拠を今年度中に見直し、緊急時対応を検討する必要がある。」と言及している。現在の備蓄量を見直すことにより、その分にかかるコストを削減し、現在保有する財産を適正な量に圧縮していただきたい。その結果、過大となった財産については、国庫返納していただきたい。』
家庭用小物商品の販売量は1977年には約33万トンであったが、塩専売制度が廃止された1997年には約18万トンまで減少し、2008年には約11万トンまでほぼ一直線に減少してきた。専売時代の家庭用小物商品は現在では生活用塩と言える。この他に特殊製法塩(専売時代の特殊用塩)があり、生活用塩の減少は特殊製法塩や小物輸入商品に置換わっている。したがって、家庭で使われる小物商品の数量はそれほど変わっておらず、40万トン程度はある。甚大な災害があれば、直ちに塩を無償配布する。33万トンの販売量を取扱っていた時代には、商品の在庫量も多く、緊急時には容易に対応できる状態であったが、現在の11万トンの販売量では対応しにくい状態になっている。備蓄量10万トンを減らすよう見直しが指摘されているが、危機管理上如何なものかと思う。財産の国庫返納については後述する。
塩事業センター設立目的 良質な塩の安定的供給
日露戦争の戦費調達のために財政専売として始まった塩専売制度は戦後程なく公益専売に変わった。需給の安定を図りながら生命維持に不可欠で代替品がなく、国民生活必需物資である塩を離島・山間の僻地を問わず、全国津々浦々に安定して安価な品質の良い塩を供給するとともに、国内の塩産業を国際的に自立できるように育成することが目的となった。
塩産業自立化の目途が得られるとともに、原則自由の市場構造に移ることにより消費者にとっての利益が増進されるとして塩専売制度が廃止された。その際、塩が生活必需物資であること等の特殊性に鑑み、良質の塩の安定した供給を確保するため、必要最小限の公的関与を行う必要があるとし、生活用塩供給業務を行う組織として民間の財団法人塩事業センターが設立された。センターには塩の備蓄、緊急時の塩の供給、塩業界への助言・指導・援助、調査研究ほかの業務を行うことも法律で決められている。
塩の備蓄は「危機管理」
歴史的に塩を制する者が勝者となった。塩は徴税の手段とされ、米国の南北戦争では南軍の塩補給を封鎖した北軍が勝利した。塩は危機管理すべき物資であり、かつて専売時代に食用塩の輸入を迫ってきた製塩会社に日本ではナショナル・セキュリティとして塩専売を実施していると説明すると、すぐ理解してくれた。
毎年の予算で政府から財政援助を受けているわけではなく、完全に自主独立している塩事業センターを事業仕分けの対象にすることは少しピントがずれている。論点整理でも、財産の一部国庫返納には強制力はないとしている。貸し与えたお金でもない拠出金を返せとは言えない。財団の財布を見て、政府の手元不如意により恵んでもらいたいと言うことだ。世間ではこれを乞食根性と言う。誠に情けない。
備蓄量にしてもセンターの責任で法律義務を果たしている。備蓄保管料が嵩んでも(無駄使いと見られている)、本来業務が齟齬を来たしているわけではない。日本の塩生産はイオン交換膜法による海水濃縮技術が生命線であり、製膜技術の温存・開発・発展が不可欠である。国庫に拠出するよりも将来を見据えて技術開発を進めるべきである。
なお、返納要請をする前に、議員定数の削減や歳費の減額をして自ら範を示す自助努力をすることが先。その後に請われれば協力することもあるだろう。