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たばこ塩産業 塩事業版  2008.9.25

塩・話・解・題 42 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

熱中症 文明の落とし穴

 熱中症による救急車出動が話題になる時代となった。天気予報と同じように週間の熱中症予防情報が発表されている。熱中症はスポーツをしている時にだけ起こるものではない。通常の生活者でも突然起こるので要注意である。熱中症を起す最盛期は過ぎた時期ではあるが、先月の低ナトリウム血症の記事との関連で取り上げた。

熱中症のさまざまな病状

 熱中症は病状の違いによって表1のように分類されている。温度が高く、汗が蒸発しにくい湿度の高い状態では体温の調節ができなくなり、脱水、痙攣、頭痛、吐気、めまい、血圧低下、意識障害、虚脱状態、昏睡といった症状を引き起こす。
  重症度別に3段階に分かれており、T度がめまい、失神、筋肉痛、大量の発汗、U度が頭痛、不快感、嘔吐、V度は意識障害、痙攣、歩行障害となっている。
  環境省の「熱中症環境保健マニュアル」によると、T度の場合は風通しの良い日陰や室内に移動させ、衣服を脱がせて扇風機の風を当てるなどして体を冷やすほか、水分を与える。それでも改善しない場合やU度、V度の場合は病院への搬送が必要となる。命を落とす場合もある。
  厚生労働省の統計によれば、毎年200人から400人が死亡しているという。体力のない高齢者や幼児には細心の注意が必要だ、と警告されている。

表1 熱中症の種類
意識 体温 皮膚 発汗 原     因 治  療
熱失神 消失 正常 正常 (+) 直射日光下の長時間行動や高温多湿の室内で起きる。発汗による脱水と末端血管拡張による循環血液量の減少。 輸液と冷却療法
熱疲労 正常 〜39℃ 冷たい (+) 多量の発汗に水分・塩分の補給が追いつかず、脱水症状になった場合 輸液と冷却療法
熱痙攣 正常 正常 正常 (+) 大量の発汗後に水分だけ補給し、塩分やミネラルが不足した場合 食塩水の経口投与
熱射病 (日射病) 高度な障害 40℃以上 高温 (-) 視床下部の温熱中枢まで傷害され、体温調節機能が失われた場合 緊急入院で速やかに冷却療法
Wikipediaより

発症条件の近代化

子供の頃、日射病がどんな病気か経験したことはなかった。大学の体育祭でマラソンの伴走をしたとき、走者が途中日射病で倒れ、あわてた経験がある。
  炎天下で行うスポーツや作業、風通しのない暑い部屋や車内に長時間いると熱中症になる危険性が高くなるということは理解できるが、最近では、そのような状況ではないのに熱中症になる場合が増えているという。生活の近代化に伴って熱中症も近代化してきたようだ。つまり、エアコンで快適に冷房されたところから急に屋外の炎天下に出ると、暑さに慣れていない体は環境の変化についていけず、熱中症を起してしまうようだ。
  産経新聞(2008.8.26)によると、熱中症の発症条件がそろっていない(暑さ指数で予測)のにこの夏は熱中症が増えているそうだ。国立環境研究所の調査によると、18都市の7月までの患者数は昨年の約800人に比べて今年は2,000人を突破したという。
  一例ではあるが、6月の東京の平均気温は図1に示すように昨年よりも低かったもかかわらず、患者数は多かった。6月の平均気温は21.3℃で調査開始以来一番の低さだった。気象業務支援センターの技師によると、「熱中症は体が暑さに慣れていないと発症しやすい。今年は6月の気温差が激しく、7月にかけて急激に気温が上昇した」そうで、6月と7月の平均気温の差は6.7℃で調査以来最高だったと言う。
  東京消防庁管内で19年に通報された熱中症関連事故の発生場所で、住宅内に次いで多かったのは路上で、半分近くが2060代で、エアコンの効いたオフィスから急に屋外に出たケースが多いとみて、気温差の危険性を指摘している。

         2008年6月東京の気温変化を2007年と比較     

治療法と予防法

熱中症の治療法は表1に簡単に書いてあるが、専門家によれば、いずれも体を涼しい場所で休ませ、適度に水分を補給する手当てが大切。発汗で電解質も失われている(電解質バランスを崩している)ので、スポーツ・ドリンクや少量の塩を含んだ水を飲むのも効果的だ。ぬれたタオルや冷却剤を太い血管のある首やわきの下、足のつけ根の内側の分部に当てて冷やすと体温は下がりやすい。
  発汗に伴う脱水や塩分の損失による熱中症の予防では、水分の補給だけでは低ナトリウム血症になりかねないし、補給する水分の中に塩分があると、塩分の補給だけでなく水分の吸収が促進される。1リットルに1グラム強の塩が入っている溶液でよい。
  発汗(0.52.5 l/h以上)で大量の塩分を失う運動家では、高ナトリウムのスポーツ飲料(0.30.7 g/lの塩分)で痙攣の予防や緩和ができる。運動で暑さに慣れるには510日かかり、発汗量が増えながらも塩分損失量が減って、耐えられるようになってくる。利尿剤を服用している比較的高齢の運動家では、電解質バランスを崩して熱中症になりやすいので気を付ける。 炎天下や暑い室内での競技が予定されている場合には、前日や当日に塩辛い食事をすることも熱中症の予防になる、とはアメリカの国民運動訓練協会誌の熱障害記事に書かれている。
 数年前に競技者の食事を管理している栄養管理士の話を聞いたところでは、沢山食べさせてカロリー摂取量を増やすことだけに気を使い、塩分摂取量については念頭になかった。つまり減塩という発想はなかった。このことから、筆者は減塩していては競技に勝てないと思っている。

  運動家ではなく一般の人々で、急激な気温の変化に体が対応できなくて起こる熱中症と塩分との関係については学術的には整理されていないが、急に気温が高くなった日には、とりあえず水分と塩分の補給に心がけよう。
  人工的に自在に環境を変えられる現在では、暑い日中から良く冷房の効いた所に入ると生き返ったように感じる。文明の有難さを感じる一方で、逆になるとそれが思わぬ落とし穴になっていることも認識しなければならない。