たばこ塩産業 塩事業版 2002.12.25
Encyclopedia[塩百科] 17
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
スポーツ栄養と塩
第8回「スポーツ栄養セミナー」に出席する機会があった。減塩食を食べていてはスポーツ大会で優秀な成績を上げられないはずであると常々思っている筆者は、スポーツ選手はどのくらいの食塩を摂取しているのか、1日当たり10gと言う食塩の目標摂取量について選手やスポーツ選手の栄養管理をする栄養管理士はどのように考えているのか、知りたいと思っていた。セミナーに出席して多少の情報が得られ、またソルト・サイエンス研究財団の助成研究でも高高齢エリートアスリートの食塩摂取量について発表があった。
トルシエ監督黙認の「漬物」「梅干」
セミナーの特別講義でワールドカップ日本代表チームの栄養アドバイザーとして日本選手の栄養摂取の指導に縁の下の力持ち的役割を果たした担当者の約6ヶ月間にわたる苦労話、エピソードを聞いた。
栄養アドバイザーの役目は、食環境の整備、サプリメントの指導、試合時に用いるドリンクの指導、個人カウンセリングの実施、メディカルスタッフとしてドクター、トレーナーと協働した体調の管理である。
食事はビュッフェ形式で、主食、おかず、野菜、果物、乳製品などでメニューのカテゴリー化を行って選手として望ましい食事を揃え、調理担当者との意思疎通を容易にするように配慮した。特に選手として必要なエネルギー量、栄養量を摂らせるように美味しく飽きさせることのないメニュー作りに苦労したようである。
サッカー選手の推奨エネルギー摂取量は5,600Kcalで体重kg当たり70Kcal であるという。ミネラルではカルシウム、マグネシウム、鉄が摂取量不足にならないように気を使っていた。
トルシエ監督は全ての食事メニューをチェックして良否の判定をし、悪い物として漬物と梅干を挙げ排除するように言われたという。栄養アドバイザーとしては、これらの食品は日本の食文化・食生活に基づいた重要なもので、排除するわけにはいかないと強固に主張し、しぶしぶながらも認めさせたとのこと。多分、監督としては塩辛さから食べさせたくなかったのであろう。
3種類のミネラル摂取量については不足にならないように気を配っていたが、食塩の過剰摂取については聞くことができなかった。漬物、梅干をメニューに残すくらいであるから、1日当たり10gに対する過剰摂取についてか気にしていないのであろう。
疲労回復の促進には塩分濃度0.1〜0.2%の水が効果的
特別講義の後、3人の管理栄養士からの事例研究的な話と某製薬会社からスポーツ選手における水分補給の重要性についての話があった。水分補給では電解質補給も同時にすることが疲労回復の促進に重要で、0.1〜0.2%の塩分濃度の水が効果的であるとのことであった。
3人の管理栄養士の話は、新体操女子選手では、容姿の美しさを整えるために減量をしながら必要な栄養、エネルギーを摂取しなければならない食事指導のこと、スポーツ合宿ホテルで合宿者用の食事管理のこと、昨年10月にオープンした国際競技力の向上を目的としてトップレベルの競技者をスポーツ科学・医学・情報の面から組織的・計画的にサポートする事業を展開する国立スポーツ科学センターで栄養管理・指導のことであった。
いずれも健康管理上どれだけ安全に美味しく沢山食べさせるかに腐心していた。スポーツ選手は4,500〜6,000Kcalのエネルギーを摂取しなければならず、しかも筋肉、骨格、体力をつけるために栄養素のバランスを考えなければならないので、管理栄養士による栄養管理・指導が必要となる。
プロスポーツマンの食塩目標摂取量は15〜20 g!?
総合討論で、筆者が疑問に思っていた食塩の目標摂取量との関係で食事メニューの作成、食事管理をする上で食塩摂取量について管理栄養士としてどのように考えているか質問をした。
3人とも特に考えていないと答えた。なにしろ沢山食べさせなければならない関係から食塩摂取量については気にしていられない様子であった。
しかし、300人くらいの給食関係者、管理栄養士(若い女性が多かった)が集まっていたので、司会者は日頃の食事指導上講演者の答えに不安を感じたのか、釘を刺すことを忘れなかった。ある大会社の給食指導をしているが、そこにはかって若い頃にスポーツ選手で沢山食べていた人がいるが、そのような人は高齢になって生活習慣病になるケースが多いと。そのような傾向があるとすれば、このような事例について食生活、体格、体質、疾病等の統計データから要因分析する必要がある。
ところが、会場から次のようなコメントがあった。
講演の中で栄養素の充足率と言う言葉が使われていたが、充足率と言う言葉は適当ではない。必要な栄養摂取量は一般の人について定められたもので、スポーツ選手については必ずしもそれが当てはまるわけではない。したがって、その言葉は誤解を招くおそれがある。スポーツ選手用の栄養摂取量はこれから研究して定め、管理していく必要があると。
ちなみに、第六次改定日本人の栄養所要量では、生活活動強度別のエネルギー所要量が定められている。生活活動強度の高いWランクのエネルギー所要量は15〜29歳の男子で3,000Kcal前後、女子で2,400Kcal前後である。Wランクの日常生活の内容は、一日のうち1時間程度は激しいトレーニングや木材の運搬、農繁期の農耕作業などのような強い作業に従事している場合、となっている。
プロスポーツマン、エリート・アスリートではこの所要量の5割から10割り増しの摂取量であるので、単純に考えれば、食塩の目標摂取量も10gの5割から10割り増し、つまり15gから20gとなってしまう。実際にはどのくらいの摂取量なのであろうか、興味あるところである。
高高齢エリートアスリート達の食塩摂取量
この夏、財団の研究発表会で、亜細亜大学の勝田らは表に示すように高高齢エリートアスリートの栄養摂取、とくに食塩摂取量を中心にした助成研究の発表があった。
表 高高齢エリートアスリートの内訳データと食塩・エネルギー摂取量 |
男性 |
年齢 (歳) |
体重
(kg) |
競技種目 |
主な競技成績 |
食塩摂取量 (g) |
エネルギー摂取量 (Kcal) |
1 |
89 |
54.6 |
水泳(背泳ぎ) |
ジャパンマスターズ優勝(5回) |
16.8±4.1 |
1990±314 |
2 |
85 |
44.9 |
スキー(ディスタンス) |
全日本マスターズ優勝(4回) |
18.2±5.2 |
2804±633 |
3 |
90 |
53.0 |
陸上競技(10種) |
世界ベテランズ優勝(世界新記録) |
14.0±1.1 |
1889±209 |
4 |
84 |
45.5 |
テニス |
日本シニア優勝 日本グランドシニア優勝 |
6.4±1.9 |
2089±418 |
5 |
84 |
56.5 |
陸上競技(5種) |
世界ベテランズ優勝(4回) 世界新記録(5回) |
14.0±1.1 |
2706±250 |
|
|
|
|
平均摂取量 |
13.9±4.1 |
2296±381 |
|
|
|
|
国民栄養調査(平成11年) |
13.7 |
1936 |
女性 |
|
|
|
|
|
6 |
73 |
57.2 |
水泳(自由形、バタフライ) |
世界新記録(3回) |
15.3±1.8 |
2506±370 |
7 |
83 |
37.1 |
卓球 |
世界ベテランズ優勝 (1〜10回連続出場) |
11.5±3.7 |
2069±95 |
8 |
84 |
46.0 |
水泳(自由形) |
日本マスターズ・ジャパンマスターズ優勝(5回)(2000,2001年:1500m優勝) |
12.5±2.8 |
1905±201 |
9 |
79 |
49.4 |
水泳(自由形、バタフライ) |
日本マスターズ優勝(3回) |
12.2±3.1 |
1778±408 |
10 |
73 |
55.3 |
なぎなた |
ねんりんピック準優勝(2000年) |
8.9±1.1 |
1598±76 |
|
|
|
|
平均摂取量 |
12.1±2.1 |
1971±309 |
|
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|
|
国民栄養調査(平成11年) |
12.2 |
1606 |
高高齢エリートアスリートとは、70歳以上の高齢で国内、国際の競技大会に出場して、優秀な成績(優勝や世界新記録)を修めてくる選手である。今回の調査では男女とも5人ずつの計10人の結果で、各被験者の年齢、体重、競技種目、成績をみると驚くばかりのデータである。
各人の食塩摂取量、エネルギー摂取量を平成11年の国民栄養調査結果と比較していただきたい。一般的に国民栄養調査結果より高い摂取量である傾向を示しているが、男4番、女10番のように減塩に心掛けている選手がいるので、各摂取量の平均値としては栄養調査結果とそれほどかけ離れた結果ではな
い。
しかし、±の振れ幅は相当大きな選手がいる反面、それほど大きく振れない選手もおり、体質的に個人差が非常に大きいことが分かる。食塩摂取量でもエネルギー摂取量でもかなり低い値で激しい運動に耐えている人がいることには驚いた。このような人がいるからといって減塩を勧める立場からスポーツマンでも食塩の目標摂取量は10gで良いとして、すべてのスポーツマンにその値を押しつけることについては疑問である。しかし、現実には保健政策が勧められてきたので、これらの人達は永年の努力でここまで下げてきたのであろう。その意味では、努力すれば減塩は可能、と言う良い事例でもある(一日1g程度の食塩摂取量でも生活している民族がいる事例があるので、暫定的に食塩の目標摂取量を10gとしている)。
なお、食塩摂取量はエネルギー摂取量に正比例して多くなる傾向があるので、若者の場合にはかなりな高食塩摂取量になっているのであろう。今後も、高高齢エリートアスリートに限らず、若者のエリートアスリートについても食塩摂取量を含めた食生活データが明らかになることを望んでいる。
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