たばこ塩産業 塩事業版  2006.2.25

塩・話・解・題 11

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

海水淡水化装置の進歩

 約230万人の人口を擁する福岡都市圏(99)では一日平均約60m3の給水量が必要である。これまで半年以上に及ぶ給水制限を余儀なくされたこともある。筑後川からも25kmの導水路で給水量の30%を賄っている。ダム建設以外に水源を確保する自助努力として一日5m3の能力を持つ逆浸透法による海水淡水化装置を建設した。4m3の造水能力を持つ沖縄の設備(2002525日号で紹介)よりも技術的に進歩している。施設を見学する機会を得たので紹介する。

新技術を採用して昨年6月に完成 フル稼働中

 総事業費約410億円をかけた施設は昨年6月に完成し、現在フル稼働中である。主要な装置として、浸透取水方式による海水取水、限外ろ過前処理、高圧逆浸透造水、低圧逆浸透水質調整から構成されている。これらの装置はいずれもこの施設の特徴を示しており、従来の海水淡水化技術では採用されなかった。技術の進歩により造水コストも低減化が図られている。
  海水から淡水が得られるまでの流れを簡単に述べると次のとおりである。取水海水を限外ろ過装置に通して清澄にする。スケール防止のために硫酸を加えて海水を酸性にする。高圧逆浸透装置で海水を2倍以上に濃縮したかん水と淡水を生産する。淡水にカ性ソーダを加えてアルカリ性にする。その淡水を低圧逆浸透装置に通し生産淡水中のホウ素を除き、水質を調整する。ミネラルと塩素を添加して浄水場に送る。以下にもう少し詳しく述べる。

沖合約640 mから取水 10万3000 m3/1日

 海岸から約640 m沖合の水深11.5 mの海底に図1に示す直径60 cm、長さ60 mのポリエチレン製の浸透取水枝管60本が総延長3,600 mにわたって埋設されている。取水面積は2m2になる。取水管の上には1.5mの浸透砂層があり、その下の2.35 mの砕石層の中に管が埋められている。

      海水取水機構図
                 図1 海水取水機構図

浸透流速は1日に6 mと極めて遅く、このことにより砂層が汚れで目詰まりすることを避けている。枝管で集められた海水は直径1.58 mの導水管で海岸線から約540 m入った陸地に設置してある取水井に導かれる。
  取水設備はプラスチック製であるので半永久的に使用できるとのこと。5(+予備1)のポンプで1日当たり103,000 m3を取水している。

限外ろ過膜で細菌、ビールスまでも除去

 逆浸透膜の目詰まりを防ぐために海水の前処理を行う。通常は海水に凝集沈殿剤を加えて砂ろ過装置により濁物を除去する。しかし、本設備では海水取水時に濁物は除去されているので、微生物等による生物汚損を防止するために限外ろ過膜により細菌、ビールスまで除去し、次工程で高圧逆浸透膜の目詰まりを極力防いでいる。
  本装置はスパイラル型モジュール(平膜の限外ろ過膜を封筒状に成形し、ろ過水を集める管の周囲にのり巻き状に巻いた単位装置。)で、255本×12ユニットが設備されており、2気圧の圧力をかけて運転されている。
 膜面に濁物が付着してくるので、40分毎に逆洗(膜の外側に着いた濁物を内側から逆に水を流して濁物を洗い流す操作)して、ろ過能力を維持させる。さらに4日間毎に次亜塩素酸ソーダ処理して微生物を殺菌し、微生物の増殖による目詰まりを避ける。

高圧力により海水量の60%相当の淡水を製造

 高圧逆浸透膜装置は海水淡水化の心臓部に相当し、83気圧という高い圧力を海水にかけ、半透膜(溶存塩類イオンを通さないで水だけを通す膜)である逆浸透膜を通して海水量の60%に相当する淡水を製造する。
  通常、海水は25気圧程度(温度、海水濃度によって異なる)の浸透圧を持っている。これに60気圧の圧力をかけて40%の淡水を回収するのが従来の技術であった。本装置では淡水の回収率を5割増にして設備の小型化を図り、コスト低減に寄与している。
 一方、海水濃度は2倍以上になる。この濃度上昇で炭酸カルシウムが析出(析出物をスケールという)し、膜を損傷する。これを防ぐ(スケール防止)ために硫酸を入れて海水を酸性にしておく。
 本装置は中空糸型のモジュールである。中空糸型逆浸透膜は図2に示すように頭髪よりも少し太い直径0.14 mmの管に0.07 mmの孔が貫通している糸状の膜である。高圧により孔の中に淡水が浸透ろ過されてくる。この糸状の膜約150万本を束ねて交差配置方式でモジュール内に組み込まれている。420本×5ユニットが設備されている。

       中空糸型高圧逆浸透膜概念図
             図2 中空糸型高圧逆浸透膜概念図

このモジュールの特徴は膜面積が大きいことと、膜の材質により塩素耐性が強いことである。平膜のスパイラル型と比較して単位容積当たりの膜面積が10倍大きく、緩やかな速度でろ過されても大量の淡水が得られる。生物汚損を防ぐために前工程で次亜塩素酸処理をされているが、耐塩素性のために悪影響を受けない。
  海水が濃縮されたかん水は83気圧の高圧であるが、大気圧で廃棄される。この間の圧力差をエネルギーとして回収し、造水エネルギーの約25%を賄っている。

低圧逆浸透装置でホウ素濃度を目標値以下に

 水道水中のホウ素濃度の規制値は1.0 mg/l以下である。
  高圧逆浸透膜で得られた淡水中のホウ素濃度は水温によって変動するが2.53.0 mg/l程度である。
  これを規制値に近づけるよう1.5 mg/lを目標値として、淡水にカ性ソーダを加えてアルカリ性にし、15気圧の圧力をかけて低圧逆浸透装置を通してホウ素濃度を目標値以下にしている。
 本装置はスパイラル型で240本×5ユニットが設備されている。

国庫補助率からみると相当なコストダウンに

 造水コストは技術の進歩により低下してきた。沖縄の場合170円/m3であったが、本設備の場合、地元新聞記事によると210220円/m3である。筑後川の水からの浄水コストでは120130円となり、海水淡水化による造水コストは約70%高くなっている。この数値は沖縄の場合より随分高く、疑問に思う。実は沖縄の場合、沖縄県企業局のホームページによると以下の仮定で計算されたコストが発表されている。「総事業費347億円、施設規模4m3/日、稼働率90%、回収率40%、算定期間20年、国庫補助率85%として試算すると、1m3当たり約170円になるものと見込まれています。」このように高い国庫補助率で安いコストとなっている。
  一方、福岡について問い合わせたところ、国庫補助率は1/3であるとのことであった。その他の条件は不明である。しかし、両設備について造水規模で総事業費を割り込んだ単位水量当たりの事業費に国庫補助率を掛けて得られた値を比較すると、沖縄の170に対して福岡は718となり、それが220くらいに抑えられていることから相当なコストダウンになっていると考えられる。

注:図はいずれも海の中道奈多海水淡水化センターのパンフレットより。原報はカラー印刷ではありません。