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たばこ塩産業 塩事業版 2003.03.25

Encyclopedia[塩百科] 20

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

食品添加物YPSについて

 122日に() 日本食品衛生学会主催で特別シンポジウムが東京大学弥生講堂で開催された。話題は「食品・食品添加物の安全性評価昨年 食品・食品添加物の安全性評価等に関する最近の動向 −」であった。会場はほぼ満席の状態で、250人位の参加者であったろうか。関心の高さを示していた。厚生労働省食品保健部基準課の担当者から「食品添加物指定を巡る動向」としてYPS指定についても話があったが、時間がないとの座長の司会で質問を受け付けず、そそくさと帰られた。これを機に厚生労働省のホームページを参考にしながら、どのように考えて指定されたのかを紹介し、それで良いのか考えてみる。

食品添加物指定のフェロシアン化物は3種

81日に食品添加物に指定されたフェロシアン化物は3種類ありフェロシアン化ナトリウム、フェロシアン化カリウム、フェロシアン化カルシウムである。これらは塩の固結防止剤として使われ、前2者はしばしばYPSとかYPP、あるいは分子式のNa4Fe(CN)6とかK4Fe(CN)6と海外の塩商品には表示されている。
  昨年の本紙8月25日号YPSに限り、その性質や塩に対する役割、毒性、取り扱いについて解説した。固結防止剤として塩に添加したときの安全性に関するデータは急性毒性試験しかないように書いた。その後、指定に当たっての安全性に関する考え方が厚生労働省のホームページに掲載された。

推定予測で安全性を評価 食品添加物に指定か?!

 安全性評価は科学的証拠(Scientific Evidence)に基づくことが原則である。とは言いながらも外圧がかかって切羽詰まると、ある限りの安全性データを探して、原則をすっ飛ばして推定予測で安全性を評価してフェロシアン化物を食品添加物に指定してしまったかに見える。その顛末を以下に述べる。
 この度の安全性評価データについては三つある。
@     安全性を評価する国際的な機関としてFAO/WHO合同食品規格委員会が食品添加物の毒性について合同専門家委員会(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food AdditivesJECFAと略称)の評価。1963年に暫定ADIとして0-0.00125 mg/kg体重/日が設定された。1973年には暫定ADI0-0.025 mg/kg 体重/日と再評価され、1974年に暫定が取れてその値がADIとして正式に設定された。このことはJECFAのホームページに掲載されている。
  ここで暫定ADIとは暫定許容一日摂取量であり、比較的短期間での使用には安全であると結論できる十分なデータがあるが、生涯にわたり安全であると結論するにはデータが不十分である場合に用いられる。暫定ADIの設定には通常よりも大きな安全係数が用いられ、必要なデータ提出の期限が設けられる。したがって、経過から考えて11年間をかけて必要なデータを揃えて暫定が外れた、と考えられる。
  ところで筆者は1987年に食品添加物の中で食用塩の国際規格案作成会議にオランダのハーグへ出張したことがある。食品添加物の安全性については現時点における評価レベルの概要を記した冊子が配布されてくる。そこでYPS について見たところ、安全性を評価したデータはないと書かれており、非常に奇異に感じたことがある。それを思い出し、JECFAで安全性評価に携わってきた講演者にシンポジウムで質問をした。暫定ADIが正式なADIになるには期限を切って安全性のデータを提出するようになっているが、期限内にデータが出されなかった場合にはどうなるのですか?と。データが出されなかったら、食品添加物を取り消される。過去にもそのような事例が1件あって取り消された。しかし、初期の頃は十分なデータがないままで正式なADIが設定されて食品添加物となっているものもあるとの回答であっ
た。
YPSはその例かもしれないと思った。
A FDA(アメリカの食品医薬品局)の評価資料
B EU(欧州連合)の評価資料:動物飼料中に入れる食塩に固結防止剤としてフェロシアン化物を用いるために安全性を評価した資料

薬事・食品衛生審議会の具体的な安全性について

 以上の3点の資料で安全性を評価したようであるが、どの資料でどの項目を評価したのか判らないが、下記のような項目を評価している。

(1)   毒性試験

(ア)   急性毒性試験

(イ)   90日間反復投与毒性試験

(ウ)   慢性毒性/発がん性併合試験

(エ)   催奇形性試験

(オ)   変異原性試験

(カ)   抗原性試験

(2)   体内動態(主として排泄)試験について

 以上のデータから食品添加物の指定に係る薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会毒性・添加物合同部会は次のように評価した。@慢性毒性/発がん性併合試験、一部の変異原性試験、催奇形性試験については、原著文献等の詳細なデータが示されていないものの、試験概要は提出されており、基本的な内容の確認は可能であった。A催奇形性試験では、経口投与ではないが、より毒性の発現しやすい条件でされたと考えられ、暴露量的には問題ないと思われた。B体内動態試験としては、経口投与による試験成績が不足しているが、議論した結果、今般提出された試験成績でフェロシアン化物の安全性評価が十分可能である。
 なお、今後、念のため、慢性毒性/発がん性併合試験、一部の変異原性試験、催奇形性試験については、原著文献を入手し、詳細な内容の確認を行うとともに、催奇形性試験については、今後必要に応じて経口投与による試験の実施も検討することとされた。これが725日に報告された内容である。そして81日に食品添加物に指定された。この短い時間の間に文献を確認して、それを報告する合同会議が開催された形跡はない。
 ところで日本で食品添加物に指定されるために添付すべき安全性に関する資料を表1に示すことで、前述の資料では何が足りないかが一目瞭然と判る。それでも指定されたと言うことは、解釈の仕方でどうにでもなると言うことか、何の意味もないことが決められているために、営々として時間と金を使ってデータを揃えなければならない、かのどちらかである、とでも考えたくなる。

表1 食品添加物の指定に添付すべき資料(安全性に関する資料のみ)
資 料 の 種 類 フェロシアン化物指定で用意した資料
(1)毒性に関する資料
 @28日反復投与毒性試験
 A90日反復投与毒性試験
 B1年間反復投与毒性試験
 C繁殖試験
 D催奇形性試験
 E発がん性試験
 F1年間反復投与毒性/発がん性合併試験
 G抗原性試験
 H変異原性試験
 I一般薬理試験
(2)体内動態に関する資料
(3)食品添加物の一日摂取量に関する資料

 また、指定外添加物(フェロシアン化物)を使用する食塩及びその食塩を使用し製造した食品への対応という712日付の書類で、食塩に固結防止の目的で使用されたフェロシアン化物は、食品添加物表示の対象となるが、その食塩を使用した加工食品の場合にはこの限りではない。として添加物のキャリーオーバー問題を逃れている。キャリーオーバーを問題にすると多くの輸入加工食品が問題となり、安全性は二の次にして市場が混乱するのを逸早く避けるためであったのであろう。

唐突で早急な指定への意見と当局の考え方

 フェロシアン化物の食品添加物指定に関して719日から24日の5日間に限って意見募集を行い25件の意見が提出されたようである。あまりにも短い募集期間で、意見を聞く機会の事跡を作っただけのものである。募集期間中に係らず、次の団体からの意見・要望等を受領したとのことで、日本消費者連名、日本塩工業会、全国消費者団体連絡会、山梨県消費者団体連絡協議会、日本生活協同組合連合会、主婦連合会が記載されており、それらからの主な意見に対する当局の考え方が掲載されている。
 安全性に対する問題についてはJECFA, EU, FDAの評価資料があるの一点張り。唐突で早急な指定については、極めて多くの輸入加工食品の回収が想定されたことから、国民生活の混乱を最小限にとどめる必要があった。食用塩にフェロシアン化物を添加することに対し、世界的に反対運動があることについては、在京各国大使館等を通じて得た認識では、フェロシアン化物の使用は海外で広く定着している。添加量や添加ムラに関しては食品製造メーカーの責任。
  輸入品に対しては必要に応じて製品検査を実施するなど適切な対応を図るとの具体性のない言い逃れ。加工工場の工場廃水汚染については水質汚濁防止法による規制があるとの責任逃れ。
  ともかく日本で決められている安全性データの不足については拡大解釈と楽観主義で何としても外圧と市場の混乱を避けるために早急に指定したとしか思えない。

海外市販小物商品には「固結防止剤添加」が多い

 食用塩にフェロシアン化物を添加することについて世界的に反対運動があるかどうかは知らないが、食品加工業者、業務用の塩生産者からは反対運動は出てこないと考えられる。お互いに塩の固結問題に悩まされることもなく、何時までも取り扱いが容易であるからである。しかし、家庭用小物商品についてはフェロシアン化物添加商品が嫌われていることは、ヨーロッパの大手塩製造会社の役員から聞いたことがある。
 これまで1980年頃と1990年頃に海外の小物商品を収集して内容分析し、表示も調査したことがある。調査した限りで、塩の固結防止剤の表示による添加状況を2に示した。固結防止剤にもいろいろな種類があり、アルミノ珪酸ナトリウム、ポリソルベート80等は日本では指定されていない。不明は固結防止剤の種類が表示してない、と言う意味である。無添加とは固結防止剤が添加されていないだけで、他の添加物が添加されている商品もある。これを見ると、YPS, YPPを避け、何らかの固結防止剤が添加されている商品が多い。1980年頃の中国製品には固結防止剤が入っている商品が表示上1点もなかった。

表2 固結防止剤用添加物を添加した商品数
国 名 YPS YPS+ MgCO3 YPP MgCO3 CaCO3 Na2SiAl2 Na2SiAl2+ ポリソルベート80 不明 無添加
イギリス 6 17 1 3
フランス 7 1 7
ベルギー 3 3 1
オランダ 3 1
デンマーク 1 1
ドイツ 3 3 1 11 8
イタリア 4 3
スイス 2
オーストリア 2 2
スペイン 1 1 1 10 6
ギリシア 4 1
トルコ 1 1
オーストラリア 3 1
アメリカ 1 2 5 2 6
カナダ 2 1
メキシコ 2
中国 8
インドネシア 2 6
フィリピン 1 1
タイ 1 1 6
不明欄は、固結防止剤が入っていることを表示しながら、何を入れているかを表示してない。
無添加欄は固結防止剤を入れてないがヨード等他の添加物を入れてある商品もある。
アルミノケイ酸ナトリウム(Na2SiAl2)とポリソルベート80は食品添加物として認められていない。

 以上の考察から、表1を見ると安全性のデータが欠けておりながらもフェロシアン化物が食品添加物に指定された顛末が解り、すでに指定されている外国でも家庭で使用される小物商品では、フェロシアン化物に代わる固結防止剤を出来るだけ使用しようとしているように思われる。