たばこ塩産業 塩事業版  2001.04.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

「ミネラル世界一」を検証する

 

 先日、沖縄の物産品を扱う店に行ったところ、「ギネスブックに登録!」の文字が目に飛び込んできました。それが塩なのですが、『含まれているミネラルの種類が世界で最も多い』のだそうです。円盤を高速回転させ、そこに海水を送り込み霧状にして、温風機で吹き飛ばすことにより水分が気化して塩の結晶が防風ネットに付着する、というものだそうです。本当に「海水中のミネラル分がそのまま残る」ものなのでしょうか?残るとすれば、苦汁成分も総て塩に含まれることになりますが、苦汁と言われるくらいですから苦い味はしないのですか。また、ミネラルが沢山摂れるのでしょうか。
                                     (東京都・消費者)

 海水をスプレードライヤーで噴霧乾燥させて塩を作るという考え方はあまりにもエネルギーがいることと、出来た苦汁成分が総て含まれるので塩の品質が悪くなり、ナンセンスと考えられてきました。しかし、今や時代が変わってそのような製品が市販され、ミネラルが多くて健康によく、美味しい塩としてマスコミは取り上げ、国民に混乱した情報を流しているように思われます。そこで海水をそのまま濃縮したとする市販の2社製品と海水の組成を比較検討し、塩専売制度になる前からこれまでの間に海水から作られた塩の品質はどのようなものであったか、またその品質がどのような経過で向上されてきたかについて紹介しましょう。

成分分析の結果から

 海水の水分を熱エネルギーで蒸発せさて製塩するには膨大なエネルギーが必要であることはこれまでに述べたことがあります(「塩を安くつくる工夫と知恵」参照)。その場合には苦汁として蒸発させない水分がありましたが、この度は全て水分を蒸発させますので、1 kgの製品を作るには計算上概算でほぼ16,200 kcalの熱量が要ります。それは単純計算で重油にして1.6 ℓを必要とします。実際には装置効率、燃焼効率等によってこの数倍の重油が必要となります。
 海水中の成分は表-1右側の欄に示す通りです(日本海水学会誌,196821221ページ)。濃度は100 ml中の値ですが100 g中の値として読み替え、濃い順に示しました。測定者によって値が若干違いますので概略の数値と考えて下さい。(いろいろな単位が使われておりますが、計算値も概算値と考えて下さい。)表-1には比較のために2社の製品の成分も示しました。(財)日本食品分析センターが分析を行ったことが製品のパンフレットや製造者のホームページに記載されています。B社の製品には水分が表示されていませんが、乾物基準で表示されているものと考えられます。A社の製品はB社と合わせるために乾物基準に換算した値も記載しました。

         表-1 成分分析値比較

塩の成分分析値比較
 これら3者を比較するにはどの成分でもよろしいのですが、ここではナトリウムに対する比で比較できるようにしました。海水中の成分が総て塩の中に入りますので、理論的にこの比は2社製品、海水ともほぼ一致していなければなりません。主要成分(Na, Cl, Ca, Mg, K, S)につきましては、海水よりも低い傾向にありますが、特にB社製品のマグネシウム、カルシウム、カリウムについては2040%ほど低くなっております。微量成分については桁が違うほど多く異なっている成分もあります。この理由は使用している材質の溶出によるためかもしれません。ここで特異な点はA社の製品に炭化水素が約8%含まれていることです。海水を濃縮して作られた塩にこんなに多くの有機物(炭化水素)が含まれることはありません。しかし、製品100 g当たり32 kcalの熱量が分析値として記載されておりますので有機物の分析値は正しいのでしょうが、ミネラル()には熱量はありません。もちろん海水中にもナトリウムの約1/3にも当たる有機物はありません。ということはこれが正しい分析値とすれば、何かを加えたとしか考えられません。

品質の変遷を振り返る

 村上は、塩の専売制度が始まる前後から現在のイオン交換膜製塩法に転換した後までの塩品質の変遷を論文にしています(日本海水学会誌, 198438236ページ)。それによると、専売制度が始まる前には、品質的に真塩(マシオ)と差塩(サシジオ)がありました(図-1)。真塩は塩の結晶を塩釜から掻き出して苦汁を滴下させたものであり、差塩は苦汁のほとんどを煮詰めた塩でした。したがって差塩には塩化ナトリウム以外の多くの夾雑物が含まれますので品質は悪く、苦み味があって悪い塩でしたが、全国にはほとんどこの塩が配送されていました。差塩でも倉庫内である期間放置して水切りした塩は古積塩と言われ、製造したときの真塩ほどの純度に向上し、高い品質の塩として珍重されました。これらの品質の塩が放置している間にNaCl純度100%を目指して変化していく様子を表したのが図-1です。この図にA社の製品をプロットしてみると、純度に比べて水分が少ないことが判ります。明治35年当時の塩の組成

       図-1 塩の組成 (明治35年当時)

 真塩といえども吸湿性のある塩化マグネシウムを多く含んでいますので、使っているうちに自然に吸湿して塩がべたついてきたり、塩壺に入れてあれば、底に水(にがり)がたまってきます。それを避けるために生活の知恵で昔の人は焼き塩にしました。こうすることにより塩化マグネシウムは酸化マグネシウムに変わり、吸湿性がなくなりますので、いつまでもサラサラした塩として使えました。現在でもこのように焼き塩にした製品があります。また、サラサラさせるには塩化マグネシウムを少なくして乾燥させた上に食品添加物として流動化剤を加えた製品もあります。
 明治38年に塩専売制度が施行されるに当たり、塩の純度を70 %から5 %刻みで5段階に分けました。それから昭和30年までの間に技術の進展に伴ってどのような品質の塩が多く生産されるようになったかを表-2に示しました。これを見ると、専売制度が始まった頃は非常に純度の低い5等塩が大半でしたが、大正末期になって80%以上の3等塩以上となり、昭和の4年以後はもう1段階純度が上がった2等塩以上が大半となりました。

            表-2 国内塩成分の推移
国内塩成分の推移
 昭和15年には等級の改正があり、並等と上等の2種類で並等の純度幅が8090%に広げられ、生産塩の2/3は並等塩、1/3が上等塩となりました。戦後、機械式せんごう法(加圧式、真空式)の普及につれてさらに品質が向上し、最高品質の1等塩が主流になりました。そこで昭和29年には従来品質の塩を白塩、純度95%以上の塩を上質塩としました。
 その後、上質塩を乾燥することにより99%以上の純度に上げた食塩を製造し始め、昭和47年にイオン交換膜製塩法に全面転換しました。昭和50年までの生産塩純度の推移を図-2に示しました。並塩の純度が42年頃から次第に上昇しているのはイオン交換膜製塩法による塩の生産量が増えてきたためです。乾燥した食塩の方には製法転換に伴う影響はこの図を見る限り現れておりません。生産塩純度の推移
          図-2 生産塩純度の推移

マスコミが味を左右?!

 塩の味は塩辛いことが特徴で、塩味に代わる塩辛さを示す食物はありません。このことからも塩が重要であるといえます。しかし、塩辛さを表す塩味が悪いかのようにマスコミは報道する傾向があります。舌を刺すようなとがった塩味を悪く、かたや甘味のある塩辛さとか、まろやかな塩味を良いといいます。同じ塩でも塩味は自分の体調(塩を十分に摂っているかどうか)で変わります。料理でも塩そのものを味わうことは、ゆで卵にかける塩とか魚の塩焼き、おにぎりなどに限られ、ほとんどありません。それらの料理を食べるとき、塩を十分に摂っていれば非常に塩辛く感じますが、運動や仕事で汗を流して塩不足になっておれば、塩味は心地よい塩辛さとなり、少し甘く感じられることさえあります。
 しかし、マスコミ報道の時には、しばしば塩そのものを舐めさせて感想を聞き、刺激の少ないまろやかな味を良いとします。先日(8)も朝6時過ぎから塩に関するTV番組があり、A社の製品について放送しておりました。例によってゲストにその塩味をじかに舐めて味わわせました。ゲストは塩をなめて「これが塩か?」と言った感じで、塩味はするが、従来の塩とはまったく違う味で、どう表現してよいか戸惑い、「後味が違うのは何だろう……」と口ごもりました。フリップで夾雑物の味を解説しておりましたが、例によって苦汁成分があるため、まろやかとか甘味があるといった表現で、視聴者にこの塩が美味しいと言う印象(誤解)を植え付ける放送をしました。
 筆者の手元にもこの塩があり、味わってみましたが、決して美味しいという味ではなく(料理に使用した場合には、料理によっては美味しいと感じることがあるかもしれません)、スッキリした塩味ではなく重苦しい駄々辛い塩味で、後味に苦味が残り、子供の頃海で泳いだ時に味わった海水の味を思い出しました。昔の人々はこの塩味が嫌で、このような味の塩は品質が悪いと判断し、高純度のスッキリした塩味のする塩を珍重したものですが、今の時代のアナウンサーは美味しいと判断し、視聴者にそう認識させようとすることに対して疑問を感じます。

塩からミネラルの摂取

 海水をそのまま濃縮して製造した塩の中には海水中のミネラルがすべて含まれているので健康に良いとの認識ですが、はたしてそうでしょうか?これについても本紙で解説したことがありますが(「自然塩とミネラルについて」参照)、通常の塩よりは多く摂れても期待外れの量にしかなりません。それでもないよりは良く、体にも良いとするならば、見解の相違としか言えません。このようにして作られた塩を1日当たり10 g食べたとしても(10 gは厚生労働省が定めた目標摂取量ですが、国民栄養調査によると家庭で使用する塩は食塩摂取量の約10%で、1.3 g位です)、人に必要なミネラル量摂取量の、マグネシウムは100%以上、カルシウムは30%、カリウムは7%くらいを摂取できますが、微量成分になると0.05%以下しか摂取できません。実際にはさらにその1/10くらいの摂取量となります。 

ギネス世界記録の認定書

 海水をそのまま濃縮した塩が、面白いことにギネスの世界記録に世界一ミネラル成分の種類が多い塩、とのことで認定されました。表-1に示してあるように、最初にA社が14種類のミネラル成分があることで認定されました。約2年後にB社が18種類のミネラル成分があることで世界一に認定されました。こうなると最初の認定は無効となるのでしょうが、基本的にこのようなことを認定することはナンセンスなことと思います。
 最初の認定書を読みますと、塩の成分を5種類(多分、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、塩素)以上表示した塩はないことが認定の理由になっております。これでは多くの成分を表示するだけで世界一になれるということです。表-1に示す海水中の成分で最低濃度のクロム以上に高い濃度の成分は多数ありますし、分析技術の発達した現在ではまだまだいくらでも成分を定量出来ます。したがってこのようなことは意味がないと思いますが、目新しさを競うとか、塩に詳しくない人々をミネラルが摂れるようにもっともらしく説得する(錯覚させる)には商業上の効果があるのでしょう。