たばこ塩産業 塩事業版  2000.09.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

塩を安くつくる工夫と知恵

 

 この夏休み期間中に、子供達と「たばこと塩の博物館」(東京・渋谷)の『夏休み学習室』に行って来ました。塩の関する様々な展示、実験等があって、身近な塩の奥深さというか、塩の重要性その他が良く理解できました。「塩の実験室」では海水から塩を取り出すという実験があって、細かい数字は忘れてしまったのですが、ほんの僅かな塩を得るためにも、アルコールランプの火力を使ってスライドガラス上の海水を蒸発させ、なかなか大変なんだな、と思いました。最近はよく新聞にも、各地で子供たちが海水から塩を作ったという記事が載りますが、考えてみれば、どのくらいの海水からどのくらいの時間をかけて、どのくらいの量の塩がとれた、ということははっきりしませんね。例えば、塩事業センターの「食塩1kg」を実際に海水から作るとしたら、どのくらいの海水、熱量、時間が必要なのでしょうか。どう考えても100円ちょっとでは安いようなきがしますが、どんな工夫があるのでしょうか。                                                                 (神奈川県・主婦)

 体験学習として海水からの食塩作りが取り上げられることが多く、いろいろなメディアに紹介記事として載ります。その中で決まって、海水を煮詰めてもなかなか塩が出てこなくて ○時間かかったとか、出来た塩の味が普段食べている塩の味と違って、甘みがあったとか、まろやかであったとか、コメントされています。海水から塩を作ることがどれだけ大変なことであるかを認識することは大切なことです。出来た塩の味が云々は、そう書かなければ記事にならないからで、読者に間違ったイメージを与えかねません。品質管理はされていないので、決して良い味がする塩にはならないからです。それはともかく、ご質問の内容を考えてみましょう。

海水中に含まれている「塩分は約3%」の内訳

 海水の中には数多くのいろいろな塩類(無機物)が含まれています。例えば、食塩、硫酸カルシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウムなどの塩類です。図-1にはそれらが100 ml中にどれぐらい含まれているか、また煮詰めていった時にそれらがどのような順序でどのくらい出てくるかを示しております。全塩分量3.35 gとして、その中で最も多いのが塩で2.58 gあることが表されています。したがって、塩類全体の中に占める食塩の割合は約80%です。よく海水中には塩分が3%ぐらい(海水100 ml中に塩分が3 gある)含まれている、と言われる中身は図のようになっております。海水濃縮に伴う析出塩と製塩法の関係
   図-1 海水濃縮に伴う析出塩(27℃)と製塩法の関係
        (全塩分量 3.35098 g/100 mℓ)

食塩1kgつくるには海水45ℓが必要

 食塩1kgを作るのにどれくらいの海水が必要となるかについては、図によると海水100 ml中に食塩が2.58 gありますので、約40 ℓと計算されます。しかし、海水中の塩が総て食塩になるわけではなく、図のように85%しか製品になりませんので、約45 ℓの海水がいることになります。 

1 kg製造に要する熱量は?!

 海水を蒸発させて海水中に含まれている塩の85%を取り出そうとしますと、図から100 mlの海水を 3 mlぐらいまで濃縮しなければならないことが分かります。したがって、食塩1 kgを取り出すには45 ℓの海水を1.35 ℓまで濃縮しなければなりません。つまり43.65 ℓの水を蒸発させることになります。それには100℃に加温する熱量と蒸発させる熱量を合わせて27,000 kcalぐらいの熱量が必要となります。これではどれくらいの熱量か見当がつきませんので、電熱器の電力使用量に換算しますと31kwhになります。家庭用電子レンジの出力は0.9kwh、五合炊き炊飯器は1.1kwhぐらいですから約30倍の発熱量を必要とすることになります。

それにかかる時間は電気炊飯器で31時間

 蒸発させる熱量が27,000 kcalぐらいと計算されましたが、1 kwの電熱器は1時間に860 kcalの熱量を出しますので、1kwの炊飯器で蒸発させて作るとすれば、31時間かかるということになります。丸一日以上かかることになりますが、炊飯器を5台並べても、6時間以上かかってしまいます。
 現在の製塩工場では一時間当たり22,000 kg位の塩が生産されています。

さらにその電気代は炊飯器で682円にも

  31 kwhの電気代は、家庭用では契約の仕方によっても異なりますが、平均的には1kwhが22円ぐらいですから、682円となります。家庭で海水から1 kgの食塩を電気炊飯器で作るとすれば、エネルギー費だけで682 円もかかってしまうことがわかります。

理由はエネルギー費の低減

 市販されている食塩1 kg107(消費税抜き)ですから、エネルギー費としてはその数分の1しかかかっておりません。それにはどのような工夫がされてきたのかを歴史的な技術の進歩から考えてみましょう。
塩田の利用:海水を直接煮詰めて塩を採るには膨大な燃料と時間がかかりますので、入り浜式塩田や流下式塩田を利用して、海水の塩分濃度が5倍くらいになるまで濃縮しました。これにより最初の海水量を1/5にするまでの燃料費は要らなくなりますので、大体4/5の燃料費が節約されることになります。
真空式濃縮装置の利用:塩田の利用で大幅に燃料費が節約になったとはいえ、平釜で煮詰めるには燃料効率が悪く、これでも莫大な燃料が要ります。そこで蒸発した蒸気の熱を再利用する工夫がいろいろと考えられ、最終的に真空式蒸発装置を使うことにより、蒸発蒸気を2回も3回も利用する技術が開発されました。これにより燃料費が1/2にも1/3にも下がってきました。
スケール防止法の利用:海水の中にはスケール成分(硫酸カルシウムや炭酸カルシウム)が沢山あり、これが釜の底や加熱管の表面に着くと保温剤で覆われたようになり、熱の伝わり方が著しく悪くなります。したがって、どのようにしてスケールを着けないように工夫するかが重要なことになります。
イオン交換膜電気透析装置の利用:塩分濃度のうすい海水を濃縮するためには水分を除くよりも、うすい塩分を効率よく集める方が有利ではないか、との考え方で開発された技術がイオン交換膜濃縮法です。これによりますと、現状で200 g/lの濃度で1 kgの食塩を含むかん水(濃い塩水)集めるのに200ワットを必要としておりますので、172 kcalの熱量となります。一方、水分蒸発では18,000 kcalが必要ですので、約1/100のエネルギー費で済むことが分かります。その上、得られたかん水中にはスケール成分が少ないので、長期間の連続運転ができるようになり、エネルギーが少なくて済みます。その上、自然の気象条件に左右されないで、計画生産できるようになりました。
自家発電装置の利用、その他:イオン交換膜電気透析装置の利用では多くの電力を必要としますので、電気を買う(工業用の電力単価は家庭用よりもずっと安い)よりも自家発電で電気を自給した方がさらに安く、また発電した後の蒸気を真空蒸発装置の熱源に利用できますので、非常に高い効率で燃料を利用できることになり、エネルギー費が非常に安くて済むことになります。また、自家発電量だけでは間に合わないときには電気を買いますが、その際にも深夜の安い電力を利用するなどの工夫をこらしています。
蒸発装置の大型化:蒸発装置を大型にし、大量生産することによって生産費が安くなります。
2回におよぶオイルショックで重油価格が高騰したので、価格の安い石炭その他の燃料を使うようにしました。
                         ◇       ◇       ◇
 以上のようにいろいろと工夫した結果、エネルギー費は格段に安くなり、食塩1 kg107(消費税抜き)という安い値段で提供できるようになりました。