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2016.07.01

 

暑さに関連した疾患と塩

 厳しい暑さを迎え熱中症に気を付けなければならない季節となった。ほとんどの国では減塩政策を勧めている。その目標としている塩摂取量は運動中に発汗で多くの塩分を失う競技者には少なすぎる。暑い作業環境で仕事をする人たちにも対策は必要である。しかし、イギリス政府関係の資料では塩の必要性については一言も述べられていなかった。暑い環境に慣れることも疾患予防には必要である。

 

脱水と塩分欠乏

 体温を冷やすための発汗により水分損失と塩分損失が起こる。それを補う水分補給と塩分補給が必要で、損失と補給がバランスしておれば問題ないが、損失が上回り補給が追い付かないと、脱水と塩分欠乏が生ずる。このような状態は暑いとき、運動をしている時に起こりやすく、両方が重なれば一層起こりやすくなる。それらは同時に起こり、同じような悪い結果をもたらすので、両者を区別することは難しい。例えば、競技者は1時間に0.5 – 1.5リットルの速度で水分を失う。水分損失による血液量の低下は血圧や心臓が送り出す血液循環量を減らす。循環量を補うために体重の1%の水分が損失されるたびに1分間に3 – 5回の脈拍数が増加する。そうならないと皮膚への血流量も低下し、さらに体温を下げる能力も低下する自然の生体防御反応からである。

 汗の中の平均的な塩分濃度は2.9 g/リットルであるが、大きく変動する(1リットル当たり1.14 – 5.8 g)。一時間当たり1.5リットルの汗が出ると仮定すると、汗に平均的な塩分を含む競技者は一時間当たり約4.3 gの塩分を失う。沢山の水を飲み(例えば、4時間で10リットル)、大汗をかくことが重なれば、血液中の塩分が不足となる。すなわち、水分で血液が薄くなる希釈性低ナトリウム(塩分)血症になる。低ナトリウム血症の症状は失見当、錯乱、発作、昏睡である。この状態は非常に希で、マラソンや3時間以上も続く超マラソン型の競技で、そして塩分のない大量の水を飲んだ人でしばしば起こる。

 

運動中の水分と塩分摂取量

 理想的には運動中の競技者は15 – 20分ごとに240 – 350 mlの水を飲むべきである。練習または競争が1時間を超えれば、炭水化物や塩分を含む市販補給飲料水が水だけよりも優れている。

 塩分は飲料の嗜好性を増加させ、飲水量を増加させ、汗で損失する塩分をいくらか補給し、低ナトリウム血症の危険性を減少させる。補給飲料水中の推奨塩分量は1リットル当たり1.27 – 1.78 gである。ほとんどのスポーツ・ドリンクは塩分を含んでいるが、その量はリットル当たり0.76 – 1.65 gの幅で変化している。

 

暑さに関連した疾患

体熱の除去不良に関連した疾患の危険性は暑くて湿気の多い環境での作業、運動、利尿剤の使用、加齢によって増加する。熱中症は暑さに関連した疾患の総称で、その内容は次のような疾患名に分けられる。

熱痙攣:高い温度の中で激しい運動を始めたばかりの暑さに慣れてない人々、作業中に大汗をかいて慣れてない人々が塩分を含まない水だけを補給したときに熱痙攣の症状が表れる。

熱疲労:熱疲労は頭痛、悪心、吐き気、無気力、興奮、喉の渇き、食欲不振といった特徴のあるはっきりしない兆候である。高温の中にいる、大汗をかく、塩や水を十分に補給してないことが主な原因である。熱疲労には2つのタイプがある。ほとんどの患者は両方のタイプを経験している。水分減少による熱疲労は高温の中にいたり、十分な水分を採らないで23時間もすると症状が起こる。塩不足による熱疲労は通常数日間をかけて起こってくる。

熱射病:熱射病は40℃以上、神経機能不全、しばしば無発汗によって特徴付けられる緊急疾患である。体が温度調整能力をなくした結果として熱を逃がせなくなったとき、熱射病は起こる。体温の急激な上昇は体中の細胞や器官に有害である。腎不全、筋肉細胞の破壊、肝細胞損傷、心筋損傷、大脳浮腫、様々な代謝異常が起こる。

 

職場で受ける熱ストレス

 暑い環境で作業をしなければならない職場があり、そこで仕事をしている人に対して注意すべきことを簡単にまとめたイギリス政府関係の保安委員会の冊子の内容を一部紹介する。

熱ストレス状況の事例:暑くて湿度の高い環境で重労働する人、防護服を着ている人は次のことから熱ストレスの危険性に注意する。

  防護服の種類や環境の湿度によって汗の蒸発が抑えられる。

  作業状況によって体内で発熱があり、熱の除去が不十分だと深部体温が上昇する。

  深部体温の上昇に伴い発汗量が増加するので、脱水症に気を付ける。

  脈拍数が増加し、疲労を高める。

  冷やす以上に熱が出ると、深部体温は上昇し続ける。結局、体の調整機構が効かなくなるまでになる。

熱ストレスの典型的な兆候:集中力の欠如、筋肉痙攣、あせも、酷い喉の渇き(遅れた熱ストレス兆候)、失神、熱ばて(疲労、めまい、吐き気、頭痛、湿疹)、熱射病(無汗の暑い肌、錯乱、痙攣と意識喪失)

熱ストレスが起こる職場:ガラスやゴム製造工場、鉱山、圧縮空気送風トンネル、発電所、原子力発電所、鋳物工場と精錬工場、煉瓦焼成や陶器製造工場、ボイラー室、製パン工場や台所、洗濯場

危険の回避法:温度調整、機械的な補助手段の提供、熱い環境での作業時間の調整、脱水症対策、個人的な保護装置の提供、訓練、環境への順化、熱ストレスになり易い人の把握、危険な労働者の健康モニター

 以上は冊子内容の一部であるが、その中には塩を補給することについては一言も述べられていないことに驚いた。製鉄所では塩の錠剤を舐めながら作業すると聞いていたが、そのような過酷な環境は改善されたのであろう。事例に製鉄所はなかった。しかし、減塩意識が徹底していると見えて、salt()という言葉はなかった。

 

暑さに慣れることの影響

 季節の変わり目では一時的に急な暑さには耐えがたい思いに曝され疲れやすい。しかし、次第に暑さに慣れてくると長い期間にも比較的容易に耐えられるようになる。それを科学的に裏付けるデータが少ない中で次の図に示した(J Appl Physiol) ブオノらのデータを見つけた。初日(1日目)10日目について発汗速度(発汗量)と汗の中のナトリウム濃度との関係は暑さに慣れることによって汗の中のナトリウム濃度は大幅に低下することを表している。つまり汗の濃度が薄くなる。それだけ少ないナトリウム補給量で済むが、疲労度との関係は分からない。