リチウムはもう古い:ナトリウム電池は将来グリーン経済の
原動力となるかもしれない
Move Over Lithium: Sodium Batteries Coud One Day Power a Green Economy
By Robert F. Service5
Science 2025.02.20
ナトリウムは安価で豊富だが、今のところ電池はリチウム電池に匹敵するものではない
リチウム・イオン電池は、イヤホン、携帯電話、自動車だけでなく、太陽が照らないときや風が弱まったときのために再生可能エネルギーを蓄える大規模な施設にも広く使われている。しかし、リチウム自体は比較的希少で、入手できるのはほんの数ヶ国だけである。再生可能エネルギーで動く世界には、現在の200倍の電池容量が必要になるであろう。そしてそれは、おそらく別の種類の電池を意味するであろう。「リチウム・イオンだけでそこに到達できるかどうかはわからない」と、シカゴ大学の電池化学者Y. Shirleyは言う。
数十年前の技術が、この課題に挑むかもしれない。それは、電荷を運び、蓄えるのにリチウム・イオンではなくナトリウム・イオンを使う電池である。ナトリウムは海水や塩鉱山などどこにでもあるので、供給やコストは問題にならない。しかし、この金属はリチウムほど電荷を蓄えるのが得意ではない。なぜなら、そのイオンはリチウムの3倍も大きいため、既存の電池電極に滑り込んだり抜けたりするのを妨げているからである。世界中の研究室が、その欠点を補うために新しい電極材料を開発しており、過去6ヶ月間にいくつかのグループが低価格のリチウム電池と同程度のエネルギーを蓄えるナトリウム電池を発表した。「進歩は驚くべきものだ」とコロンビア大学の電池化学者Dan Steingartは言う。一方、市販のナトリウム・イオン電池は、電気自動車、スクーター、送電網電力貯蔵用の組み立てラインから出荷され始めている。
しかし研究者達は、ナトリウム電池はまだ広く普及する準備ができていないと警告している。「まだそこまでには至っていない」とフランス・カレッジの固体化学者Jean-Marie Tarasconは言う。この電池は、最高のリチウム・イオン電池に匹敵するには程遠い。そして、今のところ、移行の経済的動機は欠けている。リチウム不足は理論上の懸念のままであり、金属の価格は供給過剰のため過去3年間で実際に70%下落している。
リチウム電池と同様に、ナトリウムをベースとした電池は、イオン伝導性電解質で隔てられた一対の電極間で正に帯電したイオンを通過させることで機能する。充電中は負に帯電した陽極に電子が供給され、正に帯電した陰極から電解質を通って流れる金属イオンを引き寄せる。放電中は、電子が電池から引き出され、イオンが陽極から陰極に戻る。
ナトリウム・イオンはリチウム・イオンよりも大きいため、陽極に押し込んで電荷を蓄えることができるイオンの数が少なくなる。同じ量の電力を蓄えるためにより大きなセルが必要となるため、コストと体積が増加する。ナトリウム電池は、1 kg当たり300ワット時( Wh/kg)以上のエネルギーを蓄える最高のリチウム電池の半分の蓄電容量にも達するのに苦労している。しかし、アルゴンヌ国立研究所の電池化学者Gui-Liang Xuは、この課題に対処するには「複数の方法がある」と語る。
その1つは、アノードの組成を変えることである。ほとんどのリチウム・イオン電池はグラファイトを使用している。グラファイトは、層状の密な構造のためナトリウム・イオンを寄せ付けない炭素の一種である。多くの研究者は、ナトリウム・イオンが入り込める細孔を残した炭素粒子の寄せ集めでできた、硬質炭素と呼ばれる別の炭素形態に注目している。
残念ながら、こうした細孔はアノードのエネルギー貯蔵容量も減少させる。しかし研究者達は、アノードにスズを加えることで改善できることを発見した。炭素支持体上で安定化させると、スズ原子1個あたり最大3.75個のナトリウム・イオンを結合できるため、アノードのナトリウム、ひいてはエネルギーの貯蔵能力が向上する。例えば、サンディエゴを拠点とするスピードアップ企業UNIGRIDが開発した電池は170 Wh/kgの容量がある。これは低価格のリチウム電池の200 Wh/kgには及ばないが、「非常に魅力的である」とヒューストン大学のナトリウム・イオン電池専門家Yan Yaoは言う。
もう1つの改善点は、通常は金属酸化物で作られる正電荷カソードの組成を微調整して、ナトリウムの貯蔵と流れを改善することである。最も人気のある新素材の1つは、ナトリウム、バナジウム、リン、酸素の混合物(NaVPO)で、層状構造を形成する傾向があり、ナトリウム原子が容易に出入りできる。
現時点では、NaVPOのエネルギー密度は、リチウム電池のカソードのエネルギー密度と比較して中程度である。しかし、ヒューストン大学の化学者Pieremanuele Canepaが率いる研究者は最近、コンピューター・モデリングとX線回折を使用して、NaVPOの結晶構造に対する有望な微調整を特定した。2024年10月23日にNature Materialsにオンラインで投稿されたレポートで、Canepaと彼の同僚達は、新しい素材を合成しただけでなく、それを以前のNaVPO設計よりも15%多くのエネルギーを保持できるナトリウム・イオン電池カソードに組み込んだと報告した。
より革新的なアプローチは、有機化合物からカソードを作ることである。この方法でも、ナトリウム・イオンを保持および放出できる層状構造を形成できる。多くの有機物は電池の電解質の存在下で分解するが、2月5日のJournal of the American Chemical Society号で、マサチューセッツ工科大学のMircea Dincăが率いる研究者達が、より耐久性の高い層状有機カソードを作成したと報告した。この材料は、何千回もの充電および放電サイクルで安定していることが証明されただけでなく、層状有機カソードのエネルギー密度は、これまでに作られたナトリウム・イオン・カソードの中でも最高レベルであった。Canepaはこれを「素晴しい化学の産物」と呼でいる。
これらの進歩やその他の成果の結果、「現在、業界の関心は非常に高まっている」とボルドーの凝縮物質化学研究所の化学者兼マネージング・ディレクターのLaurence Croguennecは言う。2024年11月、中国の世界最大の電池メーカーであるCATLは、第二世代のナトリウム・イオン電池を発表した。同社によれば、同電離の容量は第一世代のセルの160 Wh/kgから200 Wh/kgに増加しているという。一方、CATLのライバルであるBYDは、再生可能エネルギー貯蔵用として、2027年までに年間30ギガワット時のナトリウム・イオン電池を生産する工場を建設中であると述べている。世界中の少なくとも6社以上のスタートアップ企業も、電池化学に独自の改良を加えて参入している。
それでも、多くの電気専門家はナトリウムの将来について慎重な姿勢を崩さず、一部の企業発表にも懐疑的である。「電池の設計と性能の詳細については透明性が欠けている」とUNIGRIDのCEO、Darren Tanは言う。
ハードルは技術的なものだけではない。今のところ、リチウムの低コストがナトリウムの主なセールスポイントを台無しにしているとSteingartは言う。ナトリウム・イオン電池メーカーも規模の経済の恩恵を受けるには規模が小さすぎる。2024年11月、こうした課題がこの分野の先駆者の1社をひっくり返し、スエーデンのナトリウム・イオン電池会社Northvoltが破産を申請した。
政治も不確定要素である。ドナルド・トランプ米大統領が先月就任すると、直ちに風力・太陽光発電プロジェクトへの連邦政府の支援停止を発表した。この措置は、大規模なバックアップ電池システムの導入計画を棚上げする可能性がある。(おそらく逆の方向への動きとして、中国は1月、トランプ政権が発表した中国製品への新たな10%関税に対応して、リチウム・イオン電池の主要部品であるグラファイトに対する新たな輸出制限を発表した。)
しかし、スタンフォード大学の材料科学者William Chuehは、ナトリウム・イオン電池のコスト効率がどの程度になるかは技術の進歩次第であると語る。1月13日、Chuehと同僚達はNature Energy誌に、ナトリウム・イオン電池の製造に関する6000以上のロードマップを評価した論文をオンラインで発表し、低コストのリチウム・イオン電池と完全に競争するには、研究者達は、現在、ナトリウム電池に必要なニッケルやバナジウムなどの高価な材料をすべて排除するなど、いくつかのブレークスルーが必要であると結論付けた。
Steingartは、そうした進歩はやってくると信じている。ナトリウム・イオン電池の基本的な化学を理解することに関しては、「まだ初期段階である」と同氏は言う。